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皆様、明けましておめでとうございます。

本年も、お前みたいなヒロインがいてたまるか!をよろしくお願い致します。


本日から高等部が始まります。

以降から週一更新に戻ります。

 乙女ゲーム『恋は花の如く咲き誇る』で高等部から出てくるもう一人の主人公・夏目透子。

 ゲームの始まりである高等部の入学式で、新生活に心弾ませていた彼女は石に躓いてしまい、とある男子生徒にぶつかってしまう。しかも最悪なことに、その男子生徒のボタンに彼女の髪の毛が絡まってしまったのだ。


『ご、ごめんなさい! すぐに取りますから!』

『……別に』


 男子生徒はぶっきらぼうに言うとためらいもなくボタンを引き千切ったのである。


『これでいいだろ』


 ずっと下を見ていた透子はその行動に驚き、男子生徒の顔を見上げてそこでようやく彼が一年前に出会った人物だと気付くのであった。

 その男子生徒こそが水嶋恭介だという訳である。


 という回想を椿が何故しているのかといえば、似た状況が現在彼女の目の前で起こっているからである。


「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 しきりに謝罪している透子を他所に椿は白目を剥いていた。

 ゲームの始まりのように透子の髪が恭介のボタンに絡まった、という訳ではない。


 どういう訳か、椿の髪が透子のボタンに絡まっているのだ。


 ちょうど椿を追い越そうと透子が彼女に近づいた瞬間に蹴躓き、咄嗟に手を出してぶつかったために袖のボタンに椿の髪の毛が絡まってしまったのである。

 

「すみません! すぐにほどきますから!」


 透子は袖のボタンに絡まった椿の髪をほどこうと悪戦苦闘していた。

 通り過ぎる生徒は口々に「あの女子生徒終わったな」「よりにもよって朝比奈様に無礼を働くなんて」「椎葉さんの時みたいに転校させられるわね」などと好き放題言っている。


「何の騒ぎだ」


 立ち止まっている椿を不審に思ったのか恭介がやってきて、下を向いて悪戦苦闘している女子生徒に視線を向け、何があったのかをすぐに察したらしく同情するような視線をこちらに向けてきた。

 恭介も居ることや立ち止まっていることから椿達は目立っているようで、女子生徒達が「きゃー、水嶋様だわ」などと口にしては通り過ぎていく。


「ちょうど良いところにいらっしゃいましたね。ハサミは持ってますか?」

「ハサミ? 持ってるわけないだろう」


 そりゃ持ってる訳ないよな、と椿が当たり前のことを考えていると、ハサミと聞いた透子が顔を上げてダメです! と止めてくる。


「え?」とだけ発し、透子の顔を見て目を見開いて驚いている恭介は、口を開けたまま微動だにしない。

 不思議に思った椿だったが、今はそれに突っ込みをいれている場合では無い。


「……たかが数本の髪でしょう。ジッと見なければおかしくはありませんから平気です」

「ダメですよ! せっかくの綺麗な髪なのに勿体ないです!」

「今はそのような状況ではございませんわ。入学式に遅れてしまいますし」

「あ、それなら!」


 えいっ! というかけ声と共に、透子は自分の袖のボタンを引き千切る。


「これで、髪の毛がほどけますね!」

「……貴女、そのボタンはどうなさいますの?」

「え? あ、家で付けます」

「質問の仕方が悪かったですわね。その不格好な袖で入学式はどうなさるの?」


 椿の質問に透子はうーんと頭を悩ませている。


「えーとですね。こうやって袖を反対の手で隠しておけば分からないんじゃないでしょうか?」


 反対側の手でボタンの取れた手を隠しているが、ずっと手で隠しておくには無理がある。


「恭介さん、ソーイングセットは持ってますか?」

「……」

「恭介さん?」


 持っているはずはないと思いつつも、もしかしたらという椿の呼びかけに恭介は全く反応せず、ひたすら透子を見つめていた。

 埒があかないと思い、椿は恭介の肩を掴み揺さぶるとようやく彼は正気に戻る。


「……どうした」

「ですから、ソーイングセットは持ってますか? と伺ってます」

「持ってるわけないだろ」

「あの、ですから、大丈夫です。入学式は一時間も掛かりませんし、学校も午前中で終わりますから。お気遣い無く! あと、ぶつかってしまってごめんなさい! 怪我はなかったですか?」

「軽くぶつかっただけですから怪我などありません。それと、私は朝比奈椿と申します。もしも先生から袖のことを問われたら、今のことを説明なさって下さい」


 言いながら、椿は透子の様子を窺う。

 先程から椿は何度も恭介の名前を口にしており、通り過ぎる女子生徒達が「水嶋」と口にしていたことから、透子がもしも転生者であった場合、彼が『恋花』の水嶋恭介であると気が付くはすだ。

 更に恭介と仲の良い椿といえば『倉橋椿』のみなので、たとえ名字が違っていたとしても目の前にいる彼女がそうだと分かるはずである。

 だが、透子は全く恐ろしいほどに何の反応も見せない。むしろ嬉しそうに「朝比奈椿さんて言うんですね」と言っている。

 この反応を椿は全く予想していなかったので驚いてしまう。


「き、恭介さん、入学式に遅れますから参りましょう」


 入学式の時間が迫ってきたことで、椿がそっと恭介の背中を押して移動しようとしていると透子から話し掛けられる。


「あ、あの! 私のことを覚えてませんか?」


 透子の今のセリフは、ゲーム内で立ち去ろうとする恭介に彼女が投げかけたセリフである。

 だが、今はその対象は椿。

 ゲーム内で恭介は『……誰だ、お前』と言ってさっさと立ち去っていったのだが、ここではどう答えたものか。

 今のところ透子は恭介を見て特別な反応はしていない。それに椿に対してもだ。

 いや、今の状態は特別な反応なのだが、彼女が転生者だとするならば、この反応はおかしい。

 大体、今まで透子は恭介の顔をほとんど、というか全く見ておらず、椿の方ばかり見ている。

 まるで恭介に興味が無いという対応である。

 恭介の態度から去年の夏に彼は透子と会っていた可能性が高い。ならば、透子は少なくとも自分を見て恭介がどう反応するのかを気にして彼の様子を窺うはずだ。

 それが全く無いということは、やはり透子は転生者ではないのかもしれないと思い、椿は嬉しさと感動が入り混じり、心臓が早鐘を打つ。

 この場合、覚えていますと答えると他の生徒に椿と透子が知り合いであるとバレてしまい、初日から彼女が敬遠されてしまう。

 ただでさえ一般家庭の生徒として入学してきた彼女は肩身の狭い思いをするのだから、関係があることは伏せておいた方がいいのかもしれない。

 

「……申し訳ございませんが、人違いをされているのでは?」


 椿が答えると透子は落ち込んだ様子で下を向いてしまった。

 周囲に居た生徒達は、なんだ無関係かと判断して移動をし始め、野次馬が少なくなり椿は安心する。


「急いでおりますので、これで失礼します」

「待って下さい!」


 透子に断りを入れ、入学式が行われるホールへと向かおうとした椿をまたもや彼女は引き留めた。


「まだ何か?」

「夏目透子です!」

「はい?」

「私の名前は夏目透子です。三年間よろしくお願いします!」


 椿に向かって綺麗に九十度のお辞儀をした透子を彼女は呆然と眺めていた。

 この流れを画面越しに見た記憶があったからである。


「僕の名前は水嶋恭介だ」


 呆然としていた椿は、恭介が突如会話に入ってきたことに驚いた。

 それは他の生徒もそうだったようで、足を止める生徒も居た。


「恭介さん。人目がございますから」

「覚えていないか?」


 椿の言葉を無視して恭介は透子に話し掛けている。

 透子はどのような反応をするのだろうかと思い、椿は彼女の方に視線を向ける。


「……あの、ごめんなさい。私、覚えていなくて。その……どこかで会ったことありましたか?」

「去年の夏、ホテルで僕の落としたキーホルダーを拾ってくれただろう?」


 恭介の言葉に透子は顎に手を置いて首を捻って「ホテルでキーホルダーを?」と考え込んでいたが、ややあって口を開いた。


「……去年の夏にホテルに行ったのは親戚のお姉さんの結婚式の時だけだったので、その時だと思うんですけど……招待客の赤ちゃんの靴を拾って、その子とずっと遊んでたのは覚えてるんですけど」

「あの時、息を切らせてセットした髪が乱れていたにも関わらず、裸足で走って届けてくれただろう?」


 恭介の話を聞いた透子は思い出したのか「あっ!」と口にする。


「そういえば、三階から全力疾走してキーホルダーを男の人に渡したの思い出しました。あの時、披露宴の時間が迫ってて急いでたんで顔を見てなかったんですよね。あれ貴方だったんですね。赤ちゃんの可愛さにやられてすっかり忘れてました。あの後、私お母さんに『あんたこんなに髪の毛ボサボサにしてー』って怒られたんですよね。それで思い出しました」


 手を頭の後ろにやり、アハハと透子はのんきに笑っている。


「……そうか」


 どこかガッカリしたような様子を見せた恭介は透子に背を向けて歩き始める。

 え? それで終わり? と思った椿は恭介の後を追いかけようと透子に向かってお辞儀をして早足で彼の元に行く。


「恭介さん、もしかして彼女が去年の夏にお会いしたという方ですか?」

「そうだ。だが、僕のことは覚えていないらしい」

「……話を伺ったら、急いでいたらしいじゃありませんか。それに落とし物を拾ったりと親切な方らしいですから、さほど相手のことを気になさらないのでしょう?」


 椿のフォローも意味が無かったのか恭介は無言のままホールへと歩いて行く。

 やはり去年の夏に恭介と遭遇していたのは透子であったのだとこれで確定した。

 それに先程の積極的な恭介の態度をみると、彼は透子に対して興味を持っているのは確かである。

 だが、先程のあの二人の会話を見ていた生徒がどう思ったのか椿は心配になった。透子の不利になるようなことにならなければいいのだが、と思いながら椿は恭介の後を追って行く。


 ホールに到着し、椿達はホールの入口付近に貼られていたクラス発表の紙を見てクラス毎の座席へと移動する。

 ぱっと見だけであるが、同じクラスに見知った名前は無かったように思う。

 これは今年は図書室の住人にならなければいけないかもしれないと椿は座席で落ち込んでいた。

 落ち込んではいたのだが、高等部では攻略キャラである保科八尋ほしなやひろが登場することを椿は思い出す。

 彼はテニス特待生として高等部に入学してくることになっているのだが、生徒が多い今の状況では見つけることは難しい。

 仮に居たとしても、今の椿には美緒や透子のことで手一杯なので、保科と関わりになることもないだろう。

 

 椿が落ち込んだまま入学式は終わり、教室へと向かうがやはり同じクラスに中等部で仲が良かった人は見つけられない。

 鳴海と出会う前のように体育の授業では誰も組んでくれなさそうだ。

 それでも休み時間は話してくれる友人が違うクラスに居るので辛くはない、はずである。

 そんなことを考えながら教室で担任からの説明を聞き終え、初日は終了となった。


 椿は鞄を持って、とりあえず図書室の場所を確認しておこうと校内を移動する。

 途中で高等部の先生を見掛けたので、図書室の場所を教えてもらいようやく椿は図書室に辿り着いた。

 教室からは少し離れているので、休み時間ごとに図書室に行くよりは教室で読書をしていた方がいいのかもしれない。

 図書室の場所を確認した椿は、さて帰るかと玄関へと向かう。


 玄関に行くと、仁王立ちした杏奈が椿を待ち構えていた。


「なんであんたが物語のスタートを飾ってんのよ」

「私が聞きたい」


 開口一番に杏奈から突っ込みをもらい、椿が声を潜めて呟くと、彼女はため息をひとつ吐いた。


「でも本当に入学してきたわね。それに水嶋様が自ら自己紹介するなんて。すでに噂になってたわよ」

「相変わらず噂が出回るのは早いですわね。恭介さんには注意しておきます。で、杏奈さんからご覧になってどう思われました?」

「話してないから分からないけど、あれは違うんじゃない? 名字が違っていてもあの状況的に椿さんが倉橋椿だって気付くでしょ、さすがに。そうだったら椿さんによろしくお願いします、なんて言わないわよ。むしろ避けるべき相手だと思って関わろうとしないはずよ」


 同じ転生者という立場の杏奈もそう思ったということに椿はどこかホッとする。

 彼女は朝の一件からずっと、透子が私欲にまみれた転生者ではないという理由を探していたのだ。

 椿は自分が思っているよりもずっと透子に対して好印象を抱いていたようである。


「で、椿さんの希望通りになったけど、どうするの?」

「忘れられて拗ねた人の出方次第、というところですわね。ですが、邪魔は致しませんわ。邪魔する方を阻止は致しますが」

「あぁ、頑張ってね。あの場で立花さん見てたみたいだから」


 杏奈の話を聞いた椿はその場で頭を抱える。

 この先、大変になりそうな椿に同情したのか、杏奈が「頑張れよ」と言って肩を叩いてきた。

 椿はこれからを考えると胃が痛くなったが、始まってしまったものは仕方ないと半ば諦めにも似た感情を持ちながら帰宅したのだった。



 自宅に帰り、玄関に入ると心配そうな顔をした母親が今回も待ち構えていた。


「椿ちゃん、学校はどうでした? 何かおかしなことはあったかしら? そうだわ、お友達はできまして?」

「お母様、初日ですから、早々に友人はできませんよ。って、この会話、中等部の入学式でもしましたね。……あぁ、それと、入学式前に私の髪の毛が同級生の方のボタンに絡まってしまっいましたが、相手の方がボタンをちぎってくれたので髪の毛は無事でした」

「まぁ、そのようなことが?」

「あ、そうそう。その方が前にオペラを観に行った時に菫がご迷惑をお掛けした方だったのに驚いてしまって……」


 母親はまぁ、と驚いた声を上げた。


「偶然とは恐ろしいものね」

「えぇ。それと高等部からの入学なので、彼女には有意義な三年間を過ごして欲しいですね」

「他の学校では体験出来ないこともありますもの。椿ちゃんも、その方が困っていらしたら助けて差し上げるのよ?」

「はい」


 母親との会話が終わり、椿が自分の部屋でゆっくりしているとベッドに放り出していた携帯電話が音も無く震えていることに気が付く。

 随分長いコール音だったので、電話だと分かった椿は誰だろうと思い画面を見ると『水嶋恭介』と表示されていた。

 多分、透子のことだろうなと思い、椿は通話ボタンを押す。


「もしもし」

『お前! これ五回目だぞ! 一回目に掛けた時に出ろよ!』

「……ベッドに放り投げてそのままだった。ごめん」

『またそれか! ちゃんと携帯しておけよ!』


 そうは言われても、椿は気付かなかったのだから仕方がない。


「用事がないなら切るよー」

『待て! 用事ならある』

「何よ」

『分かってるだろ? 夏目のことだ』


 だろうな、と思い椿は恭介が続きを話すのを待つ。


『……お前は、その……夏目と知り合いなのか?』

「中等部二年の時に母と菫とオペラ観に行って、菫が彼女の服にジュースをこぼしたのよ。それで少し話をしたってだけ。相手は私の名字を知っていても名前は知らない筈だし。でもそれだけよ。仲が良いわけじゃない」

『そうか……』


 恭介はガッカリしたような声を上げていた。


「気になるの?」

『別に気になってるわけじゃない! ただ、あの時の礼を言いたいだけだ。今朝は急いでたし、そこまで考えが及ばなくて言えなかったから、お前が知り合いなら場所をセッティングしてもらえればと思っただけだ!』

「そう、力になれずにごめんね」

『いや、それは別に良い。お前と仲が良い訳じゃなかった場合の対策もちゃんと考えてある』

「用意周到ね。ちなみに?」

『……その、夏目と同じ委員会に入ればいいんじゃないかと思ってな。それで、あいつにどの委員会に入る予定なのか、聞いてもらえないか?』


 恭介からのお願いに椿は「は?」と聞き返した。


『だから、セッティング出来ないなら自分からするしかないだろう! それに、僕が夏目に聞いたら騒ぎになるのは分かってるし。相手は僕のことを覚えてないんだから知って貰うためにも共通点があった方がいいじゃないか』

「……自覚があったのね」

『何がだ』

「恭介が特定の女子に話し掛けたら憎悪がその子に向くってことよ」

『そうなのか?』


 そこまでは考えていなかったのか、恭介は意外そうな声を上げた。


「そうよ。千弦さんや杏奈は他の女子から文句を言われないぐらいの権力と人望があるからだもの。何の後ろ盾もない夏目さんが相手だったらどうなるかくらい分かるでしょう?」

『……つまり、夏目に僕が話し掛けたら、他の女子が黙っていない、ということか』

「うん。大人しくなったとはいえ、立花さんがどう動くかも分からないからね。夏目さんに話し掛けるのならば、細心の注意を払ってね。大体、今日のことがもう噂になってたんだから、気を付けて」

『分かった』


 美緒のしつこさを嫌というほど分かっている恭介は、素直に了承してくれた。


『そういえば……あ、いや。何でもない』

「何よ。気になるから言いなさいよ」

『いや、いい。本当に何でもない。……で、僕が表立って動けないんだから、椿が動くべきだと思わないか?』


 頑なな恭介に、これはこれ以上聞いても教えてはくれないと椿は判断する。


「だとしたら、お願いする相手を間違えてるわよ。私は学年で嫌われて怖がられてるんだから、そんな私が夏目さんと親しげに話していたら、彼女も同じ人種だと思われて敬遠されてしまうもの。だから、私も表だっては動けないのよ」

『……なんでそんな評価をされるような人間になったんだよ……!』


 母親と恭介のためだよ! と、椿は思ったものの彼女が勝手にやっていることなので口には出せない。


「それは今はどうでもいいでしょう? 夏目さんの件に関しては、それとなく人に聞いたりはしてみるけど、あまり期待しないでね」

『あぁ』


 じゃあ、と言って椿は恭介の電話を切った後でベッドに体を投げ出した。


 ここまで透子のことを気に掛けるとは、と椿は恭介の変化に驚いてしまう。

 また、椿は今朝の出来事から、夏目透子はほぼ『恋花』の夏目透子であると考えていた。

 このまま、恭介が透子を好きになったとしても全く何も問題がない。問題がなさ過ぎる。

 むしろ恭介の尻を叩いて頑張れよ! と言うくらいだ。

 その場合、確実に美緒が邪魔をしてくることになるので、椿としては彼女を阻止するために動こうと密かに決意した。



 一方、電話を切った恭介は、言いかけた言葉の先を思い出していた。


 放課後になり、とりあえずどこに何があるのかを確認しておこうと恭介が校舎内を歩いていた時のことである。

 人気の無い場所を歩いていた恭介に、突然美緒が話し掛けてきたのだ。


「あの! 水嶋様!」

「……なんだ」

「あの……わ、私のこと……嫌い、ですか?」


 首を傾げて弱々しく呟かれた美緒のセリフに恭介は「別に……」と口にする。

 すると彼女は顔をパァッと明るくさせ、ピョンピョン飛びはねながら、やったーと口にしてその場から走り去ってしまう。


「別に好きでも嫌いでもないしどうでもいい、と言いたかったんだが……」


 どう勘違いしたのか、美緒は恭介の言葉に喜んでしまった。

 

 この件を椿に言おうかと思ったのだが、言われた彼女も首を傾げるだけだと思い直して言わなかったのである。



 実はこれは、最悪の印象だった中等部から高等部でどれだけ好感度を上げられたかの確認イベントなのだ。

 ここで「別に」と答えが返ってきたら、すなわち、中等部から好感度はちゃんと上がっているということになる。

 その確認をしたからこそ、美緒はあそこまで喜んだのである。

 

 恭介がこのことを椿に言えば、すぐに彼女はこのイベントのことだと気付けただろう。

 だが、今気付かなくてもそう遠くない未来で椿は美緒の考えを知ることになる。

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