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 十一月某日。

 鳳峰学園の創立記念日であるこの日、高等部の敷地内にあるダンスホールで創立記念パーティーが催されることになっていた。

 創立記念パーティーのパートナーは事前に申請しなければならず、申請しなかった生徒は名字のあいうえお順で学園側から強制的にパートナーを組まされることになっている。

 椿は一応、婚約者として周知されている恭介とパートナーになり、既に会場入りしていた。


「まだいらしてないのでしょう? キョロキョロしてると目立ちますわよ」


 しきりに出入り口の方を見ている恭介に椿は呆れてしまう。


「……篠崎と貴臣を探してたんだ」

「そうですか。それは失礼致しました」


 気まずいのか椿から顔を逸らした恭介は給仕からドリンクを貰い、一気に飲み干した。

 全く素直じゃ無いんだから、と椿が考えていると、出入り口付近に居た生徒が何やらざわめき始めていることに彼女は気が付いた。

 気が付いたのは椿だけではなかったようで、恭介も出入り口に目を向けている。

 一体何があったというのか、と椿がジッと出入り口を見ていると、人混みの中から篠崎にエスコートされる形で千弦が歩いているのが見えた。


「篠崎からは誰と行くか聞いてなかったな。そうか、藤堂とか」


 心なしか嬉しそうな恭介は口元を緩めている。

 千弦と篠崎は自分達をじっと見ている椿と恭介に気が付いたのか、他の人への挨拶もそこそこにこちらへとやってきた。


「ごきげんよう、千弦さん。篠崎君とパートナーになったとは伺っておりませんでしたから、驚きましたわ」

「口にしたら椿さんから絶対にからかわれるに決まっておりますもの。ですのでパーティーまで秘密にしておりましたのよ」

「否定はできませんわね。それとドレスが似合っておりますわね。やはり千弦さんは豪華なドレスよりも上品なドレスが似合いますわ。それにしても……篠崎君の隣は既に千弦さんの定位置になってしまいましたわね」


 からかうように椿が口にした途端に、千弦が顔を真っ赤にして慌て始める。


「ちっ! ちがっ! 違いますわ! 篠崎君に相手がいらっしゃらないということでしたので! あと気心知れた相手ということで、篠崎君ならと思っただけです! 決して他意はございませんわ」

「千弦さん、声が大きすぎますわ」


 あまりに大きな声に周囲の生徒達の注目を浴びてしまっているという状況に気付き、千弦は更に顔を赤くさせる。


「朝比奈さん。藤堂をからかうのはそこら辺にしてもらっていいかな? 今回は僕が彼女に頼み込んで了承して貰ったことだからね」

「あら、からかってなんておりませんわ。私は、ただ素直な感想を口にしただけですもの」

「藤堂は真面目なんだから、素直な感想でもまともに反応するのは俺よりも付き合いの長い君が良く分かってるよね?」

「えぇ、存じております。そうですわね。私の言い方が悪かったと思いますわ。その点は謝罪致します」


 どことなく椿を責めるような篠崎の視線を受けた彼女は素直に謝罪した。

 お前らさっさと付き合っちまえよ、と椿は思いつつも先ほどからかうなと言われた手前、彼女は二人の件に関して何も言えない。


「篠崎、あいつは近くに居たか?」


 椿と篠崎の会話が一段落したのを確認した恭介が口を開くが、透子のことを指しているということは名前を出していない時点で察することができる。


「いや、顔は見なかったよ。もうじき始まるというのに遅いな。まさか迷ってるなんてことはないだろうね」

「さすがにそれは無いだろ」

「家からの送迎がない生徒は、集合場所を指定されて学校の用意した車で入り口まで送迎して貰えるはずですわ。全員が同じ場所に移動するのですから、迷うはずがございません」

「それはそうだが……」


 さすがにこんな時間まで姿を見せないとなると、何かあったのではないかと恭介は心配なのだ。

 椿もそれとなく入り口や周囲を確認してみるが、透子の姿は未だにない。

 そうこうしている内に、透子の姿を見つけられないまま創立記念パーティーが開始される。

 理事長や来賓の挨拶が終わり、しばらく歓談した後でダンスの時間となる。

 ダンスの時間になる前までに椿は透子を見つけておきたい。

 挨拶が終わった途端、女子生徒達に囲まれて身動きが取れなくなった恭介を見捨てた椿は一人でホール内を歩き回り、透子を探し始める。

 途中で顔見知りの生徒とすれ違ったりはしたのだが、さすがにこれだけの人数が居る場所で透子一人を見つけるのは至難の業だ。


「どこに居るのよ……」


 端っこの方まで移動した椿が、こんなことなら事前にどこかに居てくれと頼めば良かったと後悔していると、どこからか嫌な感じの笑い声が聞こえてきた。

 笑い声が聞こえた壁際の付近を見てみると、人の間から床に手をついている誰かの姿が目に入る。

 周囲に居る生徒のせいでその人の顔は椿からは見えないが、嫌な予感がした彼女は徐々にそちらに近づいていく。


「みっともないわね」

「普通、転びます?」

「皆さん、いくら鳳峰学園の生徒としての振る舞いではないからといって、笑ってはいけませんわ」

「そう仰っても、まさかまともに歩けないとは思わないでしょう?」

「ここまで品が無いといっそ憐れですわね」


 近寄るにつれて聞こえてくる声と周囲の生徒の馬鹿にしたようなクスクス笑いに、寄ってたかって何をしているのだと椿は憤り、笑っている生徒達に一言物申そうと足を踏み出した瞬間、彼女よりも先に白雪がこけた生徒に走り寄って行った。

 彼は一瞬だけ椿を見たが、特に何を言うでもなく視線を戻して笑っている生徒達に向かって行く。


「みっともないのはどっちかしらね?」


 笑っていた生徒達は第三者の登場ですぐに笑うのを止めたが、現れたのが白雪であったことを確認して大したことは無いと判断したのか、その中の一人がフンッと鼻で笑う。


「関係の無い人は黙っててもらえるかしら?」

「こうして庇われるなんて、夏目さんは男性と仲良くなるのが本当に得意ですのね。どうやったらできるのかしら」

「……あたしは、その子と友達なだけよ。友達が理不尽なことを言われているから庇っただけ」


 一触即発という状態の白雪と女子生徒達。

 椿は会話の内容から転んだ生徒が透子であると知り、言いようのない怒りがこみ上げてくる。

 全く無関係の生徒相手でも気分が悪いというのに、椿に対して偏見を持たずに好意的に接してくれる透子に対してのこの仕打ち。

 透子に非が無いということは分かっている分、笑っていた生徒達の言い掛かりに椿は腹を立てている。

 今の椿にいつものような冷静さは無い。あるのは何も悪いことをしていない他人を嘲る醜い生徒達に対する怒りのみ。

 教師が来るのを待ちきれなかった椿は、我慢しきれずに口を出してしまう。


「……本当に醜い」


 椿の言葉は笑っていた生徒達にも白雪にも聞こえていたようで、全員が彼女の方に視線を向ける。


「あなたまでそんなことを……」


 言うの? と振り向きざまに言いかけた白雪であったが、椿の視線が透子ではなく笑っている生徒達に向けられていたことで、どちらに投げかけた言葉だったのかを彼はすぐに理解する。

 反対に椿が来たことで自分達の味方になってくれると思った女子生徒達は、投げかけられた言葉と自分達に向けられる視線に、誰に対して言っているのかを少ししてから理解したようで困惑し始めた。


「あ、あの。朝比奈様? それは……どういうことでしょうか?」

「醜いから醜いと申し上げたまでですが? ああ、お顔がという訳ではございませんわ。性根が醜いと申し上げておりますの。誤解なさらないでね」

「お、お言葉ですが、そこの夏目さんは鳳峰学園の生徒として相応しくありません! 鳳峰ではなく違う学校の方が合っていると、彼女の為を思ってやったことです」

「私から見たら貴女達の方が鳳峰学園の生徒として相応しいとは思いませんが」


 冷たく言い放った椿の言葉に、笑っていた生徒達は息を呑む。

 生徒達は何故椿の怒りに触れてしまったのか理解できないようである。

 椿は笑っていた生徒達を一人一人見ながら、ゆっくりと口を開く。


「……鳳峰学園では転んだ生徒を笑っても良いと教育されてきたのでしょうか? 少なくとも私は両親や教師から、そのようなことは教わっておりませんが、皆さんは違うと仰るのかしら?」


 問われた女子生徒達は勿論、そのような教えは受けていないので、彼女達は椿から視線を逸らしてしまう。

 しかしながら彼女達も大人しく引くつもりはないようで、椿に向かって興奮気味に話し掛けてくる。


「……庶民の分際で鳳峰学園に入学してきたことが、そもそも悪です」

「そうですわ! 庶民には鳳峰学園は相応しくありません!」

「私達は学園内の掃除をしていただけに過ぎません! どうして責められるのか納得がいきません!」

「黙りなさい」


 無表情の椿が低い声で言い放ったことで、周囲に居た生徒達は息を呑む。


「一般家庭出身であったから何だと仰るの? 彼女はきちんと試験を受けて学園側が入学の許可を出したからこそ、ここに居るのです。それのどこに問題があると? それとも選考方法に問題があると仰るの? 上が判断されたことに文句があるのでしたら、ご自分の口で理事長にお伝えしたらいかが? ちょうどダンスホール内にいらしておりますから、どうぞ」


 理不尽なことを言っている自覚があるのか、笑っていた女子生徒達は大人しくなる。


「彼女が一般家庭の生徒だから、とのことですが、他にも一般家庭で鳳峰学園に入学された方はおりますけれど、勿論その方々にも彼女と同じような態度を取っていらっしゃるのでしょうね?」


 黙ったままでいる女子生徒達の反応を見なくても、椿には透子のみにしか意地悪をしていないのは分かりきっている。


 「その様子では、彼女だけですのね。"掃除"と口にしたからには、一人だけに仰るのは可笑しいのではなくて?」


 どうする? どうする? と数人の生徒が目配せし合っているが、何か思い付いたのか中心人物と思しき女子生徒が他の生徒に向かって頷いている。

 その女子生徒はどんなことがあっても透子が気に入らないのか、椿を何とか仲間に引き入れたくてたまらないらしく、今度は恭介との件を持ち出してきた。


「夏目さんが鳳峰学園の生徒として相応しくないのは、それだけではありません。彼女は水嶋様の迷惑を顧みずにつきまとっています。同じ委員会になれたのだって、きっとそう仕組んだからに違いありません。水嶋様がお優しいから調子に乗ってお近づきになって、あわよくば水嶋様の隣の権利を得ようと思っているのです!」

「……くだらない。彼女が恭介さんとお話ししている時は、大抵の場合は側に私が居ります。皆さんには私の姿が目に入ってなかったということですのね」

「ちが、違います! 大体、どうして朝比奈様は何も仰らないのですか!」

「どうしても何も、彼女の方から恭介さんに話し掛けたことは一度もございませんから。話している内容も他愛も無いことですし、少なくとも貴女が仰ったようなことを彼女はされてないと私は自分の目で見て判断しております。……それとも、一番近くで見ている私の目が信用できないと?」


 ここまで言っているのに疑うのか? と椿は目の前の女子生徒に凄んで見せると、彼女は口をギュッと結び何も言えなくなる。

 大体、恭介の方が透子につきまとうとまではいかないが、関わっているのだ。

 図書委員になったのだって一〇〇%椿の策略であるし、中等部時代に美緒を見てきたのだったら、つきまといがどういうレベルのものか分かる筈なのだが、それでも彼女達はただただ恭介から特別扱いされている透子を攻撃したい。

 それが事実無根であったとしても、攻撃しなければ気が済まないのである。

 

「何の騒ぎだ」

「水嶋様!」


 さすがにダンスホール内の隅っこの方であるが、これだけ騒いでいたら人目につく。

 居なくなった椿を探す名目で恭介が透子を探しに来たら、この騒ぎに出くわしたということだ。


「椿、何があった?」


 果たして恭介はどこから見ていたのだろうか、と思った椿は彼に近寄り顔を寄せて小声で話し掛ける。


「どこから見てたの?」

「たった今だ」

「もっと早く引きはがして来なさいよ」

「見捨てて逃げた癖に無茶を言うな。……で、何があった」

「見て分かるでしょう? 夏目さんが転んだのよ。それを他の生徒が笑った。で、私が口を出した結果がこれ」

「攻撃するのは結構だが、さっさと夏目を控え室に連れて行け。まだ立ち上がってないってことは怪我でもしてるんじゃないか?」


 ここでようやく椿は透子が怪我をしている可能性があることに気付き、それならば早くこの場から彼女を連れ出さなければならないと考えた。


「ねぇ、貴女。いつまで座っているつもりなのかしら?」

「え? あ、はい。済みません。ちょっと足が痛くて」

「でしたら、そこの彼に控え室まで連れて行ってもらったらいかが? もうすぐダンスが始まりますから、いつまでもそこに座っていらっしゃると目立ちますわ」

「そうですね。……ごめんね、肩を貸してもらってもいいかな?」

「謝らなくても肩ぐらい貸すわよ」


 透子は白雪に肩を貸してもらい、ゆっくりと歩きながらダンスホールから退出していった。

 良いタイミングで恭介が来てくれたことに椿は感謝した。


「水嶋様! 水嶋様は」


 話し掛けてきた女子生徒を恭介はジロリと睨み黙らせる。

 現場を見てはいないものの、透子を笑っていたという点は彼を怒らせるのに十分であったようだ。


「僕が誰と話して誰と友人になるのかは僕の自由の筈だが、君達の許可が必要なのか?」

「それは……」

「でも、朝比奈様は」

「椿は僕に他の生徒と仲良くなるな、関わるなと言ってきたことは一度も無い。なのに何故、ただ同じ学年であるというだけの赤の他人にそんなことを言われなくちゃならないんだ」


 恭介の強い物言いに、透子を笑っていた女子生徒達は青ざめて動揺している。

 これまで恭介は女子生徒達に対して注意をしたことはあったが、ここまで怒っていると分かるくらいの雰囲気と物言いをしたことがないので、彼女達が狼狽えるのも無理は無い。


「全く気分が悪い……!」

「恭介さん、落ち着いて下さい。こちらの皆さんは、そのように躾をされてきたのですから仕方ありませんわ。恭介さんが気になさる必要もございません」

「なっ!」


 瞬時に顔を赤くさせた女子生徒達を無視しして、椿は話を続ける。


「ですが、このような方々と同じ場所で同じ空気を吸うのは、私には耐えられませんわ。私まであのような腐った性根が移ってしまいそうですもの」


 椿がふぅ、やれやれ、というような動作を取ると、女子生徒達は明らかに『腐った性根って、お前がそれを言うのか!』という視線を彼女に投げかけてきた。

 性格が悪い自覚はしているが、腐ってはいないと思っている椿は女子生徒達を睨み付ける。


「ああ、嫌だ。私と同族だと思っていらっしゃるというのかしら? 私と同じだなんて思い上がりも甚だしいですわね。一秒でも同じ空間に居たくありませんわ。恭介さん、帰りましょう」


 恭介の腕を椿は引っ張るが、周囲からは「え?」「待って下さい!」等、引き留める声が上がった。


「貴女如きが私に指図なさるの?」


 椿に睨まれてしまっては、それ以上反論することもできないのか、女子生徒達は口を噤む。

 ゲーム本編でも進め方によっては一年目も二年目も恭介は設立記念パーティーに出席すらしない。

 おまけに、攻略キャラとは三年目のパーティーにおいてパートナーとなることでルートが確定するので、あの場を美緒が見ていたとしても口を出してくることはないだろうと椿は踏み、彼を連れ出そうとしたのである。

 案の定、美緒が椿達を追いかけて来ることはなく、彼女達はダンスホールを後にした。

 その際、椿達の後ろ姿を一人の男子生徒が見つめながら、ボソリと「リアルエリカ様だ……」と呟いたのだった。


 一方、ロビーへと移動した椿は、恭介に腕を引っ張られ止められている。


「本当に帰るつもりか? その前に夏目の怪我の様子を見に行きたいんだが」

「んな訳ないでしょ! あんたを控え室まで連れて行く口実に決まってるじゃない!」

「そういうことか。悪いな、助かるよ」


 その後、追いかけて来た教師に、騒ぎを起こしたことを詫び、しばらく控え室で頭を冷やして落ち着いた頃にダンスホールへと戻ると伝え、椿と恭介は控え室まで向かう。

 控え室の前には白雪が腕を組んで立っており、椿と恭介の姿を見つけると彼はひどく驚いている様子を見せていた。


「夏目さんの具合はどうなの?」

「おい、口調……」

「バレてるからいいのよ」

「その姿を見られるとか。お前、本当に馬鹿だな」

「現場を見てないくせに馬鹿にするの止めてくれる!」

「言い合いなら後でして頂戴。透子の具合を聞きたいんでしょう?」


 白雪が透子を下の名前で呼んだことで、恭介の機嫌が一気に悪くなる。

 だが、椿はそんな恭介を無視して白雪の言葉の続きを待った。


「靴擦れよ。透子が選んだ靴と更衣室に用意されていた靴が違っていたらしいわ。多分、わざと入れ替えたんだと思う。卑怯なやり方よねぇ」

「……それで転んだのね。夏目さんも先生に言えば良かったのに」

「忙しそうにしていたから言い出せなかったんですって。それに、ここまで酷い靴擦れになるなんて思ってなかったとも言ってたわ。それよりも、私を殺しそうな勢いで見てくる隣の人をなんとかしてくれるかしら?」


 言われた椿が隣を見ると、物凄い目つきの悪い恭介が白雪を無言で睨んでいた。

 ので、椿は恭介の左の脇腹を人差し指で抉るように深々と突き刺す。


「っ! 何をするんだ!」

「くだらない 男の嫉妬 いと醜し。あ、字余り」

「ふざけてるのか!」

「いや、馬鹿にしてるだけ。夏目さんが心配なのに、目の前のことに勝手に腹を立ててるのは違うでしょう? 今はそんなことをしている場面なの?」


 椿から正論を返され、恭介はばつが悪そうな表情を浮かべながら「……悪かった」と白雪に対して謝罪した。

 白雪の方もあまり気にしていないのか、気にしてないと返事をする。


 控え室の前で待っていること数分。中から護谷が出てきて透子の治療が終わったことを椿達に伝えてくれた。

 真っ先に恭介が控え室の中へと入っていき、椿もその後に続こうとしたが、扉の前から動こうとしない白雪に気が付く。


「白雪君は中に入らないの?」

「邪魔者は居ない方がいいでしょう? 外で見張っててあげるわよ」

「別に邪魔じゃないと思うけど。……でも助かるよ。ありがとう」


 そのまま椿は控え室の中へと入っていくが、「本当にこっちの調子が狂うわ」という白雪の言葉は聞こえなかった。


 椿が控え室の中へと入ると、裸足のままソファに座っている透子と心配そうに彼女を見ている恭介の姿が目に入った。

 二人の姿を見た椿は『恋花』でも三年目のパーティーで女子生徒から飲み物を零された透子を見て、怒った恭介が彼女と交際宣言をして控え室へ連れて行き、ダンスをするというイベントがあったことをこの時点で思い出した。

 切っ掛けが違っていたので全く考えもしなかったが、おそらくこれはそのイベントである。

 これは確実に自分も邪魔者だと思い、椿は部屋から出ようとするが透子から呼び止められてしまった。


「あの、さっきは庇ってくれて、ありがとうございました」

「あれはあまりに理不尽でしたから、つい口を出してしまっただけですわ」

「それなんですけど、庇ってくれたのは嬉しかったんですが」


 その、と言いながら透子は言いにくそうにしている。


「どうかなさったの?」

「……体育祭の時も、朝比奈様は私のフォローをしてくれましたよね? 気持ちは嬉しいんですけど、あまり頻繁に庇ってもらいたくないんです。あの、嫌とかじゃなくて、私の気持ちの問題なんです。これからもこういったことがあるたびに助けられたら、きっといつか朝比奈様に助けられるのが当たり前だと思うようになります。朝比奈様の優しさに胡坐をかく時が来ると思うんです。私はそんな人間になりたくありません。だから、これから私が色々と言われている現場に遭遇すると思うんですけど、できれば口出しはしないでもらいたいというか」

「無理ですわね」

「即答ですか!? 私の話を聞いてましたか?」

「鳳峰学園が普通の公立学校であれば、私は夏目さんを毎回助けはしません。ご自分でなんとかなさいと申し上げたでしょうね。ですが、ここは名家の子息令嬢が通う学校。世間の常識やルールが適用されにくい場所です。家の権力を持ち出す分、嫌がらせされても教師は一般家庭の夏目さんの味方にはなってくれません。一人でなんとかできる次元の問題ではございませんのよ?」


 透子の言いたいことは良く分かる。

 けれど、圧倒的に透子の分が悪いのだ。相手が金持ちの生徒であった場合、教師は一般家庭の透子の方に我慢を強いる。

 この学園において生徒は平等では無く、家柄が物をいう。


「どうしてもダメですか?」

「私の言葉を受け入れるつもりはございませんのね?」

「ごめんなさい。ありません」


 キッパリと透子が言い放ったことで、そういえばゲーム内の彼女もこういう言い出したら聞かない頑固なところがあったことを椿は思い出した。

 こうなると、透子は何を言っても首を縦には振らない。

 大人しく椿が折れるしか道はないのだ。


「分かりました。ですが、あまりに度を超えた時は助けに入りますけれど、よろしくて?」

「はい」

「本当に頑固だこと」

「ごめんなさい」


 えへへという声が聞こえてきそうな笑みを浮かべた透子を見ていると、肩の力が抜けていく。

 仕方がないか、と椿が思っていると話が終わるのを待っていた恭介が口を開いた。


「本当に足は大丈夫なんだな?」

「大丈夫ですよ。水嶋様は心配性ですね。靴擦れと細いヒールのせいで転んだんですけど、足を捻挫してなくて良かったです。それよりも、折角水嶋様にダンスレッスンしてもらったのに、無駄になってしまってごめんなさい」

「来年もあるんだから、気にするな。むしろ練習期間が一年延びたと考えたら、そう悪くも無いだろう。それとも、踊れなくて残念だと思ってるのか?」

「そりゃ、教えてもらったのにっていう気持ちがありますから、残念だとは思ってますよ。でも今の状態じゃ踊るのは無理ですし」

「歩けないほど酷いのか?」


 恭介に問われた透子はそんなことはないと慌てて首と手を振る。


「足の裏は大丈夫ですから平気です! そこまでひどくありませんよ」

「そうか、それを聞いて安心したよ。足の裏は大丈夫だって言うのなら……」


 と言って恭介が透子に向かって手を差し伸べる。

 透子は恭介が何をしたいのか分からず、首を傾げていた。


「折角、頑張ってダンスを習得したんだから、勿体ないだろ。だから……僕と、踊ってくれませんか?」


 突然の出来事に透子は口をポカンと開けて恭介を見上げている。


「それとも、ダンスが無理なほど足が痛いのか?」

「あ、いえ! 治療の後でテーピングして貰ったので、大分楽にはなってますから。でも、こんな場所で私と踊って良いんですか? ダンスホールで水嶋様を待ってる生徒が沢山居るんじゃないんですか?」

「後で行けば良いだけの話だろ? 僕は今、夏目と踊りたいんだ」


 恭介の熱意に、透子は開けていた口を閉じた後で立ち上がる。


「結構ボロボロですけど、よろしくお願いします」

「ああ」


 恭介はその場で靴を脱ぎ、透子の背中に手を回して彼女の手を握った。


「あの、水嶋様は靴を脱がなくても……」

「夏目も踏まれるかもしれないって思わなくて済むし、いいだろ。誰も見てないんだから咎められることもない」

「……それもそうですね」


 ひとつ言わせて貰えるのならば、この場には椿が居る。

 完璧に二人の世界に入ってしまい、椿は非常に居心地が悪くなったが、彼女の存在を忘れてしまっているのか、頬を赤く染めた透子は上目遣いで恭介を見つめている。

 恭介も嬉しそうに微笑みながら、透子を見つめ、いつも以上にゆったりとダンスを始める。


 透子の足のことも考えてダンス自体は一曲だけで終わり、彼女のことを心配して駆けつけた鳴海に後を任せた椿と恭介はダンスホールへと戻っていく。

 そこで、一曲だけ椿は恭介とダンスをした後で佐伯や篠崎と踊り、一年目の創立記念パーティーは終わったのだった。


 ちなみに、恭介が女子生徒に揉みくちゃにされていたのは言うまでもない。

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