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 九月に入りしばらく経ち、椿は帰宅しようと朝比奈家の車へと乗り込もうとしたところ、後部座席に父親が座っているのに気が付いた。

 彼は椿と目が合うと彼女に微笑み掛けてくる。


「お父様。お仕事は?」

「早めに終わらせてきたんだよ。椿ちゃんとご飯を食べに行こうと思ってね。ほら、早く乗って?」


 父親に急かされた椿は大人しく車へと乗り込んだ。

 一緒に迎えに来ることなど今まで一度もなかったので、椿はすぐに父親が大事な話をしようとしていることに気が付く。


「家には寄らないのですか?」

「うん。このままお店まで行こうと思ってね。今日は中華だよ。美味しいって評判なんだって」

「それは楽しみですね。ところで、わざわざお父様が迎えにいらっしゃるなんて……お母様には聞かせられない話をしようとしているのですか?」

「そそそんなことはないよ?」


 椿から視線を逸らし上擦った声で答えられれば、そうだと言われているようなものだ。


「何か私に聞きたいことがあるのですか?」

「……うーん。椿ちゃんと話をしたいのは、僕じゃなくて春生なんだよね」

「伯父様が?」


 聞き返してはみたものの、椿はもしかしたら伯父は恭介と透子の話をしたいのではないだろうかと考えた。

 仮にそうだとするならば、椿としても伯父の考えを聞いておきたい。

 恭介と透子が付き合っているのはすでに伯父の耳に入っているはずである。

 なのに、これまで伯父は一切なんの動きも見せていない。

 恭介から伯父が何か言ってきたというようなことは聞いていなかったので、反対はしていないはずである。

 だが、父親は伯父が何の話をしようとしているのか知っているのだろうか、と彼女は気になった。


「お父様は伯父様がどのような用事があって私を呼び出したのか御存じですか?」

「一応ね」

「それは恭介さんと夏目さんのことでしょうか?」


 問われた父親は目を見開いて驚いている。


「なんで分かったの?」

「伯父様が私を呼び出すのは、いつも恭介さん関連でのことでしたから今回もだと思いまして。それにあの二人のことは伯父様の耳にも入っているでしょうし、話を伺いたいのかなと」

「本当に椿ちゃんは人をよく観察してるというか、相手の考えを読むのが上手いよね」

「それしか見当がつかなかっただけですよ。伯父様は滅多に呼び出したりしませんからね。あとお父様が分かりやす過ぎなのもあります」

「……僕ってそんなに分かりやすい?」

「自覚なかったんですか!?」


 椿が大きな声を出すと、父親は見る見る内に落ち込んでしまった。

 慌てて彼女が色々と父親をフォローしている間に車は店へと到着する。

 店員に案内され、奥の個室へと入るとすでに伯父が席に着いていた。

 苦笑する椿と見るからに落ち込んでいる父親を見た伯父は怪訝そうな表情を浮かべている。


「そっちのヘタレはどうかしたのか?」

「いえ、まあ……ちょっと」


 椿が言葉を濁すと、伯父はさほど興味はなかったのかそれ以上聞いてくることはなく、父親を無視して椿に座るように促した。

 無視してもいいのか? と思った椿は父親をそっと見るが、彼は伯父を軽く睨みながらも大人しく席に着く。

 戸惑いつつも椿が座らなければ話は始まらないと思い、彼女も父親の隣の席に腰を下ろすと、料理が運ばれてきて、まずは食事ということになった。

 食事中は当たり障りのない会話をしつつ、デザートが出された時に伯父は椿を呼び出した理由を話し始める。


「恭介が夏目さんと交際しているのは知っているな?」

「はい」

「それについて椿はどう思っている? 包み隠さずに全て話して欲しい」


 真剣な表情の伯父に、椿は気圧されながらもきちんと自分の気持ちを伝えなければ、と思い口を開く。


「そうですね。肩の荷が下りた、というところでしょうか」

「というと?」

「私はずっと恭介さんが幸せになれたらいいなと思って行動していましたから、今の状況は大歓迎です。夏目さんは素晴らしい人格者ですし、互いに支え合っていけると思ってます。これ以上の良縁はないと思っています。何としても夏目さんを水嶋家の嫁に全力で迎え入れて下さい。あの子を逃したら恭介さんは一生独身ですよ? 夏目さん以上の女性など居ませんからね。分かってますか?」

「分かった。分かったから落ち着きなさい」


 椿の勢いに伯父は完璧に引いている。

 彼からしたら、椿が恭介に恋愛感情を抱いているが、透子のことを考えて身を引いたのではないかと、ほんの少しだが疑っていたのだ。

 なので、ここまで全力で透子を推されたことで、伯父はその考えを捨てる。


「では、椿は反対している訳ではないんだな?」

「勿論です! むしろ二人が付き合えるようにと裏で色々としてましたからね。それよりも伯父様はどうなのですか? 恭介さんと夏目さんの交際を伯父様はどう考えているのです?」


 話の流れに乗って、椿も勢いで伯父に訊ねてみる。

 伯父は椿の言葉に苦笑しつつ話し始めた。


「水嶋グループの経営者として言うのであれば、好ましいとは言えない。……だが、一人の父親として言うのであれば、ホッとしている。何より、恭介がきちんと人を愛せる子に育ったことが嬉しいし、夏目さんという心の優しい女性を好きになったことを誇りに思っている」


 二人の仲を認めているという伯父の言葉を聞いた椿は、良かった~と胸を撫で下ろした。


「これまで恭介はどこか気を張っている部分があって、家でもピリピリしていることが多かったんだが、高等部に進学してからそれが少なくなって去年の夏前には完全に落ち着いていた。どうしたのかと思って調べたら、夏目さんと関わるようになってから落ち着き始めたのを知ってね」

「夏目さんは人の話を聞くのが上手ですし、どこか相手を安心させるような空気を出しておりますからね」

「だから、私は夏目さんに感謝しているんだよ。恭介は忙しい私に遠慮して本心を全てさらけ出すことがないからね」

「妙なプライドがありますから、私にも全てを話しませんしね」

「全くの第三者である夏目さんだからこそだ。きっと彼女は恭介に足りない部分を補ってくれると信じている。だが」


 そう言って途中で伯父は話すのを止め、椿は首を傾げる。


「どうなさったのですか?」

「……夏目さんが、結婚相手として恭介を選んでくれるだろうか、という不安がある。彼女は一般家庭で育った普通の子だ。水嶋家に嫁ぐとなれば、しなくていい苦労をしなければならない。周囲にも色々と言われるだろう。そうなることで、彼女がストレスを貯め込んで壊れやしないかと心配なんだ」


 予想以上に伯父は透子のことを気に入っていると知り、椿は乙女ゲームのヒロインマジぱねぇな、と内心思っていた。


「そうなって欲しくはありませんが、それでなくても結婚までの間に価値観の違いが埋められなくて別れる、という結末になる可能性も考えられますから」

「考えたくはないことだがな……。その価値観の違いというのは何とか乗り越えられないのか?」

「どうでしょうか? 恭介さんが夏目さんに合わせているようですので、今は問題になっていませんけど、彼女が水嶋家に出入りできるようになれば、嫌でも価値観の違いを実感するはずです。それに恭介さんのこともありますし」

「恭介の?」


 椿は伯父に恭介が母親の死がトラウマになり、結婚相手が不幸になるのではないかと怖がっていることを告げた。


「……そればかりは、こちらで何とかすることはできないからな」

「そうですね。ですが、結婚を考えるとしてもまだまだ先のことですから。最低でも大学を卒業するまでの四年間の猶予はありますし。その間に恭介さんの意識が変わることを願うばかりです」

「結婚。結婚か……。椿は本当にそれでいいと思っているんだな? 周囲には椿が恭介の婚約者だと思われている状況で、夏目さんが恭介の相手となれば余計なことを言う人間が出てくる。私は恭介のことを心配しているが、椿のことも心配している。恭介と椿が結婚するというのが一番だとは思っているんだが、それだと二人は幸せにはなれないだろう? 二人の幸せを考えるなら」

「そんなものは、お祖父様が虫除けのために言っていたことだと仰れば良いのです。それでもグダグダと何か仰る相手など、私が睨みつけて黙らせます」


 仮に恭介と透子が結婚した場合、椿が彼女と親しくしている様子を見せれば、そういった人達は表立って何も言わなくなる。

 たとえ影で何かを言われていたとしても、椿には聞こえないのだからいくらでも言えばいいと彼女は本気で思っていた。

 いくら人が何を言おうとも椿が幸せだと感じているのだから、それらの声に彼女が傷つく必要など微塵もない。


 そういう椿の考えが顔に出ていたのだろう。

 伯父も父親も呆気にとられていた。


「と、いうことですので、私は何も気にしません。それよりも、お祖父様はどうなのですか? 私と恭介さんの婚約話をどのように考えていらっしゃるのでしょうか?」

「あ、ああ。親父か。……そうだな。正直、口からでまかせで言ったことだが、恭介と椿の仲が良いのを知って、本当にしようとしている節はある。嘘から出たまことにしてしまおうと考えているのではないかと私は思っている」

「また厄介な……」


 あの厳格で頑固な祖父を説き伏せなければならないのか、と椿は肩を落とした。

 祖父にしてみれば、身内同士が結婚するのだからメリットしかない。

 だが、恭介に透子という相手が居る以上は、椿が彼の相手になっては困るのだ。


「何とかお祖父様を説き伏せられませんか?」

「あの年になったら、考えを変えるのは容易じゃない。切っ掛けがあれば案外簡単かもしれないがな。それに自分の考えが正しいと思っているところがあるから、尚更難しい」

「そうですか。ですが、猶予は四年ありますし、まずは高等部卒業時点で話をしてみます」

「どうやってだ? もしかしてグロスクロイツ家の息子を出すつもりか?」

「……まあ、手としてはアリですよね」


 レオンに対して失礼な話ではあるが、彼を好きだからと言って祖父に恭介との婚約を諦めさせるという手は確かに使える。

 けれど、椿はレオンの気持ちを利用する形になるので、それは絶対に避けたいと考えていた。

 だが、あっさりと何の抵抗もなくレオンを巻き込むような椿の言動に慌てたのは彼女の父親である。


「つ、椿ちゃんは、レオをどどう思ってるのかな?」

「動揺しすぎですよ」

「汗が凄いな……。あれの姿を見ていると私に娘が居なくて良かったと心から思うよ」

「お父様の場合は、あと一回ありますからね」

「哀れだな」

「春生は黙っててよ! それで、椿ちゃん。どうなの!?」


 父親から肩を掴まれ、椿は揺さぶられる。

 レオンのことが気に入らないのは相変わらずであるが、父親は前ほど彼を嫌っているわけではない。

 父親なりにレオンのことを認めてはいるが、やはり娘を奪う存在を許容することはできないのだ。


「お父様、落ち着いて下さい。お祖父様の説得がある以上は、私はまだレオン様とどうなりたいかは考えていません」

「そうなの?」


 父親を安心させるために椿は笑顔で「はい」と答えると、彼はホッとした表情を浮かべている。


「つまり、椿は親父の説得が終われば考えるのか?」

「綺麗に終わりそうだったのに、余計なことを言わないで下さいよ」

「悪かったな。純粋な疑問だ」

「そうですか。お蔭でお父様は、また落ち込んでいますけどね」

「可哀想に」

「話題を出したのは伯父様ですからね! 原因は伯父様ですからね!」


 椿が平然とした態度の伯父に突っ込みを入れるが、彼は恨みがましい父親の視線を受け流して食後のお茶を飲み干したのだった。



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 ところ変わって、都内の公園にて琴枝美波はとても面白いものを見つけていた。


「あれ、水嶋様と夏目さんよね? 二人で出掛けたとかって噂があったけど本当だったのね。それになんだか親しげだし。水嶋様に愛想を尽かされたって言われてたけど、影でこっそり繋がってたってことよね」


 ブツブツと独り言を呟いていた美波は、そうだ! ととても良いことを思い付いた。


 朝比奈椿も夏目透子を嫌っているのだから、この状態を知ればきっと彼女を攻撃するに違いない。

 椿が動かなくても、他の生徒が動くのは間違いない。

 勿論、美緒もだ。

 学校を巻き込んで楽しいお祭りになる、と嫌らしい笑みを浮かべた美波は景色を撮るふりをして恭介と透子が二人で話している姿を写真に収めた。

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