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 夏休みへと入った椿は、必死に課題を終わらせて家でゴロゴロしたり、鳴海と出掛けたりと夏休みを満喫していた。


 そして八月に入り、透子と約束していた夏祭りの日がやってくる。

 浴衣を着た椿が志信を伴い、待ち合わせ場所に行くと浴衣姿の透子と恭介、レオンが既に到着していた。

 三人は何やら話をしている最中であったが、椿に気付いた透子が笑顔を浮かべながら彼女に向かって手をふってきた。

 

「お待たせしてしまったかしら?」

「待ち合わせ時間の前だから大丈夫ですよ。私は案内役なんで早めに来ただけですから」

「そう。遅刻じゃなくて安心致しました。それと、恭介さんもレオン様もお久しぶりです」

「久しぶりだな。電話で話はしていたが、合うのは二月以来か」

「バレンタイン以来ですわね。そうそう、レオン様。これから一年間よろしくお願い致しますね」

「ああ、よろしく頼む。なるべく椿には迷惑を掛けないように頑張るから」

「そこまで気を使わなくても平気ですわ。親戚なのですから、多少会話をしていたとしてもおかしなことはございませんもの」


 椿からの魅力的な言葉に、レオンは嬉しいような困ったような表情を浮かべていた。

 尚も会話を続けようとする椿とレオンの様子に痺れを切らした恭介が早く店を見に行こうとせっついたことで、椿の隣に透子、後ろに恭介とレオンという形で移動を始める。


「遅れてしまってごめんなさいね。恭介さんがいらっしゃるといっても、初対面のレオン様、それも外国人の方と話をするというのは緊張されたでしょう?」

「いえいえ。会って数秒で私の手を握って恭介君を頼む! ってお願いされたので、緊張する暇もありませんでしたよ」


 透子と恭介がこのまま上手くいって貰わないと困るからか……と思った椿はちらりと後ろに居るレオンを見ると、彼は日本のお祭りが珍しいのか周囲を物珍しそうに眺めていた。


「いきなりそのようなことをされて驚きませんでしたか?」

「驚きましたけど、グロスクロイツ君と恭介君は親友だって聞いてたので、二人は本当に仲良しなんだなって思って羨ましくなりました」

「確かに六年くらいの付き合いですので仲はよろしいですが、レオン様が伝えたかったのはそれだけじゃないと思いますけどね。……ところで、地元民の夏目さんに伺いますけれど屋台のお勧めなどございます?」

「え? お勧めですか? えーと、そうですね。和菓子屋さんの前にカステラの屋台が毎年出るんですけど、そこはいつも長蛇の列ができるくらい有名ですね。並んでもいいのなら行きますか?」

「その屋台は遅い時間までやってるのかしら?」

「私は毎年、八時前には帰ってますけど、その時はまだお店はやってましたから、今年もそうだと思います」

「そう。なら、帰る前に寄った方がいいかもしれませんわね。持って歩くと冷めてしまいますから」

「それもそうですね。じゃあ、まずは一通り屋台を見て回りませんか? 何か食べたいとかあれをやりたいとかあったら教えて下さいね」


 会話の後、透子が先導する形となって商店街のメインストリートまで行き、透子から屋台の説明を聞きながら神社まで向かうことになった。


「金魚すくいの屋台がいくつもありますのね」

「あ、やりますか? 一番近いあそこでいいですよね」

「お待ちになって、夏目さん。金魚すくいは金魚や熱帯魚を売っているお店の前の金魚すくいでやった方が長生きするという情報を得ております」

「どこで仕入れてきたんですか、その情報!」

「…………ネットですわ」


 実際は前世の記憶からの都市伝説情報である。

 

「すごいですね。ネットで何でも調べられちゃうんですね」

「夏目さんはあまりネットはなさらないの?」

「私は勉強するかテレビ見てるか本を読むか、友達と遊びに行くかくらいですから、ネットはしないです。それに家のパソコンはお父さん専用なので、私は使えないっていうのもありますね」


 ネットの情報を全く必要としない生活をしている透子に椿は小声で「本物のリア充生活だ……」と呟いた。


「何か言いました?」

「いえ、何も。それで、条件に合う金魚すくいの屋台はございます?」

「残念ながらないんですよね。でも、金魚が長生きしやすい屋台はあるので、案内しますよ!」

「ふふっ。腕が鳴りますわね」

「あ、相当自信があるんですね。私も五歳からの経験があるので負けませんよ!」


 楽しそうに会話をしている椿と透子を後ろから見ていた男二人は、羨ましそうに彼女達を眺めている。


「俺はお前とデートに来た訳じゃないんだけどな」

「僕もだよ。大体なんで椿が透子の隣なんだ」

「お前、彼氏だろう? 隣を死守しろ」

「……あまりにも自然に透子が椿の隣に行ったから出遅れたんだよ。レオこそ椿の隣に行けば良かっただろう?」

「まさか二人の世界に入るとは思ってもみなかったからな。たまにこっちに話し掛けにくると思ってたから、想定外だっただけだ。というか夏目は椿を好きすぎじゃないか? 一切こっちを見てないぞ」

「レオもそう思うか? 僕も薄々そうなんじゃないかとは思ってたんだ」


 出会って数時間も経っていないレオンですらすぐに気付いたのに、一年以上の付き合いがあるはずの恭介の言葉に彼は天を仰いだ。

 

「一目瞭然だろ? お前の目は節穴か。……いや、節穴だったな。惚れたと自覚するのが遅すぎだったよな、恭介は」

「あのな……僕が恋心を自覚するのが遅れたのはレオの態度のせいでもあるんだからな」

「個人差、ということを全く考えていなかった恭介の責任だろう? 俺に責任転嫁しないでくれ」

「責任転嫁じゃなくて、ただの八つ当たりだ」


 全く悪びれる様子もなく言ってのけた恭介に、レオンは文句を言う気が削がれてしまう。

 だが、彼は前に恭介とした約束のことを思い出し、このまま何も言わずにやり過ごすのも癪だと考えた。


「……ところで恭介。俺はどのタイミングでお前を指差して盛大に笑ってやればいい?」


 中等部一年の時の話を出された恭介は、レオンとの口約束を思い出したのか眉をピクリと動かした。

 反してレオンは優位に立っているためか、楽しそうな笑みを浮かべている。


 背後の会話が聞こえていた椿は、また何か変な賭け事でもしていたのかと呆れていた。

 透子の方はケンカでもしているのだろうかと心配そうに何度も後ろを振り返っている。


「夏目さん。あのやりとりは通常営業ですからご心配なく」

「そうなんですか? 心臓に悪いですね」

「素直になれない方々なんですのよ。面倒でしょうけれど、たまに構って差し上げてね」

「すみませんでした。私ったら、久しぶりの朝比奈様とのお出掛けにはしゃいでしまって」

「そういえば、最後に出掛けたのは去年のダンスレッスン以来かしら? コンビニでお会いしましたけれど、出掛けた訳ではございませんものね」


 年が明けてからは恭介と二人で出掛けるようになったこともあり、椿は透子と一緒に出掛ける機会がなくなっていた。

 透子の方から一緒に出掛けようと誘われるのは嬉しいものだと思い、椿は表情を緩める。


 和やかに透子と会話をしながら案内され、椿達は金魚すくいに挑戦した。

 結果として、椿はブランクがかなりあった為に二匹という何とも情けないことになってしまう。

 対して透子は七匹という結果になり、これが経験の差かと椿は肩を落とした。

 ちなみに男子二人は全くの未経験であったのにも拘わらず事前に他人のすくい方を見て学んだ結果、五匹以上をすくっていたのが椿には気に入らない。

 こんな所でチートっぷりを発揮せずとも良いのに、と二匹しかすくえなかった自分が情けなくなる。

 椿は、この気分の落ち込みは食べ物で埋めるしかないと思い立ち、透子の肩を両手で掴んだ。

 

「夏目さん。私、リンゴ飴が欲しいのですが」

「リンゴ飴ですか? ミカンとイチゴもありますけどどうします?」

「究極の選択ですけれどリンゴで。それも大きいやつをお願いします」

「了解です」


 透子お勧めのリンゴ飴の屋台まで移動していると、聞き慣れない言葉を聞いた恭介が椿達に話し掛けてくる。


「椿、リンゴ飴って何だ?」

「あら? 春のお祭りの屋台にはございませんでした?」

「リンゴ飴の屋台はありましたよ。ただ春の時は時間も短かったですし、団子とか春を連想するものを紹介してたのでリンゴ飴は紹介してなかったんです」

「ああ、そうでしたのね。では、恭介さん。私からリンゴ飴を美味しく頂くアドバイスがございます。リンゴ飴は冷蔵庫で一晩寝かせると味が染みこんで、それはそれは美味しくなるのだとか」

「ほう」

「ちょ! 朝比奈様! それ凶器になるやつです! 最悪、歯が一本持っていかれるやつですよ! その情報はデマですデマ!」


 速攻で透子にネタばらしされて椿は小さく舌打ちをすると、それを見た恭介はわざと彼女が口にしたのだと気付いて不機嫌になった。


「お前な! ちょっと信じた僕に謝れ!」

「ごめん」

「相変わらず謝罪が軽いな!」

「いや、さすがに齧ろうとしたら気付くかなって思って」


 あっさりと言ってのける椿に恭介は開いた口が塞がらない。


「恭介君も朝比奈様も落ち着いて下さい。往来で立ち止まってると通行の邪魔になりますから、歩きながら言い合いをして下さい」

「言い合い自体は止めないんだな」

「だって、止めても無駄じゃないですか」

「確かにそうだな」


 頷いたレオンは恭介の、また透子は椿の腕を引いて、一行はリンゴ飴の屋台へと向かい、目的の大きいリンゴ飴を購入した。

 その後、射的をやったりかき氷を食べたりしながら時間を過ごし、境内でお参りを済ませてから解散しようということになった。

 だが、境内は人で混み合っており、椿は人に押されて透子達から離れてしまいそうになり、咄嗟に誰かの浴衣を掴んでしまう。

 掴んだまま人混みに押され、通路の脇まで移動したところでようやく落ち着けることができて、椿は掴んでいた人物を見て大声をあげる。


「……なんで、あんたなのよ! ここは空気を読んでレオンが来るところでしょうが!」

「有無を言わさずに人の浴衣を掴んだのはお前だ! お前が空気を読めよ!」

「うう……最悪だわ。初対面の二人を残してきたことが不安だわ」

「レオが透子の魅力に気付いて惚れたりしたらどうしてくれる!」

「いや、さすがにそれはないでしょう? 親友の彼女よ? それに私のこともあるし」


 と椿は言ってみたが、相手が透子ということで急激に不安になってくる。

 なんせ恭介が惚れた相手だ。レオンまで惚れて修羅場になったら目も当てられない。

 不安そうな顔を浮かべている椿と恭介は急いで来た道を引き返した。



 一方、こちらは初対面同士ではぐれてしまったレオンと透子。

 はぐれたと分かってすぐに二人は脇に移動し、人の往来を眺めていた。

 何を話したらいいのか分からず、透子は落ち着かない様子を見せているが、レオンは腕を組んでマイペースにひたすら椿の姿を探している。


「あ、あの!」

「なにか?」

「日本語、すごい上手ですね」

「どうも。……といっても知らない言葉もあるし、読み書きも完璧だとは言えないんだがな。でも、日本人の貴女からそう言ってもらえると自信に繋がるし嬉しいよ」


 あまり表情が変わってはいないが、普段のレオンは友人でもない女子から話し掛けられても大抵の場合は無視しているような状態なので、こんなにも長文を話すのは珍しいことであった。それだけ透子に対しては良い感情を抱いているということである。

 そもそも透子が恭介とこのまま上手くいってくれなければ、椿との未来がないレオンにとって彼女は救世主のようなもの。

 自然と対応もちょっとだけであるが柔らかいものになる。


 ここで、二人の会話は終わり再び居心地の悪い空気が流れ始めるが、不意にレオンが何の前触れもなく透子に声を掛けた。


「……君は恭介との未来をどう考えている?」

「どう、とは?」

「結婚したいかどうかだ」

「け、結婚!?」


 いきなり飛躍した話題に透子の声が裏返った。

 戸惑っている透子を気にすることもなくレオンは話を続ける。


「そういうことになるんじゃないのか?」

「いや、私はそういうことはまだ何も考えては……」

「ずっと一緒に居たいとは思ってないのか?」

「お、思ってますけど、まだ十七ですし。想像ができないというか」


 消極的な透子の言葉に、レオンは彼女の真正面に立つと声を張り上げた。


「そんな気の持ちようでどうする! 俺の未来は君にかかってるんだぞ」

「知らない内に重大な任務を与えられてる!? 何でですか!?」


 透子は、本当に何も知らない様子であったことから、彼女がまだ恭介達から婚約の話を聞いていないのだとレオンは理解した。


「あいつは……俺の件から何も学んでいないのか……」

「あの? 何か知ってるんですか?」

「ああ、知ってるが俺が勝手に言っていいことじゃない。恭介本人から聞いてくれ。言わないと嫌いになるとか言えば教えてもらえるだろう」

「それ、何を言われるのか怖いんですけど」

「悪い話じゃないとだけ言っておく。ただ、君の覚悟が必要なだけだ」

「は、はぁ」


 全くピンとこないのか透子の返事は軽い。


「あ、そ、そういえばグロスクロイツ君は朝比奈様とも仲が良さそうですけど、付き合いは長いんですか?」

「椿とは六歳の時からの付き合いになるから十年、十一年くらいか」

「十一年ですか!? 長いですね! でも六歳かぁ、六歳の頃の朝比奈様って可愛かったんでしょうね」

「そりゃあもう可愛かった。いや、今も可愛いんだが、年々綺麗になっているな。心の綺麗さは顔に出るというが正にその通りだ。だからこそ余計な虫がつかないか心配にもなる」


 硬い表情であったレオンが穏やかな笑みを浮かべたことと、会話の内容から透子はもしかして彼は椿のことを好きなのでは? と気付く。


「あの、もしかしてグロスクロイツ君って朝比奈様のこと……」

「……そうだな、君の考えている通り、俺は椿を愛しているし、人として尊敬している。堅実で誰かのために行動できる椿は本当に素晴らしい女性だと思っているよ」


 レオンが椿を好きだと聞き、自分のことではないはずなのに、透子は興奮し顔を赤くさせて「そうなんですね! そうなんですね!」と嬉しそうに口にしていた。

 そうこうしている内に、やっと椿と恭介が二人を見つけて走り寄ってくる。


「レオン様。余計なことは仰らなかったでしょうね」

「余計なことは何も話してない。俺は、ただ椿の素晴らしさについて語っただけだ」

「余計よ! それ、すごく余計よ!」


 思わずレオンに詰め寄る椿であったが、隣に居た透子が二人を微笑ましく見ていることに気付き、狼狽えてしまう。

 透子の態度からレオンが椿を好きという情報を知っていることを察し、途端に彼女はどことなく恥ずかしい気持ちになり勢いを失う。


「朝比奈様?」

「気にしないで。ちょっと出鼻を挫かれただけよ」


 椿の返答に透子は「そうですか」とだけ答え、視線を彼女から恭介の方へと移動させた。


「恭介君。さっきグロスクロイツ君から気になることを言われたんですけど。グロスクロイツ君の未来が私にかかってるってどういうことですか?」


 問われた恭介は言葉に詰まり、ゆっくりと透子から顔を背けた。

 様子を見ていた椿は、恭介が婚約の話をしていないことに気付き、呆れてしまう。


「ちょっと、恭介さん。まだ説明なさってないの? レオン様の件で学習したと思っておりましたのに……。早く教えないと前と同じこと、むしろ別れるだなんだという話になりますわよ」

「分かってるよ! ただ、言ったら透子のことだから身を引くとか言いかねないと思って中々言えなかったんだよ」

「理解はできますが、彼女は知る権利がございます。信頼を失いたくないのであれば早めに仰ることを勧めますわ」

「……分かった。じゃあ十分だけ二人にしてくれるか?」

「ええ。あまり奥まで行かないようにして下さいね。会話が聞こえない距離で十分ですからね」

「分かってるよ! 透子、ちょっと来てくれるか?」

「あ、はい」


 二人が離れていき、椿は二人の会話が聞こえないようにと配慮して、レオンに向かって声を掛ける。


「理由を仰らなかったのね」

「他人から言われたら余計に拗れると思ったからな。さっき椿が言った余計なことはこのことだと思ってたんだけど」

「もう恭介さんが説明なさってると思っておりましたからね。……ところで留学は一年の予定ですのよね? 滞在は朝比奈家の本家で?」

「そうだ。一年間、世話になる予定だ。最初は恭介の家にという話だったんだが、恭介の祖父に反対されてな」

「あのお祖父様は……」

「そう責めるな。あの人は俺が椿と恭介の婚約が嘘だと知っていることを知らないんだろう? だったらどう考えても俺が悪者なんだから、対応としては正しい」

「それはそうですが」


 納得していない椿はまだブツブツと呟いていたが、レオン本人が気にしていないということであれば、彼女がここで文句を言っても意味がない。


「それに俺は椿と同じ学校に通えるということが幸せなんだ。同じクラスではないようだが、新学期を楽しみにしているよ」

「……大変言いにくいのですが、多分、恐らく絶対に平穏な学園生活は送れませんわよ?」

「どうしてだ?」

「言っておきますけど、大和撫子なんて過去の幻影、絶滅危惧種ですからね。学園内にだって探さないと居りませんわ」

「つまり?」

「肉食女子が貴方を待っているということよ」


 ドイツでも身に覚えがあるのか、一気に彼は顔を嫌そうに歪ませた。


「日本人だろう?」

「肉食女子に人種は関係ございませんわ。どうしても無理、ということがあれば私の隣に居れば女子は近寄ってきませんから。避難所にどうぞ」


 椿としてはこれまで恭介を見てきているので、外国人・金髪碧眼の王子様のような見た目のレオンであれば彼の比ではないだろうと予想しての言葉であったのだが、レオンは何故か顔を赤らめて嬉しそうにしている。


「……あまり優しくすると俺が調子に乗るから程ほどにしておいてくれ」

「別に優しくなどしておりません。せっかく留学していらっしゃるのですから、嫌な思い出ばかりではと思っただけですわ」

「嬉しい提案だが、俺は学校で椿に話し掛けないようにしようと思っているから、気持ちだけ貰っておく」

「は?」

「話し掛けたら、俺の表情や口調でばれる可能性もある。一年間居るんだから、どこでヘマをするか分からないだろう? それに、どうしてもという時は、杏奈や恭介が居るから問題ない」

「そ、そう」


 以前に比べてレオンの態度がかなり変わっているため、椿は動揺してしまう。

 ペースを乱された椿がレオンと会話をしている内に、恭介も透子と話が終わったようで二人の元へと戻って来る。

 心なしか透子の表情が暗いことが椿は気になった。


「夏目さん。大丈夫ですか?」

「…………朝比奈様は、本当にそれで構わないんですか? 破棄される側になるのは、その、つまり」

「周囲から笑われることになるのではと心配なさってるのね?」


 暗い表情のまま透子は頷いた。


「私、恭介さんのお守りはごめんなんですの。こんな面倒臭い男と一生を送らなければならないなんて考えただけで嫌になりますわ」

「酷い言い種だな」

「そこに現れたのが夏目さん、貴女です。私にとっては恭介さんを押しつける格好の餌食です。どうかそのまま分厚いフィルターが取れることがないようにと願っておりますわ」

「本当に酷い言い種だな!」

「他人から笑われることは気にしておりません。婚約しているとは一言も申し上げておりませんから、お祖父様がきちんと説明なされば問題にはなりませんわ。夏目さんが心配なさる必要はどこにもございません。ですから、顔を上げて。お祭りの日になんて顔をなさってるの? 綺麗な格好をしていらっしゃるのですから、そのようなお顔は似合いませんわ。ちゃんと笑顔で家に帰りましょう」

「止めてくれ。僕の彼女を口説くのは止めてくれ」

「あーもー! さっきから五月蠅いわね! 別に口説いてないわよ!」

「お前、外なんだからちゃんと擬態しろよ! ちょくちょく素が出てるの気付いてるか!?」


 全く自覚のなかった椿は、え!? と大声を出して隣に居たレオンを見てみると、彼は神妙な顔をしてゆっくりと頷いた。


「……気を付けますわ。あと夏目さん。話の腰を折って申し訳ございません」

「いえ、お蔭で悩んでたのが全部吹っ飛びました」


 言葉の通り、透子は晴れやかな笑顔を浮かべている。

 何にせよ透子の心配を解消することができ、椿はホッとした。


「それは良かった。さ、残りの屋台も拝見して帰りますわよ。最後にベビーカステラに並ばなければなりませんからね」

「そうですね! あと、揚げアイスの屋台があるので帰りに寄りましょうね。美味しいんですよ? カロリー半端ないですけど」

「歩いてカロリーを消費しておりますので問題はございませんわ。それに帰ってから運動すればよろしいのです」

「消費カロリーが摂取カロリーを上回れば問題ありませんもんね!」

「えぇ。その通りですわ」


 楽しそうに話をしている椿と透子であるが、およそ男子の前でする会話ではない。

 だが、後ろの男子二人は全くこれっぽっちも気にしていないようで、お互いの相手を優しげな眼差しで見つめていた。

 

 途中で綿菓子や揚げアイス、ベビーカステラを購入し、最初の待ち合わせ場所へと帰ってきた椿達は解散することになった。

 恭介だけは透子を家まで送り届けてからの帰宅となり、手を繋いで歩いて行く様子を見ながら椿はレオンに別れを告げ、車に乗って自宅へと帰ったのだった。

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