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猫好き令嬢のすれ違い恋愛模様  作者: 万年亀


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16/17

猫好き令嬢と幸福な未来

路地裏での誘拐騒動が解決し、事後処理もひと段落した頃。


クローニア伯爵家では、エリザベスとロンドルフの間に正式な婚約が結ばれる運びとなっていた。


王都の社交界において名門ベイリーフ侯爵家次男と、中堅ながら確かな財力を持つクローニア伯爵家令嬢の婚約は大きな波紋を呼ぶニュース。


この驚きの展開に誰よりも大きな声を上げたのはエリザベスの親友、アリアであった。


「ええ! ベイリーフ侯爵子息様が血眼になって探していた『レベッカ』って、本当にレベッカちゃんのことだったの!」


あのお茶会で「レベッカちゃんが人間の姿になって恋に落ちたのかも」と冗談交じりに笑い合っていたことが、ある意味で真実を突いていたのだから無理もない。


猫パーティーでの出来事から始まり、名前の勘違いが生んだ奇妙なすれ違い、そして誘拐騒動での劇的な救出劇。


エリザベスの口から語られた事の顛末は、アリアが愛読するロマンス小説よりも遥かに波乱万丈でロマンチックなものであった。


「まさか本当に猫のレベッカちゃんがロンドルフ様とのご縁を繋いでくれるなんて……。事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものですわね」


アリアは信じられないという顔で、エリザベスの足元で呑気に毛繕いをしているレベッカを見下ろしていた。


一方、エリザベスの父であるレイウッドは娘の突然の婚約報告に大層驚きながらもこの良縁を心から祝福していたが、彼は娘を愛する当主として一つの条件を提示した。


「ベイリーフ侯爵家との結びつきは我が家にとって願ってもない名誉だ。だが先方との結納金や式の打ち合わせの時間が欲しい。それに、お前たちはまだ出会って間もないだろう。結婚は来年の予定にして、しばらくはお互いのことを深く知る時間を作りなさい」


可愛い娘が突然、王都でも有数の名門侯爵家へ嫁ぐことになったのだ。

相手の家格や人物像に申し分はないが、あまりにも急な展開に色々な準備が追いつかないのだろう。


それに急すぎる結婚はお互いにとって負担になるという親心からの提案でもあった。

ロンドルフもまた「彼女のペースに合わせたい」と、この申し出を快く了承する事となる。


かくして、王都での華やかな社交シーズンが終わりを告げ、貴族たちはそれぞれの領地へと帰っていく。

エリザベスも一旦クローニア伯爵領へと戻ることになったが、二人の交流が途絶えることはなかった。


クローニア伯爵領とベイリーフ侯爵領は馬車を使えば日帰りで往復できる距離に位置していたため、頻繁な手紙のやり取りに加え、一週間に一度は互いの領地を行き来して交流を深めるという穏やかな流れが定着していった。


エリザベスがロンドルフの元を訪れる際、あるいは彼がクローニア領へやって来る際、彼女の腕の中には必ず愛猫レベッカの姿があった。

この二人の縁を結んだ最大の功労者であり、今や二人の関係に欠かせない大切な家族である。


「今日は機嫌が良いようだな。俺の愛しいレベッカ」


ロンドルフは優しげな声を出しながら、芝生の上をトコトコと歩く猫を抱き上げる。

彼はエリザベスと会う際は必ず同行してくるレベッカを大変に可愛がっていた。

レベッカもまた、彼の手の温もりにすっかり慣れた様子で喉をゴロゴロと鳴らす。


「ロンドルフ様、その呼び方は……」


エリザベスはその呼び方を聞く度に耳の先まで赤く染めてしまう。


『俺の愛しいレベッカ』


彼が夜会を巡り、血眼になって探し求めていた幻の令嬢。

そして彼がエリザベスの名前だと勘違いして熱烈に想い焦がれていた名前。


その名を呼ぶ度に壮大なすれ違いと、自身の恥ずかしい勘違いがフラッシュバックして顔から火が出そうになる。


エリザベスが恨めしそうに上目遣いで抗議するとロンドルフは涼しい顔で、猫の喉を撫でながら答えた。


「ん? 何かおかしいか? 俺はただ、彼女の名前を呼んでいるだけだが」


ロンドルフは猫の額に頬ずりをしながら、涼しい顔でエリザベスに視線を向ける。


そう言いながらも彼は明らかに面白がっている。

普段は真面目で威圧感すらある彼が、エリザベスを前にした時だけ見せる少し意地悪な素顔。


エリザベスは抗議の言葉を飲み込み、ぷいっと顔を背けるしかなかった。


なお、この一連の騒動の裏で、もう一人の『レベッカ』である男爵令嬢のその後についても少しばかり触れておこう。


社交シーズンが終わりを迎える少し前、男爵令嬢レベッカと一度だけ面会する機会があった。


「高位貴族とは住む世界が違うってわかったもの。身の丈にあった男を狙う事にするわ」


どうやら侯爵邸でのやり取りで上位貴族の恐ろしさが骨身に染みたらしい。


「処女じゃないから上位の貴族の男は狙いにくいし、これからはお金持ちの商家の子息辺りが狙い目ね!」


たくましい切り替えの早さである。

彼女なりの貴族社会を生き抜くための処世術なのだろう。


そして別れ際、彼女はふと気になったようにエリザベスに尋ねた。


「ねえ、当主が手紙を全部検閲するのってどう思う?」


「当然ではないですか? 家族とはいえ、下手なやり取りをされては家の評判に関わりますし。未然に防ぐのは当主の務めかと思いますわ」


エリザベスは高位貴族としてごく普通の答えを言っただけなのだが、その答えを聞いた瞬間にレベッカは心底嫌そうな顔をした。


「そっかあ。やっぱり高位貴族は無理だわ」


彼女がどういう意味でその言葉を口にしたのか、エリザベスにはわかりかねるところだ。


ただ、しばらくして彼女が中堅どころの裕福な商家の子息と親しくしているという恋愛話が社交界の端の方から聞こえてきたので、彼女なりに上手く立ち回っているらしい。

彼女の明るく逞しい性格であれば、きっと新しい場所で上手くやるのだろうなとエリザベスは密かに祝福した。


一方で、騒動の元凶であるランデルの末路は悲惨なものであった。


クローニア家への風評被害に加え、自分勝手な欲望のために王都の治安を乱し、人攫いを手引きした罪。

そして何よりベイリーフ侯爵家次男の名を勝手に騙り、女性を弄んだという事実が致命的だった。


ヘイングラフ伯爵家の当主は事の顛末を知って激怒を通り越し、魂が抜けたように白髪を増やしたという。


彼は即座にランデルを勘当して一族から縁を切り、二度と王都の土を踏めぬよう辺境の過酷な騎士団へと強制的に送られることとなる。

甘やかされて育った彼にとって、そこは地獄のような環境となるだろう。


そして事後処理と莫大な賠償金の支払いに道筋をつけた後、当主は三男の不始末の責任を取る形で早々に長男へ当主の座を譲り渡して隠居してしまったのである。


信用を失って資金繰りがまずます厳しくなり、このままでは没落は免れないと思われたヘイングラフ伯爵家であったが、ここで意外な救いの手が差し伸べられた。

ベイリーフ侯爵家だ。


「三男は随分とやらかしてくれたが、私としてもあの歴史ある家に潰れてほしいわけではない。三男以外は普通に優秀で王都の行政において真面目に働いているからな。奴を放逐して誠意を見せたようだし、ついでにうちの派閥に取り込んで手打ちとしよう」


クロイツの判断により、ヘイングラフ伯爵家はベイリーフ侯爵家という強大な後ろ盾を得ることになる。


ヘイングラフ伯爵家は風評被害の慰謝料と不祥事の対応で破産寸前であったが、ベイリーフ侯爵家の強固な庇護と資金援助を得たことにより、皮肉にも財政は何とか持ち直して息を吹き返すことになりそうだ。

貴族社会の力学とは、なんとも複雑で数奇なものである。


そうして季節は巡り、社交シーズンが終わって二か月余りが過ぎたある日。


エリザベスはロンドルフの誘いで、ベイリーフ侯爵領の街の中心部にある大劇場へと足を運んでいた。

今日は彼のお勧めで、侯爵領内で最近流行り始めているという新作の演劇を鑑賞することになっている。


侯爵家専用の豪華な特別席に案内され、エリザベスはロンドルフとともにビロードの椅子に腰を下ろす。


重厚な緞帳が上がり、舞台の上にスポットライトが照らされる。

そして華やかな衣装を纏った役者たちが登場し、物語が幕を開けた。


演目のタイトルが告げられる。

その名は――『レベッカ』。


エリザベスはタイトルを聞いた瞬間、嫌な予感に背筋を粟立たせた。


舞台の中央で、貴族風の衣装を着た男の役者が苦悩に満ちた表情で天を仰ぎ、朗々と声を響かせている。


「おお、レベッカ! 君はいったいどこにいるんだ! これだけ探しても王都のどこにもいない! 君は私の前に現れた、幻の存在だったというのかい!」


その少し離れた場所で、清楚なドレスを着たヒロイン役の女優が胸の前で手を組み、切なげな表情を作って応えている。


「ああ、アイゼンナッハ様……。私が何とか、あなた様の御力になって差し上げたい。でも私の取り柄なんて王都の猫のお店に少し詳しいだけ。それが、あなたの探し人を見つける何の役に立つのでしょう」


ヒロインが悲観に暮れると、すかさず傍らに控えていたメイド役の女優が大げさに涙を拭う。


「ジョセフィーヌ様、なんとお労しい……」


「ニャー」


舞台袖から本物の猫が現れ、タイミング良く鳴き声を上げる。


観客席からはすすり泣きや感動の溜息が漏れ聞こえてくる。

身分違いの恋、探し人を求める貴公子、そして彼を健気に支える令嬢。

大衆受けする王道のメロドラマの要素がこれでもかと詰め込まれている。


その舞台を、エリザベスはロンドルフとともに特等席から観劇していた。


なお、愛猫レベッカも連れてきているが彼女は舞台に早々に飽きてしまい、持参した毛糸のボールで一人遊びを始めている。


「……なにこれ?」


絞り出すようなエリザベスの問いに対し、ロンドルフは涼しい顔で答えた。


「まあ、俺と君の話をモデルにした演劇だな。多少の脚色は加えられているが」


「……これ、やる必要ありました? 正直、物凄く恥ずかしいのですが」


エリザベスは両手で顔を覆い、座席の下に潜り込みたい衝動に駆られた。

自分の恋愛模様が、少し名前を変えられただけで大衆の面前で堂々と演じられているのだ。

羞恥心で身体が燃え尽きそうである。


「あるんだ。まあ、これは俺の不手際が招いた事態なんだが」


ロンドルフは少しだけ困ったように眉を下げ、エリザベスに向き直った。


「ほら、俺は君を……『レベッカ』を探して、今シーズンあちこちの夜会を渡り歩いていただろう? 俺が特定の令嬢を熱烈に求めていることは、王都の貴族たちの間ですっかり周知の事実となっているわけだ」


「ええ、まあ。そうですね」


「だが、最終的に俺が婚約したのはクローニア伯爵家のエリザベスという名の令嬢だ。このままではどうなると思う?」


熱心に『レベッカ』を追い求めていた令息が、夜会で出会って親しくなった『エリザベス』という令嬢と婚約する。

それはつまり――。


「俺は『レベッカ』という令嬢を追い求めていたにもかかわらず、結局見つからなかったから資産家のクローニア家の令嬢に呆気なく鞍替えした、節操のない浮気性の男だという風評が立ってしまう」


「それは……確かに侯爵家の次男としてはまずいですね」


エリザベスも事の重大さに気づく。

侯爵家次男の誠実さに傷がつけば、今後の政治的な信用にも関わってくる。


「だろう? だから実名を変えて演劇の形にし、大衆に向けて『実は名前の勘違いによるすれ違いがあり、探していた女性と婚約した女性は同一人物だったのだ』という事情を暗に示さなければならないんだ。エンターテインメントの形を取れば噂は好意的な物語として広まっていく。情報操作の一環だな」


「なるほど、事情はわかりました。それでは仕方ありませんね……」


エリザベスは渋々ながらも納得し、再び舞台へと視線を戻す。

それにしても二人の心情の変化や猫を交えたやり取りなど、やけに詳細でリアルな描写が多い。


「しかし、よくこの短期間でこれほどの劇を完成させましたね。監修はロンドルフ様が?」


「いや、兄だ」


「え?」


「兄上は俺と君の事情を最初から最後まで全部知っているからな。『私には隠れた脚本の才能があるかもしれん』と、執務の合間にノリノリで筆を走らせて脚本を書いていたぞ」


「監修どころか当主様ご自身が脚本を書いてたんですか……」


王都の中枢を担う若き侯爵の意外すぎる一面。

厳格な当主の顔の裏にそんな隠された情熱があったとは。


「ついでに演劇の影響で、我が領内では雑種猫に対する関心が急激に高まっていてな」


ロンドルフが少しだけ誇らしげに付け加える。


「なんでも『良縁を繋ぐ幸運の猫』として、純血統の高価な猫に手が届かない低位の貴族や裕福な庶民たちの間で雑種の保護猫を飼うことが流行しているんだとか。街の野良猫が目に見えて減っているらしい」


「まあ。それは……予想外のところに影響が出ていますね」


エリザベスの顔に明るい笑顔が咲き誇った。


血統や値段に関係なく多くの小さな命が愛情を受けて温かい家で暮らせるようになる。

どんな猫にも命の輝きがあり、愛される資格がある。

それが少しでも多くの人に伝わっているのなら、この恥ずかしい劇にも意味があったと思えてくる。


「にゃーん」


足元でボール遊びをしていたレベッカが、エリザベスのドレスの裾をチョンチョンと突いて鳴いた。


「あら~、レベッカちゃんもうボール遊びは飽きちゃったんでちゅか~?」


エリザベスは甘い声を出しながら、レベッカをひょいと抱き上げる。


彼女はもうロンドルフの前で猫好きの素顔を隠すことはしていない。

彼がそんな自分の全てを受け入れ、愛してくれているとわかっているからだ。


ロンドルフはそんな彼女の無防備な姿を微笑ましく見つめながら、ふと、もう一つの流行について口にした。


「そういえばもうひとつ。領内では新たに飼い始めた猫の名前に『レベッカ』と名付けるのも流行り始めているようだな。幸運にあやかりたいのだろう」


「まあ、そうなんですの? レベッカちゃんと同じ名前の猫ちゃんがいっぱいだなんて」


エリザベスは少し驚き、そして嬉しそうに目を細める。

自分が愛情を込めてつけた名前が幸運の象徴として広がっていくのは喜ばしいことだが、あちこちの家で呼ばれている状況を想像するとなんだか不思議な気分だ。


「でも……」


エリザベスは腕の中のレベッカの柔らかい額に優しく頬ずりをして、彼に向かって自信たっぷりに断言した。


「同じ名前の子がいくら増えようと、うちのレベッカちゃんが世界で一番可愛いわ!」


「にゃーん」


その揺るぎない猫バカ宣言にロンドルフは声を出して笑い、レベッカもまた主人の言葉に同意するかのように誇らしげに短く鳴く。


どんなに同じ名前の猫が増えようとも、自分にとっての特別な存在はこの子だけだ。


劇場の舞台では二人の恋のすれ違いが感動的なクライマックスを迎え、観客からの割れんばかりの拍手が鳴り響いている。


二人は顔を見合わせ、幸せな未来を予感して静かに微笑み合うのであった――。

本作はこれにて完結です!

今回はあっさり読める恋愛ものを目指して猫主軸でまとめてみました。

猫エピソードはいくつか頭の隅にあるので手が空いたら書くかもしれません。


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