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第02話 経験点のご利用は計画的に



「俺はとんだ大馬鹿者だ……」


 黒い学ランの上から装着した剣帯に刺した本物の剣の重さを確認しながら、俺は誰にともなく呟いた。

 左の腰に差した剣はいわゆる真っ直ぐな西洋剣でなく、いまやファンタジーものでも御馴染みになった黒塗りの鞘に収められた日本刀だ。

 ベルトの反対側には、現代日本ではある種の職業の方以外お目にかかれない黒い物体が収まっている。


 上半身には身体の動きを阻害しない丈夫そうな皮鎧を着けた。

 腕には二の腕まで覆う皮製のガントレット。靴はスニーカーから頑丈そうなジャングルブーツっぽい皮製の靴に履き替えた。和洋折衷どころか時代までごちゃ混ぜの装備だ。

 いずれも造られたばかりのように真新しい。

 左手のガントレットには一部に窓があけられ、そこから腕に巻いたとある道具を窺うことが出来る。

 まるで腕時計のようだが正確にはちがう。

 文字盤には時を刻む針や時刻を知らせる文字でなく、代わりに奇妙な文様が描かれ、その中央には直径2センチほどのレンズ状の宝石みたいな物が陽の光を受け紫色に輝いている。


 それはこの世界でもっとも身近なマジックアイテムだ。

 広義に置いては魔法具(マジックアイテム)で正解なんだろうけど、狭義においては魔法具(マジックアイテム)とは異なる道具として扱われている―――らしい。

 俺から見たら変わんねぇだろと言いたいが俺は専門家じゃないし、こっちの殆どの人はよほどそれが重要なのか別の名で呼ぶことに拘っている―――らしい。

 らしいってのは俺が直接聞いたわけじゃないからその辺の拘りはよく分からないんだよね。


 ま、ともかくこの中央にある宝石っぽいものはこう呼ばれている。

 魔動具(マギスツール)―――マギスジェムと。


 この世界には魔動術と呼ばれる技術がある。

 それは魔術と科学とが融合したこの世界の基礎となる技術だ。地球では科学がそうであるように、この世界では魔動術なるインチキくさい魔法科学(笑)が文明の礎となって大きな顔でのさばっていた。

 ガソリンや電気の代わりに魔法で動く道具を製造し操る技術―――それが魔動術だ。

 ガソリンや電気の代わりに魔法で動くようにしただけじゃんとは言ってはいけない。それは地球人の感覚である。


 現代日本に比べれば道具の性能は随分落ちるし、恩恵を享受しているのも一部の人々だ。

 魔動具(マギスツール)自体高価なので、一般庶民ではおいそれとは手に入れられない。そのため田舎などでは部屋の明かりにオイルランプや蝋燭に頼っている家がほとんどなんだそうだ。


 魔動術だが、マギスジェムという魔動具(マギスツール)を用いることでだれもが簡単に魔術(魔動術)を使えるようになるらしい。

 おかげで魔術はかなり廃れてしまった。一部の国や在野の魔術師が私塾をひらいて細々と伝えている程度だ。

 うんうん唸りながら精神集中して【ライト】の呪文を唱えるより、懐中電灯みたいなアイテムやマギスジェム使ったほうが簡単手軽だからね。そりゃ廃れるわ。

 水は低きに流れるということだろう。




 閑話休題(それはともかく)




 俺は相変わらず鬱蒼と茂る森の中にいる。

 ステータス画面開いて自分の職業(クラス)を設定してからさほど間を置いておらず、街で装備を整え依頼や狩りのために再び森を訪れたのではない。

 ではそんな俺がいかようにして今身に着けている装備を手にしたのか?

 その不思議の答えは―――別に不思議でもなんでもない……いや、やっぱ不思議か。

 なんの事はない。これらの装備はプレイ中にゲーム内で揃えた装備だ。


 日曜日の晩、金や経験値的にも旨味が薄くなってきた初心者用狩場を卒業し、そろそろ別の場所に移ってもよかろうと悪友の意見を参考に次の狩場用の装備を新調しログアウトした。

 それらの装備が丸ごとあったのだ。俺のウェポンボックスに。


 『パンツァー・リート』にはアイテムイベントリとして3種類のアイテム収納欄が用意されている。

 武器や防具以外のアイテムを収納するためのアイテムボックス。

 武器や防具が入るウェポンボックス。

 そしてこのゲーム特有のロボや戦闘車両、常用動物を"持ち運ぶ"ためのヴィークルボックス。

 突っ込みどころ満載のヴィークルボックスではあるが、ゲームの仕様なので一ユーサーにすぎない俺に文句の付けようなどない。


 ついでに言うと、ゲームはじめて三日目の俺にはヴィークルを購入する資金など無いので当然のごとくボックスは空の状態だ。


 今後の成長についてステータス画面見ながらあれこれ考えてたら、偶然アイテムウィンドウの開き方を知ったのだ。というか、ようやくそんな物があったことを思い出した。

 ボックス内を見てみれば、レベルや経験点はリセットされてたにもかかわらず新調した装備はそのまま残っている。


 は や く 気 づ け よ 俺!


 ウェポンボックスにはライフル入ってたのに!

 遠距離攻撃で相手を削り近接で止めを刺す戦闘スタイルの装備にしたのに!

 先に気づいていれば職業(クラス)選択のとき【剣士】でなく【銃士】にしたわ!

 命が掛かったこの状態なら、剣で切り結ぶより銃で遠距離攻撃したほうが安全に決まってるじゃん!

 一度使った経験点は払い戻しできねぇよコンチクショウ!


 初期状態キャラの所得可能職業(クラス)数は冒険・一般あわせて7種類までしか取れないが、冒険者レベルが30レベルに達すれば12種類に増える。50レベルで20種類だ。それ以上増やすには冒険者レベルカンスト状態で転生しなければならない。

 転生なんて物が現実に有効かなんて分からないから実質20種類が限界と考えたほうがいい。

 どのみち接近戦闘職は必要だから構わないっちゃ構わないんだが。

 ……最初の選択肢として【ステップ】はけして間違いじゃない。間違いじゃないぞ?

 だけど次にレベルアップしたら真っ先に【銃士】取ろう。


 ……あれ?

 それなら【剣士】より斥候職の【野伏】あたりにしたほうがよかった?

 戦闘スキル満載といえば聞こえはいいが、逆に言えば戦うことしか出来ない【剣士】より探索系や罠系のスキルが充実している【野伏】のほうが今の俺にはピッタリなんじゃ……。

 …………。

 ……。


「―――うしっ! 行くかあ!」


 飛び道具があればなんとかなる! 

 職業(クラス)のことはもっと落ち着いてから考えよう!

 最初から銃があるのは幸運かもしれないと気持ちを切り替え、傍の木に立てかけてあった銃剣つき小銃と肩掛けカバンを担いて俺は気合を入れる。

 カバンを出したのはもちろんアイテムボックスを誤魔化すためだ。この世界の人がアイテムボックスを使えるならいいが、使えなければ面倒なことになるかもしれないからな。


 とりあえずの目的は人の多いところに行って日々の暮らしの糧を得ること。

 この世界が『パンツァー・リート』の舞台、異世界エイリシエルだというなら冒険者ギルドに登録して冒険者になるのが一番だろうな。ネット小説なんかでも定番の方法だ。定番だからこそ選択肢としては正しいと思う。

 最終目的は元の世界に帰る方法を探すこと。

 実際そんな方法があるか不明だが目標が無くちゃ正直やってられん。


 それにしても俺、いきなり異世界に放り出されたってのに落ち着いてるよな。

 最初にパニくるだけパニくったので肝が据わったのか? 

 俺そんな性格だっけ?

 ……まあいいか。


 MAPによるとこの辺りは大陸中部の背骨オンタリオ山脈の近くだ。

 最終ログアウトしたのが……たしかノックロウド王国の王都だったはず。一応同じ王国内みたいだけど、今いる山中からはずいぶん離れている。

 ここから一番近くにある街は北の街ルベランスか。

 直接ルベランスに向かうにより近くの村を目指したほうがいいな。それでも20キロはあるけど。


 俺はざくざくと山道を歩いていく。

 下草を掻き分け巨木をかわして進んでいく。

 MAPがあるから迷うことは無い。安心安心。


 いやはやMAPって便利だね。

 携帯にもMAP機能あったから活用してたけど、『パンツァー・リート』のMAP機能は目的地までの距離や方向、現在地点と進行方向も表示されてMAPと言うよりむしろナビに近い。

 やや方向音痴の気のある俺にはありがたい機能だ。

 これなら多少時間かかっても間違いなく村までたどり着けるだろう。それにしても目の前に浮かぶウィンドウとか見てると、ファンタジーってより攻殻みたいなサイバーパンクって感じがする。どうせなら通信機能とかもついてればいいのに。

 そりゃそうとこのウィンドウ、他人からも見えるんだろうか?


 俺はてくてくと山道を歩いていく。

 下草を踏みしめ巨木の根に脚を引っ掛けないよう注意する。

 MAPあるから目的地までの距離もひと目で分かる。便利便利。


 2時間も歩いたんだ。そろそろ半ばに差し掛かってもいい頃―――ってまだ3キロしか進んで無いじゃん!

 おまけにいつの間にか進路ずれてるし!

 前方を確認すればそびえる山々。目指す村はその先だ。

 よくよく考えれば道なき道を進んでるわけだしどうしても時間がかかる。おまけに山あり谷ありで真っ直ぐ進めないからなおさらだ。


「やばいな……こんなんじゃ日が暮れるまでに村に着くのは無理だ」


 俺は途方にくれる。

 車かバイクが欲しい。切実に欲しい。確かこの世界にもあったよな乗り物。

 現代日本の距離感覚。それも舗装された道に慣れている身でこの世界の移動距離を測らないほうが良さそうだ。

 こんな山道を歩くなんて去年の夏休みに北海道の爺ちゃん家に行って以来だ。

 ふと空を見上げれは陽はずいぶんと地平に近づいている。そう遠くないうちに日が暮れるだろう。

 夜に山中をうろつくのは自殺行為だし、村を目指すより夜営できる場所を探したほうがいいか。下手に地面に寝て虫にたかられたり獣に襲われるのは避けたい。

 夜露をしのげる洞窟でも見つかればいいんだけど。


 こちらの季節は分からないが森の木々の様子からして冬ってことは無いだろうな。おそらくは日本と同じくらいと思いたい。すれてても5~6月くらいを希望する。

 早急に夜営出来そうな場所を探すこと1時間。時刻は5時を回っている。あと一時間もしないうちに日が暮れるだろうと気が急いていたら幸運なことに山小屋を発見した! 


 直径10メートルほどの開けた場所にぽつねんと佇む一軒の小屋。村の狩人が使う狩り小屋だろうか?

 野営場所を探している途中踏み固められた小道に出くわし、もしやと思い道をたどって正解だった。

 狩り小屋は思ったよりしっかりとした造りのようだ。森の獣に襲われても中に逃げ込めば助かるように頑丈に作られているんだろう。

 周囲に人気は無く、中は無人のようである。俺は小屋の周りを一周し痛んだところが無いか確認する。


「このくらい頑丈なら狼くらいなら耐えられそうだ……たぶんだけど。熊あたりだと無理だな」


 思ったより建て付けの悪い扉を開きなかにお邪魔する。

 外開きの扉だが中から閂で戸締りできるようになっていた。

 なかは10畳ほどのスペースで、中央の地面に周囲を石で囲んだ炉があった。さすがに最後に使われたのがいつかなんて分からない。

 左手の壁には薪が積み重ねられ、そばに高さ50センチほどの一抱えありそうな壷と木桶が置いてあった。壷には木の板でこしらえた四角形の蓋があり、蓋の上にはおもし代わりなのか人の頭ほどの岩が置かれていた。

 なんだろうと中を覗いてみると、中身はふちから10センチくらいのところまで何らかの液体で満たされていた。液体は匂いも無く無色透明で壷の底が覗ける。


「なんだこりゃ?」


 よく分からないので放置。

 小屋奥の天井は一部が崩れ穴が空いている。まあ、あんな所から入ってくるやつはいないだろうが注意はしておくか。


 とりあえず夜に備えて火でも用意しておこう。

 壁際の薪を抱えて炉の傍に腰をおろし、ライフルから銃剣を取り外して鉛筆を削る要領で細かく削っていく。

 削った木片で炉に山をこしらえ、アイテムボックスから取り出したランタンの詰め替え用油を山の上に振りかける。そして学生服の秘密ポケットから取り出した100円ライター使って火をつけた。

 なぜ学生服に秘密のポケットなどあるかと言えばそれは秘密だ。秘密のポケットなのだから。


 詰め替え用油など何故あるかというと、『パンツァー・リート』は夜間用照明が必需品のゲームだからだ。

 なにせこのゲーム、日が沈むと本気で画面が真っ暗になる。

 他のゲームじゃ画面が多少暗くなる程度でそのままプレイ可能なんだが、『パンツァー・リート』ではマイキャラの周囲数メートル以外は真っ暗で周りの状況がつかめず戦闘に支障が出るのだ。

 照明無しで夜間戦闘して気づいたらパーティーと逸れてしまった、などという話も耳にする―――と悪友が言っていた。


 プレイヤーから運営に対し改善要求がよく出されているそうだが、運営からの返事は「夜間対策をちゃんとしろ」の一点張りらしい。

 俺的にはそういった頑固と言うか拘りは好みだけどね。

 ランタンや松明では片腕の武器装備欄がそれでつぶれてしまうが、【魔術師】や【魔動術師】にある【ライト】の魔法ならそんなことないし、装備品として武器装備欄を使用しない魔道具(マジックツール)もある。

 きちんと対策立てられるから問題無いと思う。


 今回は運営の頑固さに救われた感じだ。

 マギスジェムと【ライト】の魔動術を手に入れたマイキャラには無用になったランタンだが、使わなくなったからといって売っぱわらず仕舞っておいてよかった。

 まったく、人生なにが幸運に繋がるかわからんね。


 パチパチと火がはぜる炉に薪を足し、しっかりと火を確保する。

 アイテムボックス内のキャンプセットからポットを取り出し、水筒(キャンティーン)から水を注いで火のそばに置いておく。ついでにコーヒーこし器とコーヒーの粉、キャンティーンカップを出して―――。


 それにしてもこのゲームはなんでこんな小物に凝ってるんだろう。

 キャンプセットの中にはメスパンキット入りのミートカン・ポーチまであったぞ。いや、ついつい面白くて揃えちゃったんだけどさ。

 普通こんなのゲームには要らないだろ。




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