表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/180

95

すでにアリアンローズ様の公式HPで発表されておりますが、来年、2月12日にお前みたいなヒロインがいてたまるか!の2巻が発売されることになりました。

こうして続刊を出させて頂けるのも、皆様の応援があってこそだと思います。

本当にありがとうございます。

そして、2巻もよろしくお願い致します。

 二月に入り、後半に中等部最後のテストを控えたある日。

 つまりバレンタイン当日のこと。

 今年もレオンがドイツから朝比奈家にやってきていた。


 純子にリビングへと通したと言われ、椿はチョコを片手に一階へと向かう。

 椿がリビングへと入るとレオンが菫の隣に座り、楽しそうに話をしている姿が目に入った。

 よほど会話が盛り上がっているのかレオンも菫も部屋に入ってきた椿に気付いていない。


「随分と会話が盛り上がっているのね」


 椿が声を掛けると、二人は会話を止めて彼女の方に顔を向けた。


「あ、姉様! レオン様に倖一様のお話を聞いていただいてました」

「性格も申し分なさそうだし、菫は男を見る目があるな」

「レオン様もそう思いますか?」

「あぁ。可憐な女性に想いを寄せられて悪い気分になる男は居ない。頑張れよ」

「はい!」


 会話に置いてきぼりにされた椿は口をポカンと開けて眺めていた。

 どことなくではあるが、レオンの雰囲気がこれまでと違っているような気がする。


「椿、いつまでも立ってないでソファに座ったらどうだ?」

「……あ、そうね」


 レオンに勧められ、椿はソファに腰を下ろした。


「樹が鳳峰学園の初等部に合格したんだってな。おめでとう」

「ありがとうございます。もうじき帰ってくるから樹にも言ってあげて」

「勿論そのつもりだ。椿はこのまま高等部に進学するのか?」

「えぇ。来週最後のテストがあるから、それで赤点を取らなかったらね」


 恐らく多分、これまでと同じような出題傾向であれば、赤点を取ることはない。


「そうか。頑張れよ。菫は今年で三年生になるんだったな。恭介から昔聞いたが、サツマイモを植える行事があるのだろう?」

「そうなんです! 姉様や恭介様から伺って楽しみにしていたんです」

「それは良かったな。ところで、ヤキイモ……というものは美味しいのか?」

「私も口にしたことはないのですが、姉様はとても美味しかったと仰ってました。ね?」


 菫に話を振られ、椿は微笑みながら「えぇ」と口にしたが、やはりレオンの態度がいつもと違うのが気になった。

 いつもならチョコを寄越せと言って無駄に人を口説いてきていたはずなのに、この落ち着き様は何なのだろうか。

 もしかしたら、椿のことを諦めたのか? とも思ったが、諦めたのだったらわざわざ会いには来ないだろうと思い、その考えは横に置いた。


「ところでレオン様が今日、家にいらっしゃったのは姉様からチョコを頂くためですか?」

「……いや、今日は菫や椿の顔を見に来たんだ。チョコはそのついでかな」


 隣に座っている菫の頭に手をポンッと乗せたレオンは微笑んでいた。

 椿はレオンの言葉を聞いて、顎に手を当てて考え込んでいる。

 

「レオン様は姉様からのチョコは欲しくないのですか?」

「欲しいけど、強制するものでもないだろう? それに、俺は椿と同じ空間にいられるだけで幸せなんだと気付いたんだ。それ以上、多くを望むのは我儘だと気付いただけだ」


 こいつ、何か悟り開いてやがったーーー!!


 椿は前のめりになり、太ももに肘を乗せて額に手を添える。

 レオンも菫も椿をスルーして会話を続けていた。

 するとそこへ佳純がやってきて、菫を呼び出す。


「菫様、奥様がお呼びです。二階のリビングまでおいで下さい」

「お母様が? すみません、レオン様。私はこれで」

「おば様からの呼び出しなら仕方ない。また俺とお喋りしような」

「はい」


 ニッコリと微笑んだ菫は佳純に案内され部屋から出て行った。

 二人にされてしまったが、どう会話を切り出せばいいのか分からず、椿は口ごもっている。


「別に、そう身構えなくても大丈夫だ。菫に言ったようにチョコを貰いにきた訳じゃない。年に数回しか顔を合わせられない状況で、焦っていた部分もある。だが、こうして椿と顔を合わせて会話が出来るという状況はとんでもなく幸運であるということに気付いたんだ」

「……随分と大人になったのね」

「それを教えてくれたのは去年亡くなった母方の祖母だ。祖母はドイツに住んでいたんだが、それでも頻繁に顔を合わせていた訳じゃない。亡くなったと聞いて、どうしてもっと会いに行かなかったのかと後悔したし、もう会えないことが何よりも悲しかった。だからこそ、こうして椿に会えるだけでも幸せなんだと気付けたんだ」

「そうだったの……」


 お悔やみ申し上げます、と口にしようとした椿をレオンが手で制した。


「悲しいことではあるが、生きていれば必ず別れはあるものだし、今は大丈夫だ。俺には両親がいるし父方の祖父母や母方の祖父もいる」

「そう、支えてくれる人が側に居るのは心強いわね」

「あぁ、本当に助かっているよ。……そうだ、椿。この間フランスに行った時にマカロンを買ってきたんだ。椿が好きそうだと思ってね。前にどら焼き? サイズのマカロンが食べたいと言っていたって恭介から聞いてたから、ちょうどいいと思って」

「気を遣ってくれてありがとう」


 椿はレオンから差し出されたマカロンが入った箱を受け取る。

 さすがに、こんな話を聞いてマカロンまで貰って、はいさようならという訳にはいかない。

 一応チョコは準備しているので、渡すのが礼儀というものだ。


「レオン。さっきはチョコはいらないって言ってたけど、一応準備はしてたから、今年は受け取って貰えるとありがたいのだけど」

「気持ちだけ貰っておく。それは椿が食べてくれ」

「さすがにそれは……。マカロンを貰っておいて何もしない訳にはいかないじゃない!」

「別に、プレゼントしたら返さなければならない法律なんて日本どころか世界中にもないだろう? 贈るのは気持ちの問題じゃないか。見返りを求めるのは間違ってる」


 一体君は何を言っているんだね、という雰囲気をレオンは漂わせているが、椿は彼の変わりように頭がついていかない。


「いや、でも、もうあるし」

「だからそれは椿が食べればいいだろう?」

「貰いっぱなしは気が引けるって話よ! 私は貢がれたい訳じゃない!」

「律儀だな。俺は椿の喜ぶ顔が見たいだけだから気にしてないんだが」


 どこまでも平行線の会話を繰り広げていたが、先に折れたのはレオンの方であった。


「……分かったよ。チョコは受け取れないが今回は俺が折れることにする。……ところで菫から聞いたんだが、椿は押し花を作ってしおりにするのが趣味らしいな。俺は本を読むことが多いからしおりはいくつあっても困らない。そこでだ、椿が作ったしおりを俺に貰えないか?」

「しおりを? そんなものでいいの?」

「あぁ。大事なのは椿が作ったしおりであるという点だ。椿にとっては価値がないものでも、俺にとってはこれ以上無いほどの価値がある。目の前にいくら積まれても手放さないくらいにはな」

「大げさね。本当にしおりでいいのね?」


 椿が再度確認するとレオンは真顔で大きく頷いた。


「じゃ、部屋から持ってくるから、好きなのを選んでちょうだい」

「楽しみにしてるよ」


 椿は側に居た佳純に持って来るように頼むと、すぐに彼女はしおりを入れた箱を持ってリビングへと戻ってくる。


「これよ。季節やら綺麗さやら丸無視して作ったものだから不格好だけど」

「手にとって見て選んでもいいか?」

「どうぞ」


 箱をレオンに渡すと彼は中から何枚かのしおりを取りだして真剣な表情で選び始めた。


「……四つ葉のクローバーもあるのか。この胡蝶蘭もいいな。桜も色が鮮やかで綺麗だ。悩むな」

「だったら、気に入ったの全部あげるわよ」

「本当か!?」

「別に、趣味で作ってるものだし、自分が気に入ったの意外はそうそう使わないから貯め込んでただけだし」

「じゃあ、この胡蝶蘭と桜を…………いや、やっぱりひとつにしておくよ」

「どうしてよ」

「気に入った、ということなら箱の中身全てになってしまうから。それなら、何かの折りに一枚づつ貰った方が楽しみが増えるだろう?」


 純粋なレオンの言葉に椿は"気に入っていない"と言ったことを後悔していた。


「レオン、誕生月いつだっけ?」

「六月だが、いきなりどうした? 多分前に言ったことがあると思うが」

「あ、いや。すぐに思い出さなかっただけよ。ちょっと待ってて」


 まさかちゃんと聞いてなかったから覚えてなかったとは言えず、椿は再び佳純に小声であるしおりを持ってきて欲しいと頼んだ。

 佳純はすぐに椿の部屋へと行き、あるしおりを手に持ってリビングへと戻ってくる。


「これを取りに行ってもらってたのよ」

「これは……スズランか?」

「そ。六月の誕生花はスズランだったからね。その中には無かったでしょう? 色々と大変だったみたいだし、特別にね」

「ありがたく頂くよ」


 椿の手からスズランのしおりを受け取ったレオンは愛おしげにそれを飽きること無く見つめていた。


 こうしてバレンタインはいつもと違う出来事で終わったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ