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猫好き令嬢のすれ違い恋愛模様  作者: 万年亀


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17/17

番外編:レベッカちゃんと狩り教育

前回完結とか言いながら完結設定にし忘れていました。

ごめんなさいね。


完結設定にするついでに番外編をひとつ追加。

頭の隅にあった物語のひとつです。

王都にそびえ立つベイリーフ侯爵家邸。

その瀟洒な造りの回廊を、一匹の猫が静かな足取りで歩いていた。

名をレベッカという。


彼女はピンと立てた尻尾を機嫌よく揺らしながら、新しい縄張りのパトロールに勤しんでいた。


主であるエリザベスと共にこの大きな屋敷を訪れるようになってから、幾ばくかの時間が過ぎている。

ここは主の新しいつがいの男の住処だ。

レベッカはこの立派な建物の匂いや間取りを頭に叩き込んでいた。


回廊の先から足音が近づいてくる。

揃いの制服を着たメイドたちだ。

彼女たちはレベッカの姿を認めると歩みを緩め、優しげな視線を向けて道を譲ってくれた。

レベッカは小さく喉を鳴らしてその横を通り過ぎる。


開け放たれた窓枠にふわりと飛び乗り、レベッカは外の景色を見渡す。

色とりどりの秋の草花が風に揺れている。


平和で穏やかな時間だ。

だがレベッカの脳裏には、最近ある一つの重大な疑問が浮かび上がっていた。


主のエリザベスもそうだが、他の人間たちもそうだ。

そして何より、あの新入りのつがいの男であるロンドルフ。

彼らはなぜ一向に狩りをしようとしないのだろうか。


人間という生き物は不思議だ。

時間が来ればどこからともなく美味しいご飯が運ばれてくる。

主はいつも良い匂いのするお菓子や温かい飲み物を楽しそうに口にしている。

つがいの男も飢えている様子は全くない。


だがレベッカは知っている。

ご飯というものは自らの力で勝ち取るべきものだ。


彼女がまだ野良猫だった時代。

生きることは常に飢えと寒さとの戦いであった。

草むらに潜む虫を追いかけ、時にはすばしっこいネズミや小鳥を何時間も待ち伏せして狩った。

そうやって必死に獲物を捕らえなければ、明日の命は繋げなかったのだ。


主の愛情によって温かい寝床と美味しいご飯を与えられる今の生活は最高だ。

だがこの平和な環境に甘えきって狩りの仕方を忘れてしまえば、いざ外の世界に放り出された時に困るだろう。


そしてレベッカは危惧していた。

あのつがいの男、ロンドルフのことだ。


彼は主によく懐いているし、主も彼といると嬉しそうにしている。

自分に対しても美味しいおやつをくれるし撫で方も悪くない。

群れの新しい仲間として、あるいは主のつがいとして十分に合格点を与えられるオスである。


だが彼はいつも紙の束を睨みつけたり、他の人間と難しい顔で話し合ったりするばかりだ。

自らの手で獲物を捕らえ、主を養おうとする気配が全く見られない。


――きっと獲物の捕り方を知らないのだわ。


賢いレベッカは一つの結論に達した。


あの大きなオスは狩りの技術を親から教わらなかったのだろう。

このままでは万が一外に出て暮らすことになったら、きっと彼らは飢え死にしてしまう。

主を守るべきつがいの男が狩りもできないようではレベッカとしても安心して主を任せられない。


レベッカは窓枠から芝生の上へと軽やかに飛び降りる。


自分が教えてやらねばならない。

獲物の確実な仕留め方を。

レベッカはとても面倒見のいい猫であった。


広い庭園を足音を立てずに進む。

レベッカは耳を澄ませ、風に乗って運ばれてくる微かな音を探り当てた。


ジジジジジ。


庭園の奥に立つ大きな樫の木の幹。

その少し低い位置でセミが鳴き声を上げている。


狙いを定めたレベッカの瞳孔がスッと細くなる。

姿勢を極限まで低くし、草の陰に身を隠しながら対象へと近づいていく。


獲物との距離を測り、レベッカは後ろ足にぐっと力を込めた。

筋肉がバネのように収縮し、次の瞬間しなやかな身体が弾丸のように宙を舞った。


見事な放物線を描いて樫の木の幹へと飛びつき、払い落とす。

そして前足が落ちたセミを上から抑え込んだ。


ジジッ。


短い悲鳴のような音を立てて、セミがレベッカの肉球の中で暴れる。

だが熟練の狩人の拘束から逃れることなど不可能だ。


ここからが教育者としての腕の見せ所である。

ただ殺してしまっては練習にならない。

生きたままの獲物を持ち帰り、その動きを見せて興味を引かせることが重要なのだ。


レベッカは器用に口を使い、セミの透明な羽の端を少しだけ食い破った。

飛んで逃げることはできないが、地面を這い回って生きの良い動きを見せる絶妙な手加減。


レベッカは微かに震えるセミを口に咥え、満足げな足取りで屋敷へと向かって歩き出す。


屋敷の入り口ですれ違った使用人が、レベッカの口元を見てヒッと短い悲鳴を上げた。

レベッカはそれを「見事な獲物に対する賞賛の声」と前向きに解釈し、尻尾を高く上げてさらに胸を張る。

目指すは主とつがいの男がいるであろう、邸の奥の大きな部屋だ。


開け放たれた豪奢な扉の向こう。

広い応接室には三人の人間が揃っていた。

主であるエリザベス、つがいの男のロンドルフ、そしてその群れの長らしきクロイツという男だ。

彼らは紅茶の入ったカップを手に、穏やかな声で談笑している。


レベッカは音もなく部屋の中へと足を踏み入れ、いち早く愛猫の気配に気づいたエリザベスが笑顔でこちらを振り向く。


「あら~♡ レベッカちゃんお散歩から戻って来たんでちゅか~? 今日も世界で一番きゃわゆいお顔でちゅね~……あら、お口に何を咥えて……」


エリザベスの言葉が途中で不自然に途切れ、思考が停止した。

妙な空気を察し、隣に座っていたロンドルフが不思議そうに首を傾げる。


「どうしたエリザベス。君らしくない」


「ん? 何か咥えているようだが」


さらに向かいに座るクロイツも紅茶のカップを置き、レベッカの方へと視線を向ける。


三人の視線が自分に集中しているのを感じながらレベッカは軽やかに跳躍し、彼らが囲んでいるローテーブルの上へと飛び乗った。


そして中央の空いているスペースに、口に咥えていたものをポトリと落とす。


ブブブブブッ。


羽を少し破られたセミが、テーブルの滑らかな表面で狂ったように震えながら短い音を立てて回り始めた。

飛ぶことはできないが、生き物としての活力は十分に保たれている。

教育用の教材としてこれ以上ない状態だ。


部屋の空気が一瞬にして凍りつく。


エリザベスは声も出せずに固まり、ロンドルフとクロイツも予想外の事態に思考が追いついていないようだ。


その周囲の硬直をよそにレベッカは高く澄んだ声で鳴いた。


「にゃーん」


――ほら、こうやって狩りをするのよ。生かして持ってきたから、あなたたちも仕留めてみなさい!


母猫は子猫に対して生きた獲物を持ち帰って見せ、興味を引かせて狩りの練習をさせるという。

レベッカは今、群れの新入りであるロンドルフたちに対してその役目を果たそうとしているのだ。


沈黙が続く中、エリザベスがようやく気力を振り絞って引き攣った笑みを浮かべた。


「……レベッカちゃんはたまに、こうやって虫を持ってくるんですわ」


彼女の声は震えている。

領地の屋敷でも何度か同じようなプレゼントを受け取った経験があるのだ。

その度に悲鳴を上げそうになるのを堪え、使用人にそっと処理させていた。


「そ、そうなのか……」


「お土産……の、つもりなのか……?」


その推測は半分正解で半分間違っている。

単なる贈り物ではなく、狩りの教習用教材なのだ。


レベッカはテーブルの上に座り、ピンと耳を立てて三人の反応をじっと観察している。


生きた獲物を前にして彼らがどう動くのか。

獲物に興味を示し、仕留める素振りを見せるのか。

それとも怖がって逃げ出してしまうのか。


もし逃げ出すような弱虫であれば、もっと小さな羽虫や動かない獲物から段階を踏んで慣れさせなければならない。

レベッカはそう考えながら彼らの動きに注目していた。


ロンドルフはテーブルの上のセミに向かって、おそるおそる右手を伸ばし、彼は指先で器用にセミの背中をつまみ上げた。


ブブブッと指の間で暴れる虫の感触に、ロンドルフの顔が微かに引き攣る。

だが彼は立派に獲物を捕獲してみせたのだ。

そして彼は自分を見つめるレベッカに向かって、どうにか柔らかな笑みを作って見せた。


「あ、ありがとう……」


レベッカはロンドルフの行動を見て、小さく喉を鳴らす。


――うむ。怖がって逃げ出すことはなさそうだわ。


とりあえずこれでいいだろう。

つがいの男としての最低限の素質は確認できた。


目的を果たし、すっかり満足したレベッカは人間たちへの興味を失った。


彼女はしなやかな動作でテーブルから床へと飛び降りる。

そして振り返ることもなく、再び自分のパトロールの任務に戻るべく部屋の外へと歩み去っていった。


残された部屋にはセミをつまんだまま硬直するロンドルフと、それを見つめる二人の姿。


「……これをくれるために来たのか……?」


「猫の思考は複雑怪奇だな……」


「それがきゃわゆいんですわ! ……虫を持ってくるのはちょっとやめてほしいですけど」


エリザベスはレベッカを心から愛しているが、虫を持ってくるのはやめてほしいなと、割と切実に思っていた。


ロンドルフが立ち上がり、つまんでいたセミを窓の外の茂みへとそっと放り投げてから三人は顔を見合わせ、声を出して笑い合う。


話題は自然とあの気まぐれで愛らしい小さな家族のことへと移っていく。

次にどんなおもちゃを用意しようか、どんな美味しいおやつが喜ばれるか。

三人の穏やかな談笑が広い部屋に心地よく続いている。


今日もベイリーフ侯爵邸は、小さな猫を中心に平和な時間に包まれているのであった――。

猫あるあるを猫視点で。

本当にこんなこと考えているのかは知らないですけど。

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