クリぼっちだけど女子と親密になったったwww
ということで、クリスマス特別短編です。
寛人は、ドローっとしたものがついたティッシュの端をつかんで、慎重にゴミ箱まで歩いた。真上で手を離すと、ふらふらと微弱な風に揺らされながらも彼が望んだ通り入ってくれた。それから、パソコンの前で身をかがめて、開かれたウインドウを閉じた。左下の『哲学の世界』なる画像フォルダを一瞥してから、シャットダウン。
それでも飽きることはなく、下半身を露出させたまま彼は本棚の奥から雑誌を引っ張りだした。
誰もが浮かれている、という表現は適切ではないが、たいていの知り合いは浮かれている。中学生はまだぎりぎり親からもサンタ(比喩表現)からもプレゼントを期待できる年齢だ。後者に関しては家庭ごとに違いはあるが、比較的過保護な寛人の親は、今でも二つのプレゼントを用意してくれる。だが、寛人は全くこの日を楽しみになどしていなかった。
「クリぼっち、か」
呟いて少しすると、ズボンがテントを張った。必要以上に思春期な少年だった。クリスマスを略しただけで興奮している、中学生の悲しい部分を引き延ばしたような少年が、寛人だった。
夜は一時ごろにやっと一人遊びをやめ、二十五日の朝六時に起きた寛人を駆り立てたのは、赤い包装紙に包まれたプレゼントだった。なんだかんだ、冷めているように見せながらも都合のいいところだけ白髪顎髭のドライバー老人を信じる少年は、丁寧にセロハンテープをはがしていった。直方体の箱のようだったが、ボール紙製のようなのでエロゲの類ではない。聖なる夜のプレゼントにそんなものを期待する異常さにも気付かずに、箱を勢いよく裏返した。
朝食をとってから、自室に戻る。何も言わないでおいたらそうなるのかよ、と悪態をついて、勉強机の上に置かれたそれを引き出しに放りこむ。「正直両親の発想には恐れ入った」と皮肉を言うも、独り言は誰の耳にも届かない。
パソコンでブラウザゲームをすることしばらく。大掃除も終わって暇を持て余していると思われた母からの招集に、渋々ブラウザを閉じて階段を下りると、リビングにいた母が布の塊をぶらぶらさせていた。いくらか前まで邪魔なだけだったはずの巨大な手提げ袋は、エコバッグという名を冠して以来この家の管理者たる母からの絶大な支持を得ていた。
そもそもプリントされている鉄道会社のマスコットキャラクターからして気に食わない。パンタグラフを腕に見立てた、マッチョ風の暑苦しいキャラが、しょせんは金属の塊なのである。このキャラクターイメージは、座席の座り心地の悪さの言い訳に使われている気すら寛人はしていた。すべきことを間違えていr
「お願いね」
そういって押しつけられたエコバッグの中には、財布とメモ紙が入っていた。
俺は無言でぐいと、母の胸に押しつけ返した。やわらかくない。ついでに言うならば、大きいものの腹もでかい。トップとアンダーの差がないのである。貧乳は嫌いではないが、これは貧乳ですらn
「お・ね・が・い・ね?」
無言で睨んでやったが、当然意味などなかった。
部屋で準備を整えた後、駅前経由でスーパーへ向かうと、心なしかいつもより自転車の数が多い気がした。よく来るというわけでもないが、今年の春できたこの店にすでに十回は来ているのだから、こういう情報を集めるには十分だ。
内心首をかしげながら店内に入ると、やはりいつもよりレジに並ぶ人数が多い。各列二人づつ多いのに、レジの数がそもそも十以上あるのだ。単純計算でいつもより二十人、普段の三分の一もの人数が上乗せされている。
んん? と唸りながら――傍目には相当不気味な、ともすれば気持ちの悪い様子だった――奥に入っていくとその理由が分かった。
卵が一つもなくなってしまっていた。
メモの一番上に書かれた「たまご」の文字を眺め、ため息をついた。駅前のTSUTAYAさえ、出入り口の上端には赤のモールが波打っている。コンビニの前ではローストチキンの売り子が声をあげているし、向かいのファミレスはクリスマスにちなんだ限定メニューの広告でいっぱいだ。何より、寛人自身これからケーキ屋に向かうところである。
遮断機が閉まって、少しすると電車が走り抜けた。当然のことながら、駅から百メートル以上離れたこんなところじゃ減速などしない。五両編成の私鉄車両が走り抜けると、向こう側に少女が見えた。美少女が見えた。クールビューティー系メガネロング黒髪少女だった。おそらく攻め。
あいにく、面識などない。故に、寛人は無視した。
美少女がこけた。
どうやら線路の隙間に足を引っ掛けたらしい。そばに、花をあしらったハンカチがふわりと落ちる。ガラスに似た破片は、明らかに少女の眼鏡の破片だった。まさか無視を決め込むわけにもいかず、いやいやながらも駆け寄った。
「大丈夫っすか?」
一応、高校生に見えたので丁寧語を使う。
「え、ええ」
少しすりむいた鼻のてっぺんをさすりつつ、少女が応えを返した。
「てへへ、失敗失敗」
「ブヒィィィィィ!」
少女が一メートル前後引いた。はにかみから戦慄へ。その落差は、袋田の滝と争ってもいいほどだった。
「ぼぼぼぼぼ僕はいいいいいいい飯田寛人っていいいいいい言いますっっっっっっ」
さらに引いた。さらに落ちた。引き際を見極めないで引くと、
「お、おおお名前や如何にっ!?」
こういう人が寄ってくるから注意しろ、という教訓を体を持って教え込まれる羽目になる。
「え、えっと、いや、あの」
「いや、あの、一応僕あなたに気をかけてあげたんですけど」
うわっ、という声が少女の口から洩れた。
前日より圧倒的に貧相な食事を食べ終えて、寛人は暗い面持ちで階段を上がった。前日の夜は喜び勇んでやっていた一人夜のスポーツも、気分が乗らずにパスして布団にもぐりこんだ。疲れがたまっていたのか、数分で寛人の意識は黒くつぶれた。
もぞもぞと体を動かして、へその下に当たる冷たい感触はなんだろうと手を伸ばした。それがベルトのバックルだと気づいて、なんか変だなーと思うがどうでもいいやという結論に至り、もう一度眼を閉じる。しかし何度か身じろぎするたびに金具は腹に当たり、鬱陶しくなってベルトをはずし、その時にポケットの中身が手に触れて、そこで一気に意識が覚醒した。
昨日の夜、俺が望んでもいなかった形で手に入れたウォークマンに入れるCDを取り込み忘れていたことを、今ウォークマンに触れて思い出した。正直言ってスマートフォンで音楽は足りていたので、持て余すと思ったが、それでも使わないのは損だと思い昨日借りてきたのだ。
当日返却になってたな、じゃあさっさと取り込まなきゃ、あれ、そういえばこういうのって違法だっけ? と今更のようにぼんやりし直す脳が、視神経から謎の情報を獲得した。
枕の横に、赤い麻袋。
袋自体は小さいもので、しかし中身はいろいろなものがあるようだった。
昨日のは包装紙だったはずだから捨て忘れじゃないよな? とブツブツ唱えながらそれに触れてみると、とほうもない違和感があった。異物感と言い換えてもいいかもしれない。慎重に袋の口を手前に向け、リボンを引っ張った。
卵十個入り、花をあしらったハンカチ、エロゲ。
まさしくカオスというべき内容である。しかし、これ以上なく望んだものでもあった。
卵を持って下の階へ降りていく。
その様子をクローゼットの中から眺めていた少女がいた。バタン、という部屋のドアの開閉音を聞いてからクローゼットの戸を開けた。
流麗な黒髪、ノンフレームの眼鏡は、顔やスタイルがそれなりのものでなければ滑稽にすらなる。しかし、セーラー服を着た彼女は非常に均整の取れた容姿となっていた。どれをとっても行き過ぎではなく、それでいて総合的には突出した美しさを持っていた。泣き黒子と真っ赤な唇だけが、そのほかの清純さを否定しているような、大人びた少女だった。
「よくないな、こういう趣味は。やっぱりひろ君のためには……っと」
パッケージを包むビニールを引っぺがし、不必要に肌色面積の大きい箱を開けて、中の円盤を裏返す。ペン立てから拝借したボールペンの芯を出して、光を反射させている円盤に突き立て、ごしごしとこする。それだけで、この情報記録媒体は使い物にならなくなる。
それからハンカチをポケットに入れ、今度はパソコンの電源を入れる。デスクトップが表示されると、左下にある『哲学の世界』なるあからさまに怪しいフォルダをゴミ箱へ。そして、検索履歴をチェックしてみるが、当然というべきかすべて消去されている。
「しゃーない、ハッキングするかな」
そう呟いて、少女は部屋を出た。
家を出る直前、玄関にバッグから取り出した写真立てを置いた。明るそうな少年と黒髪眼鏡の少女、夫婦と思しき男女が写っていたが、背の高い男だけは目もとが光の反射で見えなくなっていた。それを見てにこりと笑ってから、今度は床に目をやった。ローファーと二足のスニーカー、ハイヒール、それだけだった。
家を静かに出て、カバンからタブレットPCを取り出すと、デスクトップ上にあるアプリを起動させた。いくつか情報を書き込んで、スタートのボタンを押すと、すぐにポップアップメニュー上を恐ろしい早さで文字が流れていく。
「ふう、あとはi-FILTERだけ、と」
少しすると、少年の絶叫が聞こえてきた。
少しでも興味を持っていただけたら、現在連載中の『勉強アンチの鬼龍種さん』へもお越しください。