12話
灰色の空、ボロ布を被った少年と少女が歩いている。その歩みはふらつきが目立ちとてもまっとうな人間には見えない。
「ね~彩斗君~のど渇いたよ~」
「‥‥‥」
少年は無言で水筒を投げてくる。少女は嬉しそうに水筒を開けると水を飲む。
「ふー喉が潤うよね~」
少年は少女を引き寄せる。直後少女のいた足元に仮面を付けた少年が包丁を叩きつけけていた。
「え‥‥‥」
少女が訳がわからないという顔をするが仮面の少年は少女の方を向くと少女に向かい包丁を投げる。
「嘲る道化、笑え、歌え、そして堕ちろ」
少年が呟くと包丁が何かに叩きつけられたかの様に地面にめり込む。
それを見た仮面の少年は出刃包丁を取り出すが直後少年の腕に衝撃が走り包丁が宙を舞う。少女を抱えた少年がどういうわけか急加速し仮面の少年は腕を蹴り飛ばしたのだ。
「は!?」
仮面の少年の顔面に衝撃を受け5mほど吹き飛ばされる。空中で制止した少年が仮面の少年の顔面に蹴りを加えたのだ。
‥‥‥これは俺の記憶だ‥‥‥あいつとの俺の大切な思い出だ。
結界に包まれた商店街に金属音が響く。黒いドレスの女性ヴァルキュリアは宙を舞うと先ほど彼女の居た場所に六筋もの斬撃が走る。
ヴァルキュリアは焦っていた、彼女は糸を触媒にその1本1本が運動エネルギーを減衰させる。それは近接攻撃それも武器を使った攻撃には絶対の有利となる。だが、目の前の男はただ1本の太刀一つでそれを越えて来る。
「必死だな、先程までの余裕はどうした」
仮面の男、黒狼の表情は仮面に隠れ伺えないがその声に息切れは見られず余裕のようだ。
ヴァルキュリアはこの男に対する恐怖を覚える。
「く、来るなぁ!!」
ヴァルキュリアの指先より糸が出るが黒狼は太刀を振るう。黒狼の太刀が糸に触れる、一瞬黒狼の全身に運動エネルギーの減衰が発生する。
だが次の瞬間黒狼の太刀が加速し別方向より振るわれる。再び減衰するが次の瞬間には加速する。
「なんなのよ、なんで運動エネルギーが減衰しないのよ」
見ている限り黒狼は運動エネルギーの減衰を受けないと思えるが実際には運動エネルギーの減衰を受けているのだ。
ヴァルキュリアの魔法、フラムガメルは彼女のオリジナル魔法であり、その特性は運動エネルギーの減衰、触れた物体の運動エネルギーを限りなく0に近づける。というものである。
そう、運動エネルギーを限りなく0に近づけるである。決して0にするのではなくそれに近づける魔法である。そしてヴァルキュリア本人すら弱点としなかった、弱点が存在する。
この魔法の減衰の効果時間である。この魔法は瞬間的に運動エネルギーを減衰するもののその減衰時間は最大1秒と恐ろしく短いのだ。これは銃弾や発射系の魔法であれば一秒の運動エネルギーの減衰がその力は失われる。
だがそれが近接攻撃にはその限りではない。一秒の減衰時間を過ぎれば運動エネルギーの発生は可能なのだ。黒狼は糸で減衰すると同時に別の方向に斬撃を放ちこれを繰り返しているのだ。
だがこれではいたちごっこであり減衰していないように見えるだけでヴァルキュリア本人には届かない。
だがフラムガメル最大の弱点が黒狼にそれを可能にさせる。フラムガメルのその効果の触媒に糸を使用している。この糸の操作はすべてヴァルキュリア本人が行っている。そして糸に触れた物体の運動エネルギーを減衰させるのだ。逆にいえば糸にさえ触れなければ減衰することはない。そして糸はオートではなくヴァルキュリア自身によるリモートである。つまりヴァルキュリア本人に知覚または反応できない攻撃にはフラムガメルは脆弱性を露わにする。
以上から黒狼の取った行動はシンプルである。超高速による連続攻撃で知覚できなくなるまで速度を上げるというものである。
「ふん!!」
フラムガメルの減衰空間を黒狼が置き去りにヴァルキュリア本人に斬りかかる。
ヴァルキュリアは後ろに跳躍するが黒狼はヴァルキュリアの数歩先を行く。
「虚空斬、鶴獲!!」
黒狼が自らの太刀を引く、ヴァルキュリアは安堵するが次の瞬間戦慄を覚える。自分の位置が先程より黒狼に近いのだ。ヴァルキュリアは理解する。黒狼は剣士ではなく魔法使いであるということを理解し自らの糸を引き寄せる。
「撃たせない、フラムガメル!!」
ヴァルキュリアの予想が当たっていれば黒狼の次の行動に移られれば敗北する。だが彼女には運動エネルギーの減衰を行うフラムガメルがある以上妨害は可能だ。
だがフラムガメルが黒狼に向かわない。ヴァルキュリアが確認するとフラムガメルは先程の位置で静止している。
「く!?」
ヴァルキュリアは後ろに跳躍しその強靭を避けようとする。刹那、黒狼の剣は放たれる。だが後ろに跳躍したヴァルキュリアが黒狼の正面に着地する。
「が‥‥‥!!」
黒狼がヴァルキュリアの肩から斬りつけヴァルキュリアの肩から鮮血が吹き出す。
「なんで‥‥‥‥」
ヴァルキュリアの身体が力を失い前のめり
に倒れアスファルトを赤く染め上げる。
ヴァルキュリアの疑問はもっともである、完全に避けきった筈だ。太刀の長さ、予想される太刀の速度全てを計算して避けた、だが着地したのは黒狼の前方約30センチ。
ヴァルキュリアの脳裏に疑問が渦巻き消えていく。何をされた。何が起こった。そんな疑問も出血による朦朧に消えていく。
真っ白な空間で彩斗は目を覚ます。
「く‥‥‥ここは‥‥‥」
白い空間の中に金色の門がある。その門には巨大な上に向かう大樹が描かれ所々10この円が描かれている。
「生命の樹、セフィロトの10天使か‥‥‥おいまさかここって‥‥‥」
白い空間に靴音が響く。白い音のない空間にその音が響く。
「ああ、正解だ、はなまるくれてやるよ、彩斗」
声に振り向くと黒いスーツ姿の男、六道零也が佇んでいる。先ほどまで被っていた帽子はなく、その緑色の髪をした20代前半の顔をさらしている。
「零也‥‥‥」
彩斗は目の前の現実が未だに信じることができない。なぜならこの男は死んだと思っていたのだ。かつて自分の人生の転機となったあの事件、あの燃える貧民街に生存者は居ないはずだった。
「クククク、俺が死んだと思ったか?」
零也が右目だけを開き笑う。金色の瞳だ。だがその瞳はかつてのものとは全く別物であった。その瞳には尾を喰らう蛇ウロボロスが刻まれていたのだ。
「零也、お前‥‥‥」
「俺がここに居るってのがどうゆう意味かわかってんだろぉが!!」
零也の袖口から3本の投げナイフが飛び出し彩斗に向かう。彩斗もコートからハンドガンを一丁取り出し構え投げナイフに向かい発砲する。
「我意の蛇よ、穿ち、貫き、喰らい尽くせ!!」
零也の魔法を受けた投げナイフが彩斗の銀弾を容易く切り裂くとそのまままっすぐ彩斗に向かう。
「疾走者、加速者、道化師は笑い狂う」
彩斗言葉と共に彩斗が通常では有り得ない加速で零也の投げナイフを避けるとハンドガン、グロック17から銃弾を三発、零也に向け発砲する。
「影夜の蛇よ、曲がれ、くるまれ、飲み込め!!」
零也の足元の影から蛇が盛り上がり彩斗の銃弾を飲み込むと再び影に戻る。
「クククク、加速魔法かガードしてたら貫通してたぜ、よく判断したなぁ、彩斗」
「銀製とはいえ弾丸を切り裂くナイフだぞ切断強化の魔法と考えただけだ」
彩斗はグロックのマガジンを捨てコートから赤いマガジンを取り出し填めると零也に向かい銃口を向ける。
「走れ道化、走れ、走れ、加速しろ!!」
彩斗の言葉と共に引き金を引き銃弾を放つ。
「影夜の蛇よ、曲がれ、くるまれ、飲み込め!!」
彩斗の放つ銃弾に零也は再び自らの影から蛇を呼び出し彩斗の銃弾を飲み込むが飲み込んだ瞬間、蛇が爆発し四散する。彩斗の放った銃弾はただの銃弾ではなく火薬を最大限に入れた特殊弾、バーストバレットである。これにより蛇の内部にてバーストバレットが爆発、これにより蛇が爆発する。
「疾走者、加速者、道化師は笑い狂う」
刹那、彩斗の加速魔法が発動する。彩斗は蛇の爆発と同時に彩斗が詠唱を開始し零也に向かい加速すると彩斗に蹴りを叩きこむが零也の腕に防がれるが零也の腕から鈍い音が響く。
「Lest,ribns」
「なに!?」
彩斗が一瞬で飛び退くと零也を見るが異常が見られない。だが、先ほど零也の呟いた言葉、あれは人間の詠唱ではない。その一言が彩斗を引かせるに値する。そのたった一言は彩斗の命を一撃で消し去るに値する。
「おいおい、どうした、たった一言でビビるなよ彩斗ぉ」
零也の足元を鎖がまるで蛇のように這っている。彩斗が拳を構える。型にはまらず、脱力したまるで喧嘩の型のようなスタイルである。
「魔力装填、グラビティアクセル」
彩斗が自身の身体に魔力を籠め同時に自身の周りに重力操作をかけると零也をしっかりと見据える。彩斗の出した答えは1つ、自身の持ちうる最大の加速と速度を持って連続攻撃を行い決める。次の瞬間彩斗が実装を開始する。その加速は1秒未満で零也にたどり着く。彩斗は零也の腹に拳を叩き込む。
だがその拳は零也に届くことはなかった。緑色の魔力が彩斗の拳と零也の間に発生しその拳を防ぐ。
だが彩斗は即座に脚を振り抜くと零也に叩き込むがこれも防がれる。
ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚ー脚
重力操作により超加速と打撃強化をかけた彩斗の幾重もの連続攻撃は全てが防がれる。
彩斗は内心焦っている。自分の攻撃をなぜ零也はダメージが無い。
「どうしたぁ、彩斗、なにを焦ってやがる、てめぇのちからはこんなもんか、違うよなぁ、てめぇがこの程度だってんなら円還に沈めや、尾を喰らいし蛇よ、廻れ、巡れ、その身は円還へと至るとも無限に喰らい尽くす、ああ、汝は弱者、無限に廻り巡るこの地にたどり着くことかなわず、円還に飲み込まれる汝が運命なり、沈め、廻れ、巡れ、我は汝が魂を果てなき円環へ誘いし蛇なり!!」
零也の言葉が紡がれる、人ではないと者の言葉が神域の言葉が紡がれる。かつての神々の魔法が詠唱される。零也の足元から影が吹き出す。神話魔法、かつて神々により作られ使われた神話の具現ともいえる魔法。人の身に余る最大級の奇跡。その奇跡がその力が零也の足元から吹き出す。彩斗に向かうであろう神話の奇跡、だがその奇跡が彩斗を襲わない。背後の門が開き光の帯が二人に巻き付いていく。
「時間切れか‥‥‥」
既に影の噴出が止まり、零也はつまらなそうにしている。彩斗の身体を帯が覆いその帯が彩斗の身体を分解していく。
「ち、零也!!」
彩斗が零也に向かい疾走する。零也の身体も分解が始まっており自分よりはるかに早く分解されその粒子が門の中に吸収されていく。
「零也ぁ!!」
彩斗は拳を握りしめ零也に殴りかかりにかかるその拳が零也に当たるというところで彩斗は片腕がバラバラに分解され塵となる。そして残った腕が肘下が地面に落ち砕ける
「心配しなくてもじっとしてりゃあっちに連れて行ってやるよ、彩斗ぉ、てめぇは俺様の計画に必要だからなぁ殺しゃしねぇよ」
光の帯が彩斗の顔半分を分解する。既に零也は顔の右半分しか残っておらずその顔は嫌な笑みを浮かべている。
そして二人の身体が同時に砕け門の向こうに送られていく。
「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaasasaaaassaaaaaaaa!!」
彩斗は何かの叫び声に目を覚ます。彩斗の瞳に写る声の主を見た彩斗はその表情を怒りに変える。
「そうゆうことか、零也ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そこには純白の髪に黄金の角、発光する身体を持ったアン・ワイズメルが空に向かい叫びを上げていた。
つづく