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92-2

 「篠崎君、今朝校内を見て回っていていつもと違っていたことはありませんでしたか?」


 犯人が椿のストラップを持ち出している件を考えると、確実にそれよりも後に彼女の教室へと足を踏み入れているはず。

 ならば、篠崎が犯人の姿を見ている可能性があるのでは? と千弦は思ったのだ。


「俺はいつも通り校内の見回りをしていただけだからね。先生やいつも見掛ける生徒とすれ違ったりはしたけど……あ」

「どなたか見掛けたのですか?」

「あ、いや。風景の一部と認識してたから気にも留めていなかったし、遠目だから誰かまでは分からなかったんだけど、僕達の教室から女子生徒が出てきたのを見たんだよね」

「篠崎君。それは何時頃ですか?」

「時間までは覚えていないけど、朝比奈さんを見掛けた後だよ。多分、カフェテリアに移動した後くらいじゃないかな」


 椿を見掛けた後ということは、その女子生徒が椿のストラップを持ち去った可能性が高い。

 誰かは知らないが、犯人は現場に戻るというしもしかしたらこの場に居るかもしれないと椿は思い、ある望みを託して俯いてた椿は篠崎に小声で声を掛ける。


「篠崎君、男子生徒の持っているストラップを持ってきて下さい。受け取る際はハンカチで包んで持ってきて頂きたいのです」

「……あぁ、指紋か」


 同じく小声で返事をした篠崎は男子生徒のところへと向かい、椿のお願いした通りにストラップを受け取る際、ハンカチで包んで戻ってきてくれた。

 警察関係者の身内がいるからすぐに分かってくれたのか、それとも彼自身が推理小説が好きなのかは分からないが、意図を察してくれて椿としては大助かりである。


「やるのか?」

「どのような事情であれ、これはやり過ぎです。やったことの責任は取って頂かないと。あとはただカマをかけるだけですわ」


 悪評が立つのは構わないが、このような濡れ衣を着せられるのはまっぴらごめんである。

 紐の部分をハンカチの上から持った状態で、生徒達に見えるように掲げた後で椿は大きめの声で話し始める。


「それでは、こちらのストラップから指紋を採りましょう。私とあの男子生徒以外の指紋が付いていれば、その方が私のストラップに触ったという証拠になりますわ。私は鞄からケースを取り出すことはあっても、すぐに戻しておりますので、誰も触れないはずです。ですので、必然的にその方が犯人ということになります」


 そう宣言すると、千弦の上履きを持った椎葉が椿からでもハッキリと分かるように狼狽え始める。


「し、指紋だなんて、大げさじゃないですか?」

「大袈裟も何も、私を犯人にしようとなさったのよ? これぐらい当然ですわ。それに、指紋を採られた所で貴女ではないのだから焦る必要はございませんでしょう?」


 反応を示したのが椎葉一人だったことで、椿は彼女がストラップを持ち去ったのだと当たりをつけた。

 ストラップを取り外す際に手袋やハンカチを使用していたらどうしようかと思ったが、この反応であれば彼女は素手でストラップを持っていたことになる。

 椿にジッと見られている椎葉は興奮しているのか息が荒いが、その反応から周囲の生徒は犯人が彼女じゃないのかとざわつき始める。

 生徒達の声が耳に入ったようで、椎葉は周囲を見渡して「違う!」と否定しているが、必死すぎてさらに疑いを抱かせる結果となってしまっていた。


「椎葉さん、君が登校したのは何時頃?」

「……わ、私を疑ってるんですか!? 証拠も無いのに!」

「確認の為だよ。君が誰かを庇っている可能性もあるからね」

「いつも、通りの時間帯です。友達に聞けば証言してくれます!」


 縋るような目で椎葉は友人一人を見つめるが、圧倒的に不利な状況だと悟っている彼女は目を逸らしつつも頷くことしか出来ない。


「ほ、ほら!」


 安心したような笑顔を見せている椎葉であったが、生徒の一人が「え?」と声を上げる。


「私が椎葉さんにいつもより早いねって聞いたら、友達に借りた教科書返すのに早めに来たって言ってたよね?」


 あまりに混乱していた椎葉は、事前に考えていた理由をど忘れしてしまっていた。

 周囲の生徒からは椎葉が犯人なのかという声が聞こえ始める。


「疑われてパニックになっていつも通りだと言ってしまっただけです! 大体! 昨日の放課後に朝比奈様がやったかもしれないじゃないですか! 図書委員が終わった後、一人の時間があったんだから機会はあったはずでしょう! 教科書を返しに行っただけの私が疑われるなんて納得いきません!」

「だから疑ってはないよ。確認しただけだ。それから、昨日の放課後こそ彼女は紛れもないアリバイがあるから、無理だよ」


 椎葉は一瞬キョトンとした後、「え?」と声を上げる。


「昨日の放課後、職員室の前で朝比奈さんは俺と藤堂に会って、そのまま一緒に玄関まで行って迎えの車に乗って帰っているのを俺が見ているから、藤堂の上履きを切り刻むことは不可能なんだよ」


 興奮が一気に冷めたのか、椎葉は顔が真っ青になっている。


「な、なら! たとえ履歴があったとしても本当にずっとカフェテリアに居たかどうかなんて分からないじゃないですか!」

「カフェテリアの出入り口には監視カメラがございます。それをご覧になれば私が一歩も外に出ていないことは証明されます」

「窓から出ればカメラには映りませんよ」

「窓から出ればスタッフが覚えている筈ですし、先生に報告されています。ここは鳳峰学園ですわよ? 窓から出入りするような生徒は存在しません」


 冷静に椿から反論され、椎葉が押し黙ってしまう。

 ここまで言うということは、彼女が千弦の上履きを切り刻んだ犯人でもある可能性が非常に高い。


「とにかく、指紋は採ります。私は疑いを晴らさなくてはなりませんので」


 椿は椎葉としっかりと視線を合わせた。

 顔面蒼白になっている椎葉は忙しなく視線を動かしていたが、突然ハッとして美緒の方へと視線を向けた。

 椿もその動きに気付いており、美緒の方を見ると、彼女は椎葉を鋭く睨み付けている。

 これは美緒の命令だな、と椿は理解して椎葉に少しだけ同情した。

 けれど、椎葉は美緒から睨み付けられ、頼みの友人達からも視線を外され、これから先に訪れるだろう悲惨な未来を思い浮かべて彼女は絶望してしまう。

 そんな彼女の脳裏に浮かんだのは、犯人に仕立て上げようとした朝比奈椿。

 良い案が何も思い浮かばない彼女は、ここで言ってはいけない一言を口にした。


「あ、朝比奈様が、め、命令したんじゃないですか」


 声を震わせながら呟かれた椎葉の言葉に、椿も千弦も篠崎もギョッとする。

 ただ一人、美緒だけは呆然として椎葉を見つめていた。

 そして、美緒の変化に椿だけが気付き、いつもと違う彼女の様子に違和感を覚える。


「……つまり、君は朝比奈さんに命令されたと?」

「そ、そうです。私、怖くて、逆らえなくて……」


 真実を話すのであれば良かったのに、よりにもよってまだこちらのせいにするとは、と椿は頭が痛くなる。

 だが、降りかかる火の粉は振り払わねば、こちらが火傷を負ってしまう。

 極限まで相手を追い詰めるつもりは無かったが、これでは仕方ないと椿は話し始める。


「椎葉さん、貴女が私から命令されたのはいつかしら?」

「……い、一ヶ月くらい前、です」

「どのように?」

「えっと……いきなり、メールが来て『藤堂千弦の靴を切り刻め』と」

「貴女、知らないアドレスからのメールですのに、なぜ私からだと信じてしまったのです?」


 痛いところを突かれた椎葉が言葉に詰まったが、すぐに椿が図書委員であったことを思い出したのか勢いよく話し始める。 


「信じられなくて図書室に行って確認したら、ご自分だと言ってたじゃないですか! 忘れたんですか!」

「それは何日のことですか?」

「え?」

「ですから何日ですか?」

「…………は、二十日、くらいだったと思います」

「その時期は修学旅行の筈でしたが?」

「……あ、えっと。図書室は実行日の確認の為に行った時のことでした。本人だと確認したのは宿泊先のホテルです」


 まだ続けるのか、と椿は呆れてため息をひとつ吐いた。


「椎葉さん。その行き当たりばったりでずさんなお話は最初から破綻しておりますわよ? 貴女は私に命令されたと仰る前から私がやったのでは? と口にしておりましたね。仮に私の命令を聞いた、ということでしたら貴女は私を恐れていたはずですから、わざわざ私がやったのだと口にして、私の怒りを買うようなことをなさるのはおかしいでしょう? これでは、まるで私に罪を被せたいみたいじゃありませんか」


 言えば言うほど墓穴を掘る状況に気付いたのか、椎葉はついに口を閉ざしてしまう。

 このまま押し問答を続けていても埒があかない。


「だんまりですの? まぁ、よろしいですわ。……ところで、図書室にも監視カメラがあるのは御存じ? 私が図書当番の日に貴女が図書室へいらっしゃったというのならば、映像に残っているはずですから、調べてみましょうか」


 椎葉はその可能性を失念していたのか、言葉を発することも出来ずにガクガクと震え始める。

 彼女の反応を見た千弦が頃合いだと思ったのか、椿に声を掛けてきて間に入ってきた。


「もうよろしいでしょう? 貴女の疑いはすでに晴れております。それ以上は過剰防衛になりますわ」


 千弦が出てきたことで、椿は後のことを彼女に任せることにした。

 被害者である千弦がこの先の権利を持っている。


「椎葉さん。ご自分でももう無理だと思っていらっしゃるのでしょう? 私は驚いてショックを受けはしましたが、怒ってはおりません。ですので、本当のことを話して下さいますね?」


 優しげで落ち着かせるような声色の千弦の発言を聞いた椎葉は、覚悟を決めたのかゆっくりと口を動かして本当のことを話し始める。


「…………美、緒様です」


 それは絞り出すような小さな声であった為、千弦も椿も聞き逃してしまう。


「申し訳ありません。よく聞き取れませんでしたので、もう一度仰っていただけます?」

「ですので! 美緒様から命令されたんです!」

「違う!」


 興奮して大声を出した美緒に反して、千弦はただただ呆れた目を彼女に向けていた。


「……立花さん。逆らえないのをいいことにこのような命令をなさるなんて」

「私じゃないわよ! 私はそんな命令は出してない!」

「ではどうして椎葉さんが今、貴女の名前を出したのです?」

「……確かに! 藤堂千弦をなんとかしろとは言ったけど! 靴を切り刻めとは言ってない!」

「言いました! 私にそう言いました!」

「言ってない! それに私は本気で藤堂をどうにかして黙らせろって言った訳じゃない! あんたが困ればいいと思っただけよ! どうせ何も出来やしないと思ってたんだから! 本当よ!」


 必死になって美緒は言い訳をしているが、周囲の生徒の視線は冷たい。

 そこへ篠崎から報告を受けた教師がようやく到着し、美緒と椎葉を引きはがした。


「やっぱり立花さんが犯人だったんだ」

「自分の手を汚さないところが卑怯よね」

「しかもそれを朝比奈様になすりつけようとなさるなんて」

「本当に学年の恥だわ」


 美緒が犯人だと決まった訳ではないが、生徒達は好き放題言っている。

 彼女達の声が耳に入ったのか、美緒はそちらを睨み付けると話していた生徒達はそそくさとその場を後にする。


「立花さん、今回のことは保護者の耳に入ると考えて下さい。先生方が出てきたということは何らかの罰は受けなければなりません」

「だから私じゃないって言ってるじゃない! 実行したのはこいつでしょ!」

「だって私逆らえなかったんです! グループから抜けてもいいって言われて仕方なかったんです!」

「椎葉さん。お気持ちは分かりますが、私では今回のことは対処しきれません。全ては先生方がなんとかして下さいます」


 千弦が椎葉の肩をポンと叩くと彼女はその場にへたり込んでしまう。


「こ、こんなはずじゃなかったのに」


 ポツリと零した呟きは誰にも聞かれることはなかった。

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