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 椎葉との一件から一月ほど経過し、鳳峰学園は冬休みへと入っていた。

 椎葉や美緒のしたことは噂が広まりはしたのだが、事件が起こったのが期末テスト直前だったということで、生徒達の関心は目前に控えたテストの方へと向かっていたようで面白おかしく騒ぎ立てるようなことにはならなかったが、それでも椎葉や美緒の評判は大いに下がる結果となっている。

 

 そして冬休みに入ったこの日、椿は毎年恒例の水嶋家主催のパーティーに出席していた。

 大人達への挨拶もそこそこに椿は千弦と落ち合い、バルコニーで椎葉と美緒のことを話し合っていた。


「結局、椎葉さんは転校か」

「三学期からは別の学校だと仰ってましたわね。椿さんがお父君と伯父様に頼まれたのだと伺いましたが、やり過ぎでは? 立花さんからの報復が怖いということでしたら私が椎葉さんをお守りしましたのに」

「千弦さんは今も小松さんを匿ってるでしょう? 椎葉さんまで匿ってたら手がいくつあっても足りないよ。それに、転校した方が椎葉さんの為でもあるし」

「どういうことですの?」

「千弦さんとの一件から、他の生徒に避けられてずっと一人だったし、それに四六時中ずっと椎葉さんを立花さんから守れる訳がないじゃない。実際、文化祭で小松さんは呼び出されていた訳だし。期末テストが終わってからは椎葉さんは自宅謹慎のままだったから立花さんからの被害は無かったけど、三学期からは分からないじゃない。だったら、『立花さんの報復を恐れて実行するしか無かった可哀想な人』ポジションのまま転校した方が心穏やかにいられるでしょうよ」


 それに、椎葉の父親は立花総合病院から水嶋家の息がかかった別の病院へと移っているので、美緒はもう彼女に手出しは出来ないし、伯父から立花家にも手出しするなと話を通してあるはずだ。


「確かに一理ありますが、それでもやり過ぎなのでは? 今の時期に転校だなんて受験が大変でしょうし、転校先の学校でそのまま高等部に進学できるとは限りません」

「そこら辺は便宜を図ってもらえるように先方には伝えてあるそうよ。あくまでも彼女は被害者だと言ってね。実際は加害者だけど」

「……椎葉さんは立花さんからの命令ではなく、自分の判断だったと後の話し合いで証言されたそうですが、私は立花家からの圧力もあってそう仰ったのだと判断しました。椿さんは違うと?」


 千弦からの問い掛けに椿はゆっくりと頷く。

 上履きと一緒に椿のストラップも捨てられていたことから、明らかに椿に罪を被せようと計画していたはず。

 これが美緒の計画なのだとしたら、確実に取り巻きが止めていたはずだ。

 それに、ストラップが椿の物だと疑われた時点で、美緒が口を挟んでこなければおかしい。美緒の性格なら絶対に余計な口を挟んでくる。

 また、美緒のあの必死さに違和感はなく、嘘をついているようにはどうにも思えなかったのである。

 つまり、千弦の上履きを切り裂いて椿に罪を被せたのは、あくまでも椎葉の独断であると彼女は考えていた。


「ってことで、椎葉さんの自業自得な部分があるかなって思って。でも立花さんが怖いのも分かるし、逆らえないのも分かってる。立花さんが口先だけだったって言ってても、これまでのことで、彼女が実行に移す人物だと思い込んでいたからね。追い詰められて実行した彼女を責めることは出来ないよ。だから、私は立花さんから引き離してあげた。その後は彼女が努力してなんとかしてもらわないと。そこまでは責任持てないし」

「……そうですか。何にせよ、転校先で心穏やかに過ごして欲しいですわね。それと、今回の件はさすがに保護者の耳に入ったようですわね。珍しく父から心配されました」

「それだけど、千弦さんの家に謝罪に行く前に水嶋家に謝罪にきたらしいわよ。立花さんのお父様とお祖父様。優先順位が間違ってるって伯父様が言ってたわ。あちらにきっちりと釘も刺したって言ってたし、私達に関しては立花さんが保護者に泣きついてもあちらは動かないと思うわ」


 今回のことで美緒は父親から盛大に怒られたか注意されたはずだ。彼女がこちらに対して父親の権力を振りかざすことはもう出来ない。

 また、学校側の対処であるが、実行犯が椎葉であると自白しているので、冗談であったとしても唆した美緒に対しては厳重注意という処分だけで終わらせた。

 椿に濡れ衣を着せたのはあくまでも椎葉であり、美緒ではない。それに一番の被害者は千弦である。

 椎葉が自分の判断でやったという話はすでに周知されてしまっているし、学校側が美緒を厳重注意で済ませた時点で、水嶋側は彼女が椿に濡れ衣を着せたのだと立花側を責めることが出来なくなってしまった。

 けれど、唆した結果、椿が被害を受けたのは事実であったため、伯父は立花家に対して釘を刺すだけにとどめ、今後美緒が椿の方に手出し出来ないようにしたのである。

 きっと伯父のことだから、次に何かあればこちらが全力で対処します、ぐらいは言ってそうだ。


「さて、随分と話し込んじゃったわね。暖かい場所に戻りましょうか。鳴海さんと杏奈をほったらかしにはできないからね」

「貴女がそれでよろしいのなら構いませんが、もう立花さんはこれまでのように派手なことは出来ませんし、わざわざ"悪"を演じずとも」

「念のためよ」


 振り向きもせずに答えた椿はバルコニーから会場内へと移動する。

 会場内では顔見知りに挨拶をしたり、春以来となる真知子や佐和子と話をしたり鳴海と会場内を回ってみたりと楽しく過ごし、中等部最後のパーティーを終えた。



 年が明け、水嶋家への挨拶の後で椿達は朝比奈家の新年会に顔を出していた。


「椿ちゃんも杏奈も今年で中等部を卒業するんだね。早いものだね」

「本当に。でも去年はとても楽しい一年でした。ツバキの新たな一面を見ることができましたから」

「その話はもう止めて下さい、お祖母様」


 いたたまれない気持ちになっている椿を見て、朝比奈の祖母はウフフと可愛らしく笑い声を上げている。


「あぁ、そういえばイツキも今年から鳳峰学園の初等部に入学するんでしたね。おめでとうございます。ツバキは高等部への進学はもう決まっているのですか?」

「三学期のテスト結果次第ですが、二学期までは成績にも素行にも問題はないとのことでしたので、赤点がなければ進学はほぼ決定だと思います」

「それは良かったですね。アンナも大丈夫ですか?」

「私も赤点さえ取らなければ大丈夫です」


 祖母は二人の返答に満足そうに頷いた。


「これで安心してドイツに行けるというものです」

「「え?」」


 祖母の言葉に椿も杏奈も驚いてしまう。


「タリアは日本に来てからほとんどドイツに戻っていないからね。長い間、私に付き合ってもらったんだから、引退後は彼女の故郷で過ごそうとずっと考えていたんだ。会社も息子達が頑張ってくれているし、私がいなくとも大丈夫だと判断してね」

「そう、なのですか……。寂しくなりますね」

「いつドイツへ?」

「春頃を予定しているよ。ホームパーティーを考えているんだけど、四月は樹や君達の入学式で忙しいだろうから、三月くらいかな」


 あと三ヶ月、と考えて椿は何とも言えない気持ちになる。

 今生の別れではないが、朝比奈の祖父母が好きな椿は、気軽に会いに行ける距離でなくなることが寂しい。


「ツバキ、そんな悲しそうな顔をしないで下さい。今は飛行機でビューンと飛んでいけるのですから、いつでも会えますよ」

「……そうですね。いつか遊びに行きますから、思い出の場所とか案内して下さい」

「道先案内人は必要ですか?」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべている祖母を見て、彼女の言っている案内人がレオンのことであると気付き、椿は思わず困ったような笑みを浮かべる。


「お祖母様が一緒でレオンの案内ならば、きっと楽しい観光になりますね」

「あの子も悪い子ではないのですが、どうにも焦りがあるみたいですね。"急いては事をし損じる"という言葉を知らないのでしょうか?」

「……あそこまで感情を向けられているのは嬉しいですし、有り難いことだとは思っていますが、"今は"まだ考えることができないのです」

「貴女も難しい立ち位置ですものね。ですが、どんなに辛いことや苦しいことがあってもずっとは続きません。同じくらい幸せなことが後からやってくるものです。人生とはそういうものですからね」


 文化と言葉の違う国で長い間過ごしてきた人間の言う言葉は重みがある。

 

「そうですね。そうなるといいと思います。本当に」

「恐らく今年もバレンタインに来ると思いますが、出来れば邪険にはしないで下さいね」

「善処はします」


 やはり今年もレオンは日本に来るのだな。

 律儀というか、真面目というかなんというか。


「それでは、ジョウジ達にも挨拶しなければなりませんので、これで」

「はい」

「そうそう。春といわずとも何度でも本家に遊びに来てくれて構わないのですからね」

「……また、遊びに来ますね」


 ニコリと祖母は微笑み、椿の前から立ち去る。

 残された椿と杏奈は顔を見合わせて苦笑した。


「今年もレオンが来るんでしょ? いい加減手作り渡してあげたら? 泣いて喜ぶんじゃない?」

「さすがにそれは可哀想でしょう? こっちがハッキリしないからレオンも執着している部分もあるんだし」

「やけにレオンの肩を持つのね。もしかして惚れた?」

「……違うわよ。四年間片思いしている彼に敬意を表しているだけよ。ずっと変わらずに想ってくれているところは尊敬してるから」


 初等部五年の頃からレオンは椿に対する態度を変えたことはない。ずっと同じ気持ちを持ち続けている彼を椿は実はすごいと思っている。

 だからといって、自分の気持ちを偽ってまでレオンを受け入れることは出来ない。

 未来でならばいいのかという話であるが、椿は別のことに掛かりきりなのだ。一度に二つのことがこなせるほど器用でもない。

 片方に掛かりきりになり、もう片方を疎かにするのは目に見えている。


「まぁ、椿の人生は椿の物だから強制はしないけどね。でも私はレオンと椿がくっつけばいいなって思ってるのよ」

「何それ」

「だってそうしたら、椿が他の誰かと結婚して離れていって疎遠になるっていうことにはならないじゃない」


 あ、そういう理由? と椿が思ったのと同時に、杏奈の分かりにくいデレを知り嬉しくなる。

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