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 ある日、美緒は一人で彼女のグループ内の女子生徒からコッソリと人気のないところまで呼び出されていた。

 その女子生徒からグループを抜けたいと言われ、逆上した彼女がその生徒を責めていた時のことである。


「立花さん、そこで何をしていらっしゃいますの?」


 この場所に来るはずのない藤堂千弦の声が聞こえてきたことで、美緒は顔を歪ませる。

 反対に女子生徒は彼女の友人から事前に聞いていた通り、千弦が来てくれたことに安堵の表情を浮かべている。

 

「わざわざ人気のない所まで来るなんて、本当に私の邪魔しかしないのね。前は私を怖がって近寄っても来なかったくせに! 朝比奈椿が出てくるからって強気になってんじゃないの!?」

「今の時間は自主的に見回りでこの辺りを回っておりますのよ。そうしたら、人の話し声が聞こえてきたので、こうして様子を見に参りましたの。それから、私は何をしていらっしゃるのか、と伺っているだけですが」


 何も美緒の行動を非難している訳では無いと口にする千弦に彼女は口を噤む。

 これでは、美緒が生徒を責めていましたと言っているようなものである。


「だ、だって、だって! こいつがグループを抜けたいとか言うから!」

「そのような関係しか築けなかったからでしょう? そちらの方だけが悪いとは思えませんが」

「そんなの知らない! 私は悪くないんだから!」

「……立花さん」


 自分の非を認めようとしない美緒に千弦は呆れた声を出す。

 美緒は分が悪いと思い、千弦から視線を外した。


「分かっていらっしゃるようですので、これ以上は何も申し上げませんが、もう少しご自分の態度を省みた方がよろしいですわよ」

「……」


 千弦から視線を逸らし無言のままの美緒を見て、彼女はこれ以上何かを言うのは諦めたのか、ため息を吐いて立ち去っていった。


 千弦の姿が見えなくなった途端、美緒はグループを抜けようとした女子生徒を鋭く睨み付ける。


「あんたのせいでまた嫌みを言われたじゃない!」

「そ、そんな」

「大体、なんなのよあいつは! いつもいつもいっつも私に文句ばっかり言って邪魔するんだから! 水嶋様の時だって、小松の時だって、今だって! 上手く行きそうな時に限って邪魔するのよ!」


 上手く行きそうな時に邪魔をする、と口にしたところで美緒は、そもそも最初からそうだったことに気が付いた。

 恭介の側に美緒が居た時に烏丸の他に邪魔をしてきた人間は千弦しか居なかった。

 小松の時も邪魔をしてきた千弦は、美緒にとって目障りな存在である。

 だが、ここで美緒が千弦に手を出してしまうと確実に椿が出てくる。

 前回は警告で済んだが、次は実行に移すことは間違いない。

 やり場のない怒りを抱えた美緒は、オロオロしている生徒を見て良い案が思い浮かび、ニヤリと笑った。


「ねぇ、椎葉しいばさん。私のグループから抜けてもいいわよ」


 話し掛けられた椎葉明日香あすかは言われた内容に目を見開いて驚いている。


「ほ、本当ですか!」

「本当よ。ただし、私のお願いを聞いてくれたらの話だけどね」

「はい! 出来ることなら何でもします!」

「そう? じゃあ、藤堂千弦をなんとかして黙らせて」

「え?」


 言われた内容が理解出来なかったのか、椎葉は笑顔のまま聞き返した。


「だから、藤堂千弦をなんとかして黙らせてって言ったのよ。方法はなんでも良いわ」

「な、なんで私が!」

「グループを抜けたいって言ったのは貴女でしょう? だったら対価交換よ。抜けるのを許してあげるからなんとかして」


 ニヤニヤと笑っている美緒を見て椎葉は何も言葉が出なくなる。


「グループを抜けたいんだったら、なんとかするのね。あ、そうだ。期限は明日中ね」

「……そんな!」

「出来なかったら、次のターゲットはあんたね。朝比奈椿は多数対一だと文句を言うって言ってたけど、私対椎葉の一対一だったら文句は言えないし言わせない」


 次のターゲットになると聞き、椎葉は小松がされていたことを思い出した。

 おまけに椎葉の親は立花総合病院の医者だ。クビにされたら家族が路頭に迷うことになるという考えに至り、顔から血の気が引く。


 けれど、美緒は別に本気で椎葉に千弦を黙らせて欲しいと考えてはいない。

 単純に千弦から注意されたことに対する八つ当たりである。

 実際、椎葉が千弦を黙らせることなんて彼女の大人しい性格を考えれば出来るはずがないと美緒は思っていた。そこまでの度胸は無いと高をくくっていた訳である。

 明日の放課後まで恐怖で震えていれば良いとしか美緒は考えていない。

 そもそも、きちんと考えれば美緒が許そうが許すまいが、彼女の取り巻きがグループを抜けることを黙っているはずがない。

 どのみち椎葉を待っている未来は似たようなものなのだ。


「それじゃ、明日楽しみにしてるからね」


 椎葉の肩をポンと叩いた美緒は上機嫌でその場から立ち去って行く。


 残された椎葉は美緒に八つ当たりされたことなど知らず、顔面蒼白のまま立ちつくしていた。

 だが、期限が明日までということを思い出し、途端にどうしようという思いで一杯になる。

 友人から今の時間帯、千弦はこの付近を見回っていると教えられ、大声を出す美緒の声を聞いて駆けつけてくれて椎葉を助けてくれると思っていた。

 だが、彼女は美緒に軽く注意をしただけで、椎葉を連れ出してくれなかった。

 頼みの綱が居なくなり、逆に美緒から無理難題を押しつけられてしまう。

 今や学年の女王として君臨している藤堂千弦をなんとかすることなど出来る筈がない。

 どうしたら、どうしたら、と椎葉が考えていると、いつまでも帰ってこない彼女を心配したのか友人達がやってきて彼女の顔色を見て驚いた声を上げる。

 

「明日香さん? お顔が真っ青よ! どうなさったの!?」

「藤堂様が止めて下さらなかったのですか?」

「まさか、立花様から何かされたとか?」


 口々に何かあったのかを友人達は問い掛けてきていたが、椎葉は顔面蒼白のままで、ポツリと言葉を洩らす。


「……ねぇ。私達、友達よ、ね?」


 深刻そうな声色に友人達は狼狽えて顔を見合わせている。


「も、勿論よ。いきなりどうなさった?」


 友人の一人が戸惑いながらも口にすると、椎葉は彼女の二の腕をガッと掴んだ。


「ど、どうなさったのよ!」

「明日香さん、落ち着いて下さい!」


 驚いた友人達は椎葉の肩を掴んで彼女を止めようとしている。


「明日香さん、何があったのか話して下さいませんか? 理由が分からないままではどうすることもできません」


 優しく語りかけるような口調に椎葉は徐々に落ち着きを取り戻し、先程あったことを話し始める。


「……それで、藤堂様をなんとかしろと美緒様に言われて……。ねぇ、どうすれば良いと思う? 私、藤堂様をどうにかすることなんて出来ない!」


 詳しい話を聞いた友人達は一様に顔を見合わせ渋い顔をしている。

 つまり、椎葉に藤堂をなんとかすることは無理だと思っているということだ。


「なんとか、と仰いましても……そうだ! 藤堂様に理由を説明なされたらいかが? そうすれば立花様から守っていただけるかもしれませんよ?」

「見ているところでなら守ってもらえるかもしれないけど、小松さんみたいにされたら避けようがないじゃない。それに藤堂様に助けてもらったりなんかしたら、確実に小松さんの比じゃないくらいに苛められるわ。それにお父さんがクビになったりしたら……」

「でしたら、やはり藤堂様を黙らせる方法しかないのでは?」

「黙らせるって、美緒様は藤堂様を攻撃して黙らせることを望んでいるに決まってるわ。攻撃して私がやったってバレたらもっと酷いことになるじゃない」


 椎葉は頭を抱えて「どうしたら」と呟いている。

 友人達も黙り込み、何か良い案はないかと考え込んでいたが、友人の一人に案が浮かんだのか視線を上げた。


「あの、ちょっと思ったんですけど、明日香さんがやったってバレなければいいのでは?」

「どういうこと?」

「ですから、他の方に罪を被せれば良いのです。ちゃんと私達と一緒に居たと証言しますから、アリバイは大丈夫ですし」

「良い案だとは思うけど、誰に罪を被せれば……」


 適任者が思い浮かばず、彼女達は互いの顔を見合わせている。


「こ、小松さんとか?」

「小松さんは藤堂様と仲がよろしいではないですか。すぐに濡れ衣だとバレてしまいます」

「恩を仇で返す方でもありませんしね」


 小松は無理だと判断し、彼女達は再び考え込んだ。

 だが、椎葉はすぐに良い案が浮かび、「あ」と声を上げる。


「朝比奈様! 朝比奈様ですよ!」

「ちょっと明日香さん。正気なの?」

「いくらなんでも無謀では?」

「だから、朝比奈様に罪を被せて藤堂様と揉めてもらえばいいのよ。そうすれば自分のことで手一杯な藤堂様は美緒様に何も言って来なくなるでしょう? それにあの朝比奈様だったらやりかねないって皆思ってくれるはずよ」


 椎葉の説明を聞いた友人達は確かにそうかもと思い始める。

 仲が良いと言ったって所詮は他人だ。千弦が椿に対して疑いの心を持ってしまえば、後は勝手に言い合いが始まる。

 実際、美緒のグループはそうして崩壊し掛かっていることから椎葉は椿に罪を被せることに決めた。


「ちょうど朝比奈様は図書当番の日ですから、遅くまで学校に残っているはずです。いつも一人で帰っていると前に聞いたことがありました、アリバイはありませんよね。それに朝も早いと聞いてますもん」

「それなら朝比奈様がやったって皆信じてくれますよね」


 彼女達はこれなら上手く行くと互いに頷き合った。

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