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 椿が烏丸に嘘の説明をしてからすぐに噂が出回ったのか、透子に対する嫌がらせは明らかに減った。

 むしろ、最終的に椿が手を下すと知った生徒達は透子に対して同情すらしているようである。

 それでも嫌がらせそのものがなくならないところを見ると、一部の女子生徒達は恭介に興味を持たれているという状況自体が我慢ならないようだ。

 だが、仮に透子を蹴落としたところで、他人の悪口を言って嫌がらせをしていた彼女達に恭介が視線を向けることなど絶対にないというのに、と図書当番真っ最中の椿は人の来ないカウンターに座りながらボンヤリと考え込んでいた。


「朝比奈様、水嶋様は今日お休みですか?」


 遠くを眺めていた椿は透子から話し掛けられ、我に返る。


「え? ああ、そうですわね。家の用事があると仰っておりました。うるさい人間が居ないと静かでよろしいですわ」

「うるさくなるのは、朝比奈様がちょっかいをかけているからでは……」

「あら、急激に耳の聞こえが悪くなってまいりました」

「もう、朝比奈様ってば」

「なんて冗談はさておき……夏目さん。もうすぐ二月ですわね。二月と言えば」

「節分ですね! ということは恵方巻きですよ、恵方巻き。お母さんから、今年は奮発してデパートで予約したって聞いたので、楽しみなんですよー」

「……私が申し上げたいのは、節分の十一日後の話ですわよ、夏目さん」


 椿は恵方巻きにも心引かれるものがあるのは事実であるが、今話したいのは節分のことではない。

 十一日後という言葉を聞いた透子は、椿が何の話をしたいのかを理解したのか「ああ」と一言口にした。


「そういえば、バレンタインもありますね。朝比奈様は誰にあげるんですか?」

「私は家族と祖父、伯父と恭介さん。千弦さんや杏奈さん、清香さん、それから佐伯君あたりでしょうか? 篠崎君と中等部の後輩には差し上げても問題ないかしら? と悩んでいるので保留中ですわ。夏目さんはどなたに差し上げるのですか?」

「私も家族と友達関係にあげる予定です。毎年、手作りしているので、そろそろ今年は何を作るか決めないといけないんですよね」

「あら、手作りですの? 夏目さんは料理が得意なのかしら」

「得意、というほどじゃないんですけど、料理は好きですね。不味いと言われたことはないので、味は普通だと思います」


 ほほぅ、と顎に手を当てた椿は、どうせなら恭介にもチョコをあげてはくれないものかと考え、透子に聞いてみることにした。


「ちなみに、鳳峰学園のお友達には差し上げる予定ですか?」

「えっと、清香ちゃんと凪君と保科君にあげる予定ですね」

「あら? 恭介さんと仲がよろしいかと思っておりましたが、差し上げませんの?」

「うーん。多分いっぱい貰うでしょうから、荷物になるのも悪いなぁって思って遠慮したんですよね」

「確かに恭介さんは毎年、沢山のチョコを頂いておりますが、当日はチョコレート回収係が待機しておりますので、受け取った後はその方に渡す流れになっております。よって、本人がチョコレートを直接手に持って帰ることはございませんので、荷物にはなりませんわ」

「……さすが水嶋様ですね。マンガのような出来事が現実にあるとは驚きです」


 現実離れした話に引いてはいないだろうかと椿は心配になり、透子はどう受け取ったのかと様子を窺うが、彼女は特に表情を変化させてはいなかった。


「……ですので、恭介さんの負担にはならないかと思います」

「良かったです。そういうことなら水嶋様にも渡せますね」

「ええ。ですが、夏目さんが渡しているのを他の方に見られるとまた色々と言われてしまいますから、ご面倒でしょうけれど」

「あ、大丈夫です。たまに水嶋様と誰にも見られない秘密の場所で話すことがあるんです。だから、そこで渡しますね」


 椿は秘密の場所と聞き、以前白雪から呼び出された帰りに透子と恭介が二人で話している現場を見たことを思い出し、もしかしてそこか? と思ったが、彼女に聞くと二人が話していたのをこっそり見ていたとバレることになるので、口にすることはできなかった。


「秘密の場所……ですか?」

「はい。特別棟の裏庭の辺りですね。朝比奈様も今度来ませんか?」

「遠慮致します」

「そんな速攻で否定しなくってもいいじゃないですか」


 他人のイチャイチャしている所なんて、恥ずかしくて見たくないので間髪入れずに断った椿であったが、透子は断られたことだけが不満のようで口を尖らせている。

 むうっと口を尖らせている透子が非常に可愛らしいと椿は思っていると、彼女は口を尖らせるのを止めて今度は頬を膨らませ始めた。


「頬袋に食べ物を詰め込んだリスみたいになっておりますわよ」

「そ、そこまで膨らんでないです……!」


 断られたことに対する不満を前面押し出してきた透子は、椿から全く関係の無いことを言われて咄嗟に普通に言葉を返してしまう。

 

「奇数のグループ、特に三人は二人が話して一人がボッチになる運命なんですのよ。ですから、遠慮致します、と口に致しました。それに近い関係だからこそ、恭介さんは私に心配を掛けたくないのか私に対して全てを仰ることはありません。ですから、貴女と過ごすことが恭介さんにとって息抜きとなっている部分もあると思うので、余計なことはしたくないのです」

「そういうものでしょうか?」

「そういうものですわ。四六時中、イトコが一緒に居るという状況は心が休まりませんから。まぁ、私が恭介さんと四六時中一緒に居るのが面倒なだけ、という理由もありますわね」

「割と酷い理由が出てきましたね」

「私だって一人の時間を大事にしたいですもの」


 椿の説明を聞いた透子はあまりしつこく誘うのも悪いと思ったのか、気が向いたら来て下さいね、と口にしてこの話を終わらせた。


「そうだ。朝比奈様。水嶋様って素人の手作りとか食べます? ダメなら売ってる物でと思ったんですけど、好みが分からないので」

「良く存じ上げない方が作ったものは口にしませんわね。要は信頼の問題ですわ。料理人はプロだから信用して口にする。素人でも恭介さんが信用している相手であれば、口にするでしょうね。その点で言えば、夏目さんは恭介さんから信頼されておりますので大丈夫かと思います。心配なら、本人に直接尋ねてみては? たまにお話ししているのでしょう?」


 恭介が透子を信用している、と口にした瞬間に彼女が明らかに嬉しそうな表情に変化したのを椿は見逃さなかった。

 す、好きなの!? どうなの?! 好きなの!? と聞きたい気持ちを必死に押しとどめた椿は透子の言葉を待つ。


「それも、そうですね。いつも朝比奈様が親切に教えてくれるので、ついつい聞いてしまいました。本人に聞くのが一番手っ取り早いですよね」


 うんうん、と透子は頷いているが、恭介は透子から貰えるのならば何だって構わないと思っているのではないだろうかと椿は思っている。

 だが、手作りなんて貰おうものなら、表面上はクールぶっていても内心ではガッツポーズを決めるに違いない。

 きっと当日は上機嫌になるだろうと椿は予測しながら、その日の図書当番を終えた。



 そして、バレンタイン当日。

 昼休みが終わりに差し掛かった頃に図書室から教室へと戻っていた椿は、特別棟の方から歩いてくる恭介の姿を見掛けた。

 彼は口元に笑みを浮かべており、遠目からでもとても機嫌が良さそうに見えた。

 これは、昼休みの内に透子からバレンタインのチョコを貰ったのだな、と椿はピンとくる。

 ポケットに入れられるような大きさのものだったのか、恭介は手ぶらであったが、ちゃんと透子と上手く行ってそうな雰囲気に椿は安心したのだった。


 放課後になり、サロン棟で友人達にチョコを渡し終えた椿は自宅へと帰ると、佳純から「レオン様がお越しです」と知らされ、彼女は制服のままリビングへと向かう。


「それが高等部の制服か。初めて見るが、椿によく似合っている。あと使用人に土産を預けてあるから、後で食べてくれ」

「毎回どうもありがとう。それから遠路はるばるようこそ日本へ。で、今年もチョコはいらないって言うの?」

「ああ、顔を見に来たのと、しおりを受け取りに来ただけだからな。新しく作ったんだろう?」

「温室や庭にある花限定だけどね。でも、しおりばっかり増えても仕方ないでしょ?」

「そうでもないさ。前は本を読むときは一気に読んでいたが、しおりを貰ってからは本に挟むのが楽しみになって、適度に休憩を取れるようになったからな。まぁ、そうやって頻繁に使っているから」


 と、そこでレオンが話すのを止めたので、椿は何か問題でもあったのだろうかと不思議に思った。


「その……必要以上に触ったりしていたせいもあるが、割とボロボロになってしまったんだ。貰った物に対して申し訳ないとは思っている。すまない」

「いや、謝らなくていいから! あれは本当に趣味で作ったものだから、補強はしてないし切り方も適当なのよ。だから使い続けていればラミネートが剥がれるのは当たり前。むしろそこまで使ってくれてたことの方に驚いたわよ」

「そうなのか? てっきり俺が毎日触ったりしていたから剥がれてしまったんじゃないかとばかり」


 本当に申し訳なさそうな顔をしてレオンが言うものだから、椿は趣味だからと使用人の助けを最小限にしてもらい適当に作っていたことを申し訳なく思った。

 喜んでくれているとは思っていたが、まさかそれほどまでとは思ってもいなかったのである。


「……剥がれたやつはもう一回ラミネートすれば一回り大きくなっちゃうけど、修復はできると思う」

「そうか! それなら良かった」


 途端に顔を明るくさせるレオンを見て、しおり程度でこんなにも喜んでくれるとはと椿は戸惑い半分、嬉しさ半分といった気持ちになる。

 側で控えていた佳純が椿の話を聞いて、すぐにラミネートの機械を用意してくれた。


「レオン様、修復されるしおりをこちらへ」

「ああ、頼む」


 しおりはものの数分で修復され、少し大きくなってしまったがレオンの手元へと戻っていった。


「ラミネートで簡単に修復できるんなら、機械を買っておいた方がいいな。それなら、俺でも家でできるし」

「機械が熱くなるから火傷しないように気をつけてね」

「そこは使用人の手を借りるさ。俺が怪我をしたら、見ていなかった、手伝わなかった彼らのせいになってしまうからな」

「そう、なら良かった。で、増えるだけのしおりを本当に新しく選ぶのね?」

「当たり前だ。それを目的に来たんだから。今まで使用していたものは殿堂入りで飾ることにするから、新しいのが必要なんだよ」

「止めろ! 飾ろうとするな! 材料費含めて百円もかかってないから! 場違いだから!」


 レオンの部屋に飾られているのは、いずれも価値のある高価なものばかりなのは椿でも簡単に想像がつく。

 そのような高級品の中に椿の作ったしおりが混ざるなんて、彼女は考えただけでもいたたまれなくなる。

 椿の言葉をレオンはずっとニコニコと笑顔で聞いているが、あれはこちらの言うことを聞く気はないということだと付き合いの長い彼女は察していた。

 基本的にレオンは一応自分の意見を出しはするが、最終的に椿の意見をいつも尊重してくれている。

 取りあえず自分の意見が通ればラッキーと思っているのだ。

 けれど今回は椿の目の届かない所での話なので、レオンも引く気はさらさらないということである。


「値段ではない、と去年俺は言わなかったか? 物の価値は値段じゃなくて、持っている本人が決めることだ。俺にとって、このしおりは値段の付けられない貴重な物、という認識しかない。椿にとっては大したことはなくても、俺にとってはそうではないというだけだから、その認識を変えることは無理だ。諦めてくれると助かる」

「頑固者め」

「それを椿が言うのか?」

「私はレオンほどじゃないもの」

「さぁ、どうだろうな? 俺は自分が頑固なのは認めるが、椿よりもそうかと言われるとちょっと疑問だな」


 わざとらしくレオンは笑っているが、そう言われると意地っ張りで頑固だという自覚がある椿は彼に強く反論することができない。

 何も言えない椿は、腕を組んで黙り込んだが、彼はそんな様子を見て穏やかな笑みを浮かべている。


「どちらがより頑固かどうかの議論は置いておこう。答えは絶対に出ないだろうから。それに日帰りの強行軍だから、あまり長居はできないんだ」

「本当に毎年ご苦労様ね。そういうことなら、頑固かどうかの議論はまた今度にしましょうか。佳純さん、しおりの入っている缶を持ってきてくれる?」


 すでに佳純は椿の部屋からしおりの入った缶を持ってきていたようで、すぐに彼女に手渡してくれた。

 それを椿はそのままレオンへと手渡した。

 彼は蓋を開けて、中に入っているしおりを何枚か取り出して見比べながら、どれにするかを真剣な表情で選んでいる。


「そうだな……今年はこの桜のしおりにするよ。もうじき春だしな」

「一枚でいいの?」

「あぁ、今年は必要以上に触ったりしないように気を付けるから長持ちするはずだ。それに修復できるようにするから問題も無い」

「ならいいんだけど」


 レオンは箱から取り出した桜のしおりを大事そうにひと撫でした後に、長方形のケースへとしおりを収納し立ち上がる。


「さて、そろそろ空港に向かうよ。それと、今年の夏は日本に来るから、また恭介達と一緒に東京を案内してくれると助かる。あと……」

「あと?」


 椿の言葉に、レオンはしばらく考え込んだ後で何でもないと答えた。


「言い残してることがあるなら言って。後からやっぱりこうでしたーって言われたら怒るからね」


 腰に手を当てて仁王立ちになった椿は、軽くレオンを睨みつけるように見ると、彼はそっと視線を外した。


「やっぱり何か言いたいことがあるんじゃない!」

「……いや、あるのはあるが……。だが、言ったら……」


 煮え切らない態度に椿はレオンとの距離を詰めて、真正面から彼を見上げる。

 レオンは至近距離の椿に狼狽えて二、三歩後ずさった。


「……分かった! 言うよ! 言うから少し離れてくれ……!」


 頼むから! と必死に言われ、椿は元の位置へと戻る。

 椿が離れたことでレオンも落ち着きを取り戻し、咳払いをした後で彼は口を開く。


「先に確認しておくが、怒らないな? 逃げないな? 嫌がらないな? 俺を嫌いにならないな?」

「何!? 私、これから何を言われるの!? 何を言おうとしてるのよ!?」

「いいから、約束してくれ。でないと今の時点で言えない」


 切羽詰まった表情のレオンを見た椿は、彼の本気度を感じて覚悟を決める。


「分かった」

「その言葉を信じるからな」


 レオンの言葉に椿はしっかりと頷いた。


「その…………実は、今年の九月から……鳳峰学園に、留学することになった」

「は?」

「椿と同じ学年で一年間」

「え?」

「ずっと両親を説得していたんだが、去年の夏に条件を出されてね。それをクリアしたから留学が許可されたんだ」

「………………マジで?」

「マジだ」


 レオンは、ポカンとしている椿をジッと見て彼女の反応を窺っている。

 予想もしていなかったことを言われた椿の脳がようやく動きだし、視線をレオンに合わせた。


「やっぱり嫌か?」


 不安そうな彼の言葉と態度に椿はそうではないと首を振る


「違うの。全くの予想外だったから、ただ驚いただけよ。レオンが私の不利になるような行動を取らないのは分かってるもの。そこは信頼してるから」

「……驚かせて悪かった。留学の話をして、否定的なことを椿から言われて自分もどこかの国に留学すると言われたらと思ったら言い出しにくくて」

「……別に言われたところで逃げないのに」

「それを椿が言うのか?」


 レオンが苦笑しているのを見て、椿はこれまでの自分の行いを振り返ってみたが、確かに逃げる準備はしそうだと思った。


「……言い出しにくい状況を作ったことに関しては謝罪するわ。ごめんなさい」

「別に椿を責めている訳じゃないし、謝罪して欲しい訳でもない。それに謝っているのは俺だし、椿にそんな顔をさせる為に来た訳じゃない。いつもみたいにしていてくれないか?」


 困り顔のレオンに向かって椿は「了解」と告げると、彼は安心したようにニッコリと微笑みを浮かべる。


「話し込んじゃったけど、飛行機の時間は大丈夫?」

「そろそろ出ないとまずいな。あと最後に驚かせるようなことを言って悪かった」

「それはもういいよ。気にしてないから」

「……じゃあ、また夏休みに」


 時間にしたら一時間も経っていなかったが、レオンは用事だけを済ませて朝比奈家を後にした。

 ちなみに今回のレオンからのお土産は、ミニエクレアの詰め合わせであった。

 少ない量で色んな味を沢山味わえる、という椿のことをよく分かっているチョイスにただただ彼女が喜ぶだろうと思い、これを選んだレオンの気遣いに感謝したのである。

5月12日にお前みたいなヒロインがいてたまるか!の2巻の電子書籍が配信となりました。

よろしくお願い致します。


本編ですが、高等部1年目はこのお話で終了です。

次の118話から高等部2年目に入ります。

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