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 椿と別れたレオンは一直線に笑顔を浮かべている白雪の元へと向かう。

 彼女と話をしている時からレオンは白雪の視線を感じていた。

 その視線はとても好意的とは言いがたく、椿との会話を邪魔されているようで尚更レオンの苛立ちが増したのである。

 レオンは本当はあの場で椿を口説くつもりではなかった。

 余裕の無さから椿が嫌がることをしてしまい、すぐに自己嫌悪に陥ってしまうが、その原因とも言える白雪がレオンとしっかり視線を合わせて挑発するように笑っていたことから、直感で呼ばれているとすぐに気が付いたのである。

 何故呼ばれているのかは分からないが、レオンの方も白雪と一度話をしたいと思っていたのでちょうどいいと彼の誘いに乗ることにした。


「あら、案外素直に来てくれたのねぇ」

「一度、話をしたいと思っていたからな。外でいいか?」

「いいわよ。あたしもグロスクロイツ様にお話があったのよ。ここだと誰に聞かれるか分からないもの。聞かれたくないでしょう? お互いに」

「ああ」


 これから話すことを他人に聞かれると椿に迷惑を掛ける。

 それは二人にとって望んでいることではなかったことから、静かに広間から出てホテルの庭園へと向かう。

 ライトアップされた庭園にはあまり人は居らず、二人は池の近くまでやってきた。

 さて、どう話を切り出そうかとレオンは考えたが、結局のところ聞くことは変わらないと気付き、白雪と向かい合う。

 彼は感情を読まれないようにしているのか、先ほどと同じように笑みを浮かべている。

 余裕ぶったその表情にレオンは苛立ちを抑えきれずに舌打ちをする。


「あまり感情が表に出ない人だと思ってたけど、そうでもないのねぇ」

「悪いか?」

「いいえ、ちっとも。むしろ、血の通った人間なんだと分かって安心したくらいよ」


 話したいのはそんなことではないだろうに、とレオンの苛立ちが増すが、白雪のペースに飲まれるのは負けた気がして嫌なため、さっさと本題を切り出した。


「……俺は自分のことを話に来た訳じゃない。お前、何を考えてるんだ?」

「何を……とは?」

「鳳峰の創立記念パーティーの時、邪魔をしてきただろう。わざわざ俺の前で挑発するみたいに。それに、あれからなぜか俺を好意的とは言いがたい目で観察しているみたいだしな。いや、観察じゃないな、監視の間違いか? ……あれじゃ、まるで」

「まるで椿のことが好きみたい、って?」


 白雪本人から言われ、しばし二人は無言になる。

 互いに相手の顔を見て腹の内を探っているが、他人を欺くことに長けている者同士だ。

 相手の考えていることなど分かるはずがない。


「だとしたら、どうするの?」

「あいつは……恭介の婚約者だ。少し仲良くなったからといって、変な気を起こすな」

「それは親友のための忠告? それとも、自分のため? 水嶋様がどうこうじゃなくて、あなたがどう思ってるか。大事なのはそこよ。水嶋様を理由にしないで頂戴」


 レオンは椿に迷惑をかけるかもしれないという思いから、自分の本心を隠して彼女が恭介の婚約者であるということを表に出していた。

 だが、白雪はレオンの気持ちに気付いている。気付いた上で彼の言葉を待っているのだ。

 一旦、目を閉じたレオンは軽く深呼吸をして心を落ち着かせ、目を開ける。


「……俺は、椿を愛している。俺は彼女のために生きているし、これから先も彼女のためだけに生きていく。椿の幸せは俺の幸せであり、椿が喜ぶのなら俺は何だってする覚悟がある」


 真剣な表情のレオンを見て、白雪は笑みを消した。

 彼の椿に対する想いの深さを知って気圧されたのである。

 

「それで、お前は椿をどう思ってるんだ? さっきは上手くはぐらかして、直接的な言葉は口にしてないだろう」

「好きよ」


 あまりにあっさりはっきりと答えられ、レオンは言葉に詰まる。


「って言っても、あたしは本人に告げる気は微塵もないけど。それに、あの子はあたしが手折っていい花じゃない」

「……どういうことだ」

「あたしじゃ椿を支えられないってことよ。椿はそんなこと気にしないでこっちに合わせようとするでしょうけど、それは椿の本来の輝きを奪うことになる。あたしはそんなことを望んでいる訳じゃない」

「……椿に自分の理想を押しつけてないか?」

「だから、あたしじゃダメだって言ってるの」

「ダメだなんだと言いながら、俺に視線をぶつけてきたり邪魔したりしてたじゃないか」


 言っていることとやっていることが違うとのレオンの指摘に、白雪はわざとらしくため息を吐いた。


「だって、あの子ったら放っておけないんだもの。自分のことには無頓着で他人のことばっかり。それで一喜一憂して、他人のために一生懸命に動いて……。あの子を見てるとあたしの母親を思い出すのよね」

「……まさか、お前の母親」

「あ、生きてるわよ? 死んだのは父親の方で、父が死んだ後は朝も夜もなく働いてあたしを育ててくれたの」

「お前な……。誤解を招くような言い方は止せ」

「勘違いしたのはそっちじゃない」


 白雪の言う通り、彼は直接口にした訳ではない。

 言い分に納得したわけではないが、レオンは話を脱線させるつもりはなかった。


「そうか。……だけど、椿はお前の母親じゃない。同一視するのはやめろ」

「別に母親の面影は追い求めてはないわよ! 最初は、周囲があの子は強いから放っておいても大丈夫って雰囲気だったのが気になっただけよ。強そうに見えても、人一人の強さなんてたかが知れてるし、一人で頑張っていずれ潰れるんじゃないかと心配になったの。なのに、一旦自分の身内だと判断したら妙に懐いてくるし、警戒心皆無だし。なんなのよ!」

「その意見には同意する」

「ってことは、椿って昔からああだったの!?」

「そうだな。自分のことは二の次だった。昔、一度だけ本気で怒られたことがあったが、あれも自分じゃなくて人のためだった。あいつは、昔から変わらないんだ。俺はそれに助けられてばかりで、恩返しもろくにできてない」


 椿のことを語るレオンの表情は非常に穏やかで、それだけで彼がどれだけ椿を大事に思っているのかが白雪には分かった。


「……あなたが椿に対して本気だってことは分かったわ」


 ため息交じりに吐かれた言葉に、レオンの眉間に皺が寄る。

 本気だと知ってどうするのだと彼が思っていると、言いたいことが伝わったのか白雪が理由を話し始める。


「創立記念パーティーで女癖が悪いって噂のあったあなたと椿が話してたから、ちょっと心配になって声を掛けたのよ。で、あたしが椿をダンスに誘ったら、すごい目であたしを睨んだでしょう? 椿が水嶋様の婚約者だと知ってるはずなのに、ずっと片思いしている相手がいるはずなのに、どうしてただの親戚でしかないあなたがそんな目をするのかしら? って思ったの。あなたの噂を全部、信じてた訳じゃないけど、それでも椿が騙されて泣かされたら嫌だと思ったのよ」


 理由を聞いたレオンは、彼が勘違いしていることに気が付いた。

 椿が気まずい思いをするからと誰にも話してはいなかったが、白雪には話しておかなければならない。


「言っておくが、俺がずっと片思いしていた相手というのは椿だよ。それと、文化祭の噂は半分嘘で半分真実だ」

「どういうことよ!」


 聞いた瞬間に白雪は目を見開いて驚いた様子で声を荒らげる。


「最後まで聞けよ。あの時、俺と一緒に居たのは椿だ。向かいの校舎に人が居て、咄嗟に相手に椿の顔が見えないようにしたら、俺が抱きしめてるように見られてしまったっていうのが真相だ」

「それ本当?」

「嘘だと思うなら椿に聞け」


 真実を知り、全て自分の空回りだったと知った白雪は頭を抱えている。

 

「そう、落ち込むなよ。椿を心配しただけだろ?」

「そっちは気が楽かもしれないけど、こっちは勘違いでケンカを売ったのよ! 落ち込みもするわよ!」

「別に俺は気にしてないし、俺もお前を警戒していた」


 どういうことだと首を傾げている白雪に対してレオンは言葉を続ける。


「創立記念パーティーの時までは、時間さえあれば椿は俺を選んでくれると思っていたからだ」


 意外な言葉に白雪は真顔でレオンの顔を凝視する。

 レオンも冗談ではなく本気で言っているので、こちらも真顔である。


「椿から俺の知らない男の話が出たことはなかったから、安心していたんだ。だが、あれだけ魅力的な椿を好きになる男が居るのは当たり前で、椿と親しそうなお前を見て、その可能性があると知って焦ったんだ」

「それは光栄だけど、あたしが目指しているのは椿から信頼される親友の立ち位置だもの。そこまで警戒しなくても大丈夫よ」

「そんなことを言っても、椿がお前を選んだら意味がないだろう。どちらも椿に選ばれる可能性があるなら俺達の立場は同じだ」

「まるで椿が自分を選ばなくてもいいって考えに聞こえるけど」

「そんなことはない。俺は心から椿が欲しいと思っている。だが、誰を選ぶのかは椿の自由だし、俺が強制できるものじゃない。無理に言うことを聞かせて側に置くのは違う。本当に椿を好きなら、誰を選んだとしても彼女の幸せを願わなければならない、と思っているが、腹が立つのはどうしようもない」


 嘘のないレオンの本音を聞いた白雪はただ黙っていた。


「だったら、尚更心配するだけ無駄よ。あたしは椿を見ているだけで十分だもの。椿が幸せならそれで良いの。ただ、あなたの存在が予想外だったってだけ。ほんっと、文化祭の噂の真実を知ってたらこんなことしなかったのに。ずっと秘密にして椿の側で見守ろうと思ってたのに!」


 台無しよ! と白雪がレオンに八つ当たりをし始めた。


「好きなのに手に入れる努力をしないなんて理解できない」

「ただ好きな人の幸せを祈るだけの恋もあるのよ。考え方が傲慢ね。これだから金持ちは嫌いなのよ。……その中でも、あなたは特に気に入らないわ」

「奇遇だな。俺もお前のことは気に入らないよ。……でも、女の趣味だけは良いと褒めてやる」

「ええ、そうね。あなたも女を見る目だけはあるみたいね」


 話し合いを経て誤解も解けたのにも拘わらず、レオンと白雪は最初の時よりも仲が悪くなっていた。

 価値観の違いがお互いに嫌悪感を抱かせている。

 こいつとは決定的に合わないと話し合いを経て互いに分かったのだ。


「誤解も解けたんだから、俺の邪魔をするなよ」

「邪魔なんてしないわよ。あたしは、ただ椿に話し掛けるだけだもの。それとも、あなたはみっともない嫉妬を表に出して、椿に話し掛けるなとでも言うつもりかしら?」

「そんな権利は今の俺にはない」

「そうよねぇ。今の椿の立場は水嶋様の婚約者だものね」


 挑発的な白雪の物言いに、レオンは堪らず彼を睨み付ける。


「ここが日本じゃなかったら、お前をひねり潰してやれるのにな」

「まあ、怖い。グロスクロイツ家の権力を使うのかしらぁ」


 最初の時のような殺伐とした雰囲気はないものの、椿が聞けば胃を痛めそうな会話を二人は繰り広げていた。

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