第05話 冒険者を雇う方法?
気がつけばこんなに時間が経ってました……。
まあ結論を言えばだ。
この世界の現状が『パンツァー・リート』の設定と違ってるからって「それがどうした」と言う話し。
ゲームの時代設定より80年時が過ぎてるとか自動兵器の反乱で大陸中西部に多大な被害が出たとか言われても、俺にしてみれば実体験で異世界トリップに巻き込まれ途方に暮れる我が身以上の驚きなどあるはずがない。
俺だって命がかかっている状況なのだ。
着の身着のままで異世界なんぞに来てしまった高校生の俺。今日の安全と食い扶持を確保することが最優先だ。
ただ、騒動に巻き込まれ命を落とした大勢の方々のご冥福を心から祈ろう。
次元の壁を越えてこの世界にやってきた俺。
何のために?
反乱した自動兵器を同行するためか? ありえないね。
仮に誰かに召喚されたとして、その人物が俺すら知らないこの身に宿る謎パワーを当てにして実行したってんなら出現先が森の中なんてあるハズがない。
そういう場合、出現先は魔法陣の中で目の前には召喚した人物が―――ってのがパターンだ。
だが実際は気がついたら人知れぬ森の中。
誰かに呼ばれた記憶もないし魔法陣の光に包まれた記憶もない。
つまり、偶然。
この世界が『パンツァー・リート』に似ている世界だと言うのも偶然だろう。なにせ異世界だからな。どんな世界があったとしても不思議じゃない。
平行世界ってのは数多の世界が無数に存在しているそうだ。可能性とその選択肢で分かれた世界だそうだからな。
遊んでいた『パンツァー・リート』というゲームの影響はあるんだろう。
最近始めたゲームで、強く印象に残ってただろうからな。次元渡航中にその印象に引っ張られ、この世界にやってきたと言う理由ならありえるのかもしれない。
その場合、俺は深層心理で『パンツァー・リート』の世界に行きたいという厨二病的発想をしていたと言う恐ろしい現実を認めなければならないが……。
悪友ならともかく「俺」が『パンツァー・リート』の世界に行きたかったと?
ははは……。ま、まさか、ありえない……ね?
と、とにかく! 異世界トリップそのものは偶然!
この世界にやってきたのも影響はあったかもしれないがやはり偶然。
80年前の自動兵器云々は俺とは無関係。
つまり、俺をこんな目に逢わせてくれた怒りをぶつける相手もいないって訳だコンチクショウ!
おっちゃんに連れられ、てくてくと山道を歩いていくこと4時間あまり。
けして平坦な道でなく、それなりに傾斜のある道を歩きっぱなしだと言うのに多少の疲れただけでおっちゃんの後を付いていける自分の体力に驚いていた。
俺は都会生まれで都会育ちの現代人だ。
北海道の爺ちゃんに狩りのお供を仰せつかって多少山歩きの経験はあるものの、ここまで歩き続ければとうにヘバっていてもおかしくない。だがしかし、俺の体力にはまだ若干の余裕がありそうだ。
あきらかに何らかの補正が働いている。
これはあれか。
職業【野伏】の影響なのか。【野伏】は野外活動の専門家だから山歩きなどお手の物だってことだろう。
これはすごい。
俺は職業をチョイスするだけで専門職の技能を楽に手に入れることが出来るって訳だ。
まさにチート。
なによりインスタントなところが素晴らしい。これぞまさに現代人の感覚。
ゲームの能力を自在に操れる俺には無限の可能性があるのだ! まだ1レベルだがな!
「見えてきたよ。あれがマテウス村だ」
昼食を兼ねた休息を終え、更に1時間ほど山道を歩いた末のこと。
案内されたのは、山間のわずかな盆地に身を寄せるように家々が立ち並ぶ小さな村。
村の周囲を頑丈そうな木の柵でぐるりと囲んでいるのは魔獣対策だろうか。ここまで降りてきても村の外は危険地帯と言うわけだ。
さらに30分ほど歩くと、丸太を加工した両開きの扉が付いた頑丈そうな門が見えてきた。門には槍を持った村人らしい男が俺達を迎えていた。
おっちゃんと連れ立っていたからか、門番からの二・三の簡単な質問に答えるとすんなりと通してくれた。なにより「命の恩人だ」というおっちゃんの台詞が効いたのだろう。門番係の村人から感謝の言葉を貰ってしまった。
村に入ると時折村人らしき人とすれ違う。
すれ違う人はおっちゃんに挨拶しようとして俺に気づき、不振な顔をして途中で会話が止まる。
小さな村だ。余所者はすぐにわかる。もっとも、門番にしたようにおっちゃんが訳を話すととたんに笑顔になって感謝された。こうも続くと、こそばゆいやらケツが痒いやら……。
大地むき出しの、しかし踏み固められてしっかりとした地面を道なりに進み、他の家に比べると明らかにふた周りは大きな家に案内された。村の規模を考えると御殿と言ってもいいかもしれない立派な家だ。
猟師ってこんな家建てられるくらい儲かるのか!?
ボウウルフに怯えてた様子からは想像もつかないが、おっちゃんは猟師としてかなりの腕前のようだ。なにせ御殿建てられる位だからな!
「村長の家だ」
ああ、さいですか。
ただの勘違いね。
だがしかし、おっちゃんの家ならともかくなぜに村長の家?
聞けばボウウルフに襲われたことを報告するのだとか。なんでも一匹狼な逸れウルフに出くわす事はあっても、こんなに村の近くで群れで行動するボウウルフを見かける事は珍しいらしい。
マテウス村は僅か30戸ほどの小さな山村。
群れひとつとだとしても楽観は出来ないだろう。現におっちゃんから話を聞いた村長も眉間にしわを寄せている。結局、今夜にでも集会を開いて今後の方針を決めると言っていた。
「遠方よりの客人よ。ベンを助けてくれたことに感謝する」
「ベンて誰? ああ、おっちゃんか」
「おいおい。ちゃんと名乗っただろ」
「すまないな、おっちゃん。おっちゃんのことはずっとおっちゃんと言ってたんですっかり忘れてた」
「おっちゃんて、だから俺まだ30―――」
「気にするな、おっちゃん」
16歳の俺から見れば、倍近く歳が離れるおっちゃんはやはりおっちゃんでしかない。一言で切り捨てられたおっちゃんは落ち込んでしまった。
結局、俺は村長の家にお世話になることになった。小さな村だから宿屋などなく、外からの客を泊める部屋は村長宅にしかないのだそうな。
装備を一新して、ほぼすかんぴんの俺にとっても有難い。
ま、面と向かっては言われないが監視の意味もあるんだろうな。おっちゃんを助けたから村に入れてはくれたが、本来ならば武器持った怪しいやつにしか過ぎない俺をそうそう自由にはさせないだろう。
なんとも素朴な夕食を頂いた後、村長宅にボウウルフの件を相談するため村人が集まってきた。
その席でおっちゃんと共にボウウルフに襲われた状況を話した。
偶然とは言え群れのリーダーは倒したし、残りの数も知れているだろうから大して脅威にはならないだろうことも付け加えておく。
村の猟師なら予め気を付けていればそうそう危険はないだろう。冒険者じゃなくても猟のプロだ。おっちゃんの場合は突然の遭遇の上に相手の数が多かっただけだろうしな。
ひょっとしたら本職が来るまで村を護って欲しいとか頼まれるかと思ったがそれも無く、代わりに街に向かうおっちゃんの護衛を頼まれてしまった。報酬は昨日仕留めたボウウルフの毛皮をイロ付けて買ってくれることで話がつく。いまひとつ相場が分からんから儲けたかどうかは不明だ。ひょっとしたら買い叩かれたのかもしれないが、正直無一文に近い今の現状で現金収入はありがたい。
……騙されていたなら借りはおっちゃんに返そう。
翌日。
村長が手配した荷馬車に揺られ街へと向かう道すがら、俺はおっちゃんに村の護衛を頼まれるかと思っていたことを話してみた。
そしたら笑われた。
「それはないよ。そりゃ、ユーイチがひと目で凄腕の冒険者ですって分かるような雰囲気や出で立ちなら村長も頼んでいたかもしれないけど、ユーイチはまだ駆け出しだろ? いくら銃持っていると言ってもさ」
「そうだな。自慢じゃないが、冒険者登録すらしてないから駆け出しでもないな」
「冒険者ギルドに登録して無いのかい? 旅するなら登録してたほうが楽だろうに」
「そうなの?」
「そうなのって……。冒険者なら街への出入りも比較的簡単で入市税も必要ないし。そりゃ魔物との戦いは命がけだから危険も多いけど、一旗あげるには一番手軽で血の気の多い若い連中には人気の職業だろ?」
俺は別に血の気が多いわけじゃない。
だがしかし……税金か。
ファンタジー物の小説にはその手の表記もあったな。街に入るには税が必要か。出入りのたびに金を取られるのは避けたいな。
「あー……冒険者か」
この先、生きていくには先立つ物が必要だ。ただの高校生でしかない俺に、街でなにかの職につける技術があるわけない。
いくらクラススキルがあるとはいえ、下級ポーションしか作れないんじゃ何かと不安だ。
「しとくかなぁ、冒険者登録」
「これからも旅を続けるならその方がいいと思うよ。と言うより、今まで登録せずに旅をしてきたってのが不思議だね。街に入るたび毎回入市税払っていたのかい?」
「錬金術の知識と技術があるから旅費ぐらいは稼げたんだけどね……」
嘘です。
錬金術と言っても俺のは所詮付け焼刃。出来ることも下位ポーションを造れる位だ。
今後のことを考えるなら、生活費稼ぐためにも冒険者としてやっていくことも考えないとな。
街に出入りするたび金掛かるとかやってられん。
「登録するつもりなら、丁度ルベランスの冒険者ギルドに向かう予定だし案内するよ?」
「ギルドに向かうって……ボウウルフ対策で冒険者雇うつもり?」
「大規模な群れならそうなっただろうけど、現われた群れは小規模だったからね。森の奥にいる群れから追い出されたか分かれたのか……。早急に手を打たなきゃならない状態でもないみたいだし、いっそボウウルフの情報を冒険者ギルドに売ろうかって話になってね」
「情報を売る?」
「そそ。小規模のボウウルフの群れは冒険者にとってはいい獲物だから、わざわざ依頼しなくても情報流せば冒険者がやってきて狩ってくれるんだ。普通ならずっと森の奥に入らなきゃ狩れないボウウルフをこんな森の入り口でかれるんだ。見逃す冒険者はいないよ。ボウウルフの毛皮は希少価値あるし良い値で売れるからね」
なんと!
金を払って冒険者雇うのではなく、情報流して無料で冒険者呼ぼうとはなかなかの策士だ。いくらで売れるかは知らないが、情報料も入ってまさに一粒で2度美味しいだな!
「噂を聞いてやってきた冒険者が村に金を落としてくれればこっちも助かるし、森で狩りしたなら獲物を買い取ってもいい。依頼料払って冒険者雇うよりずっといいよ」
そう言っておっちゃんは笑った。
危険な魔物や動物出たら自衛するか冒険者雇って対策するかしかないと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
なんとも逞しいじゃないか。この世界の人たちは。