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 創立記念パーティーから数日後の放課後。

 椿は帰るかーと廊下を歩いていると、廊下の壁にもたれ掛かっている白雪が居ることに気が付いた。

 椿の方へ視線を向けていたことから、白雪が彼女のことを待っていたことは間違いない。

 目が合った後で彼は裏庭の方へと歩き出し、たまに足を止めて椿の方へ視線を向けては歩き続けていたことから、彼女を呼んでいるのだということに気が付く。

 特に用事も無いし、白雪が椿に危害を加えるような人物だとは思えなかったことから、彼女は何も疑わずに後を追った。


 前に椿が猫と戯れていたところまで誘導され、振り向いた白雪が呆れたような口調で椿に声を掛けてきた。


「疑いもせずに付いてくるとか、馬鹿じゃないの?」

「だって、白雪君が私に危害を加えるとか考えられなかったから」

「少しは疑いなさいよ。第一印象が悪くないからって、すぐにあたしを信用するのはどうかと思うわよ?」


 それに関して椿は何も反論ができないが、彼女はどうしても白雪が悪い人間とは思えないのである。


「うーん。でも、白雪君は創立記念パーティーでも夏目さんを庇ってたし、私に危害を加えるような人にはどうしても思えないんだよね。仮に私に危害を加えた場合、その後に報復が絶対にあるって分かってるんだから、やらないでしょう? そこまで考えが及ばないような人にも見えないし」


 さらりと椿が口にすると、白雪は複雑そうな表情を浮かべていた。


「透子を庇ったのは相手がやり過ぎていると思ったからよ。それにしても、あなたまで出てくるとは思わなかったわ。透子はあなたの婚約者である水嶋様と仲良くしているっていうのに、助けるなんて随分と心が広いじゃない」

「……別に婚約してるからって恭介さんに対して恋愛感情を持っている訳じゃないもの。そもそも金持ちの結婚ってそういうものでしょう?」


 椿は嘘の婚約だと言える程、白雪のことを信用している訳では無い。

 悪い人ではないとは思っているが、あまりペラペラ喋るような話でも無いと椿は思っている。


「まあ、金持ちの結婚なんてそういうものよねぇ。でも、あなたは良いの? 水嶋様に恋愛感情を持ってないとは言っても、婚約者なんだから良い気分ではないでしょう? 自分を差し置いて他の女に関心を持って関わろうとするなんて、あなたのことを軽んじているってことじゃない」

「……別に。正直、私は恭介さんが幸せであれば相手がよほどの相手じゃ無い限りは勝手にすればいいと思ってるからね。それで将来、婚約破棄されて私が笑われることになっても死ぬまでずっとって訳じゃないだろうし、私に面と向かって言ってくる猛者も居ないわよ。気にするだけ無駄って話」

「どうして、そう貧乏くじを引きたがるのかあたしには理解できないわぁ」

「それは貴方の常識で考えているからでしょうね。理解できないことを理解しろとは言わないけど。少なくとも私は貧乏くじとは思ってないわ」


 椿の言葉が意外だったのか、白雪は非常に驚いていた。

 何をそんなに驚くことがあるのか、と椿は不思議な気持ちになる。


「あのねぇ。誰だって自分が悪く言われるのは嫌なのよ。それを全く気にしないあなたの方がおかしいの! 自己犠牲なんて誰も得をしないわよ」

「自己犠牲っていうか、別に何とも思ってないどうでもいい人から言われても大したダメージなんて無いし。徒党を組んで影でコソコソ他人の悪口を言って笑うような人間なんて、人として最低の部類じゃない。そんな奴らが何を言ったところで、私のプライドは傷つかないし揺らぎもしない」

「……他人に興味がなさ過ぎでしょう?」

「って言われても、どうでもいいものは、どうでもいいんだから仕方ないじゃない。わざわざ私を呼んでまでしたかった話って、自己犠牲うんぬんの話?」

「違うわよ」


 額に手をついた白雪がため息を吐く。

 自己犠牲の話ではないのならば透子と恭介が付き合うようになった後で、椿が彼女を苛めるんじゃないかと危惧して話を聞いておきたいということなのだろうか。


「言っておくけど、あの二人が両思いになった後にあなたが透子を苛めるんじゃないかって思ったから呼んだ訳でもないからね」


 白雪に考えが読まれてしまい顔に出ていたのだろうかと椿は驚く。


「もしかして、白雪君てエスパー?」

「そんな訳ないでしょう! 自己犠牲の話じゃないとしたら、話の内容から考えて残されるのは、両思いになった後であなたが透子を苛める可能性だけでしょう?」

「あ、そういうことね」

「そもそも、控え室にわざわざ水嶋様を連れてきてた時点で、あなたにその考えが無いのはなんとなくだけど気付いてたわよ」

「じゃあ、自分の考えが合ってるかの確認のために私を呼んだってこと?」


 椿が問い掛けるが、白雪はすぐに首を横に振って違うと意思表示をしてきた。

 これが違うとなると、椿は呼び出された理由がさっぱり分からなくなる。


「あなたが積極的に水嶋様を控え室に連れてきたように見えたから、水嶋様を好きだという自分の気持ちに嘘を吐いて、平気な振りをして二人の為に我慢してるんじゃないかしら? と思って話を聞きたかったのよ」

「あー、ないないない。それはない。ありえない」

「ええ、そうねぇ。あたしの取り越し苦労だったっていうことが今のでよく分かったわ」


 間髪入れずにあっさりと述べられたことで、白雪は気が抜けたのか目が半目になっていた。


「夏目さんの友達なのに、顔見知りでしかない私の心配をしてくれてありがとう」

「透子は割と味方が居る子だもの。私じゃなくても誰かが守ってくれるわ。あなたの場合はダンスホールで透子を笑っていた生徒達に対する言葉から判断して、強すぎて守らなくても大丈夫だと周囲から思われてるんじゃないかと思ったの」

「実際そうだしねー」

「……さっき自己犠牲とか言ったけど、訂正するわ。ただ無頓着なだけだったわね」


 心配するだけ無駄だった、と白雪の顔に書いてあるように椿には見えた。

 椿は興味の無いものには本当に興味が無いので、無頓着といえばそうなのかもしれない。


「無頓着な部分もあるけど、ちゃんと執着する時はするよ?」

「それを見たことがないから、あたしは何とも言えないわね」

「だよね」


 椿はあまりの説得力の無い己の言葉に思わず苦笑する。


「……でも私に気を使って、人が居ない場所で聞いてくれてありがとう」

「こんな話、人が居る場所でできないでしょ。別にあなたに気を使った訳じゃ無いわ」

「ツン」

「あたしはツンデレじゃないわよ! 何で、そういう言葉を知ってるのよ! あなた朝比奈陶器社の令嬢でしょう!」

「何事も勉強だと思うの」

「しなくてもいい勉強もあると思うわ」


 椿と会話をしていて疲れてきたのか、白雪は肩を落としてため息を吐いている。


「知識はあった方が役に立つ時もくるよ。多分」

「そうだといいわね。……はぁ、最初に会った時から割とふざけた人だと思ってたけど、いい加減さもプラスされてるなんてねぇ。心配したあたしが馬鹿みたいだわ」

「期待を裏切って申し訳ない」

「もういいわよ。あたしが勝手に気を回しすぎたってだけだもの。何とも思ってないのなら、それに越したことはないし、安心してあたしも水嶋様を応援できるってものだわ」


 応援できると聞いた椿の目がキラッと光る。

 恭介を応援するということは、傍目から見ても彼が透子に対して恋心を抱いているように見えているということ。

 そして透子の友人である白雪の言葉から考えると、彼女も恭介のことを好いてくれているということだろうか、と椿は期待する。


「な、夏目さんも恭介さんのこと好きなの!?」

「……てことは、やっぱり水嶋様は透子のことが好きって訳なのね」


 語るに落ちるとは正にこのこと。

 椿は自分が誘導されたことを知り、情けない表情を浮かべた。


「なんて顔をしてるのよ。あたしはただ、水嶋様がどう思って透子に近づいているのか気になっただけよ。多分好きなんだろうとは思ってたけど万が一、毛色が違うから興味を持っているという理由なんだったら、あまりにも透子を馬鹿にしてると思ってねぇ」

「……夏目さんには、言わないでね?」

「純粋な恋心だって言うのなら、本人に言わないわよ。邪魔をしたい訳じゃないもの」

「あとさ、本当に言いにくいんだけどね。恭介さんの口から夏目さんが好きっていう言葉をこれまで一度も聞いたことが無いんだよね。聞いても違うって言い張るから。でも態度とか見ると、好きだとしか思えなくてさ」


 状況証拠のみで判断しているという椿の言葉に、白雪は大きなため息を吐いた。


「……まあ、あれよねぇ。あたしを殺しそうな視線で見てきたことからも考えたら、透子を好きなんじゃないかと思うわよね。恥ずかしくて違うって言ってる可能性もあるわよね」

「だ、だよね! 本音で言ってる訳じゃないってこともあるよね!」

「なんでそんなに必死なのよ!」

「諸事情により言えません」

「何よそれ!」


 特に透子と恭介が親しくなる為の策などを練ることもせず、椿の迎えが来ているということもあって白雪との話は終了となった。

 裏庭に居た椿は白雪と共に校舎までの道を歩いていると、二人から離れた場所に座って話をしている恭介と透子の姿を二人が発見する。

 何とも楽しそうな雰囲気に、椿は創立記念パーティーの一件で二人の距離が近づいたのではないだろうかと考えた。


「あら、良い雰囲気ね」

「だよね。お似合いだと思う。さっさと迅速にくっつけばいいのに」

「最後、心の声が出てるわよ」


 ここで立ち止まって白雪と話を続けてしまうと、恭介と透子に椿達がここにいることがバレてしまい、良い雰囲気をぶち壊してしまいかねない。


「とにかく、早く校舎内に戻ろう」

「そうね。邪魔しちゃ悪いものねぇ」


 白雪も椿の意図を汲んでくれたのか、足早に移動をし始めた。

 歩き続けて校舎が見えてくると、自然と白雪が椿から距離をとる。


「白雪君?」

「二人で居るところを見られたら、勘違いされちゃうでしょう? 何の為にあそこまで呼んだと思ってるのよ」

「ああ、そういうことね」

「本当にお嬢様っぽくない子。でも、そこがあなたの長所なのよねぇ。またね、椿」

「あ、うん。じゃあ…………え?」


 あっさりと自然に下の名前を呼び捨てにされたため、椿はすぐに反応ができず遅れてしまう。

 その間に白雪との距離は開いてしまい、彼に話し掛けることもできずに椿は混乱したまま学校を後にした。

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