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猫好き令嬢のすれ違い恋愛模様  作者: 万年亀


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14/17

猫好き令嬢と危機

王都の喧騒から隔絶されたように静寂が支配する高級住宅街。

道幅は広く取られ、両側には歴史ある貴族たちの壮麗な邸宅が立ち並んでいる。


この区画は各領地から上京した有力貴族たちのタウンハウスが建ち並ぶ、王都でも屈指の静謐と安全が保たれたエリアだ。


エリザベスは側付きのメイドであるアニスと共に、クローニア伯爵家のタウンハウスへと続く道を歩いていた。

ここはもう自邸の広大な敷地を囲む高い石造りの塀がある場所で、あと少し歩けば見慣れた鉄開きの正門に辿り着く距離だ。


「色々買っちゃったわねー」


「そうですね。購入したお品物は後ほど各商店からタウンハウスへ直接届けられる手筈となっております」


クローニア家ほどの財力を持つ貴族であれば、街での買い物で令嬢自身が重い財布を持ち歩いたり、購入した荷物を自分の手で提げて帰ったりすることはまずない。

全て店側が責任を持って屋敷まで配送し、代金は後日家令を通じて決済される。


手ぶらで身軽な二人の足取りは本来であればもっと弾んでいてもおかしくない。

だが、エリザベスの表情はどこか晴れない様子だ。


今日はベイリーフ侯爵家次男のロンドルフと、思いがけない猫スポット巡りを楽しむことができた。

冷たい容貌の彼が猫を前にして見せる柔らかな笑顔。

自分とこれほどまでに趣味が合い、言葉を交わすのが心地よい殿方がいるのだとエリザベスは素直に喜んでいたのだ。


しかし、楽しいお出かけは突然終わりを告げることとなる。


喫茶店に突如として現れた男爵令嬢の『レベッカ』。

ロンドルフが血眼になって探し求めていた運命の女性。


あの時の光景がエリザベスの脳裏に焼き付いて離れない。


(……今頃、あのお二人は楽しくお話しされているのかしら)


エリザベスは胸の奥がチクチクと痛むのを感じながら、ロンドルフとレベッカが仲良く笑い合っている想像を無理やり彼方へと追いやろうとする。


自分が入り込む隙など最初からなかったのだ。

ただの案内役として少しばかり夢を見させてもらっただけ。

そう自分に言い聞かせて帰路につく足に力を込める。


隣を歩くアニスもまた、主人のそんな複雑な胸中を痛いほど察していた。

だからこそ後の散策では二人を連想させるような話題を一切避け、ひたすらに新しい猫グッズや王都の流行について明るく語りかけていたのである。


二人がそうやって屋敷の塀沿いの道を進んでいた時。

不意に進行方向の路地から、怪しい風体の男がふらりと姿を現して話しかけてきた。


「やあ、お嬢さんたち。ちょいと道を聞きたいんだがね」


よれよれの汚れた上着に無精髭の生えた顔。

貧民街ならいざ知らず、この厳重に警備された高級住宅街にはおよそ似つかわしくない粗野な身なりである。


そして何より、エリザベスたちを見るその目つきが粘着質でいやらしい。

ただ道を尋ねるだけの善意の通行人には到底見えなかった。


明らかに怪しい。

そう瞬時に判断したアニスは主人の身を案じてスッとエリザベスを自分の背後へと下がらせ、男と主人の間に立ちはだかる。


「ご用向きは私が伺います。何用ですか」


「ああ、少しばかり道を聞きたいんだ。ここに地図があるんだが……」


男はアニスの威圧的な態度に怯む様子もなく、自分の腰に提げた薄汚れた袋をごそごそと探り始めた。


アニスはその男の手元の動きを油断なく監視する。

それが罠であった。


「んんっ……!」


不意に背後からくぐもった声が聞こえてきたことで、アニスが弾かれたように振り返る。

そこにはいつの間にか別の男がエリザベスの背後に忍び寄り、力強く羽交い絞めにして口元に分厚い布を強く押し当てていた。


アニスは血の気が引く思いで主人を助けようと手を伸ばす。


「エリザベス様!!」


「おっと、嬢ちゃんも大人しくしな」


アニスの前にいた最初の男が袋を探るふりをやめて素早く彼女の腕を掴み、背中側へ捻り上げるようにして乱暴に拘束したのだ。


メイドの力では屈強な男の拘束を振りほどくことはできない。

たちまち二人とも身の自由を奪われてしまった。


「へへへ、こんな古典的な陽動の手に、あっさりと引っかかってくれてありがとよ!」


エリザベスを捕らえている男が下卑た笑い声を漏らす。

最初から二人一組で前後の死角を突く計画だったのだ。


男たちは手慣れた様子で抵抗する二人を薄暗い路地の奥へと強引に引きずり込んでいく。


二人は背中合わせに座らされ、太い荒縄で手足を素早く縛り上げられてしまった。

口には猿轡のように布が食い込まされ、声を発することもできない。


「んんっ! んーっ!」


「さて、ここまでは手筈通りだが……」


エリザベスを縛り終えた男が面倒くさそうに呟いたのと、ほぼ同時のことである。


「そこまでだ、お前たち! 二人を離せ!」


薄暗い路地の入り口に芝居がかった、やたらと大きな声が響き渡った。

現れたのは――。


(え、ランデル様?)


そこに立っていたのは、かつて縁談を結ぼうとしていたへイングラフ伯爵家三男、ランデルであったのだ。


「僕が来たからにはもう安心だ、エリザベス! さあ、この悪党ども! 彼女たちをさっさと離して、ここから失せろ!」


ランデルは腰の剣を抜くこともなく、ただやたらと仰々しいポーズをとってエリザベスを縛る男たちに向かって指を突きつけた。


いや、剣くらいは抜けよと二人が思った時。


「うるせえよ、お坊ちゃん」


「あぶっ!?」


ランデルの背後から更に別の男が音もなく忍び寄り、太い木の棒でランデルの後頭部を容赦なく殴りつけたのだ。


彼は殴られて思わずその場にバタンと倒れ込む。

甘やかされて育ったランデルはひ弱で痛みにも弱かった。


(ええー!?)


(何しに出てきたんですかね、あの方……)


助けに来た人間が登場からわずか数秒で背後から殴られて一撃で沈んだ。

喜劇の脚本でも没になるほどの展開だろう。


頭を殴られたランデルは涙目で頭を押さえながらも身を起こし、自分を殴った男を睨みつける。


「ど、どういうことだ……! 話と違うぞ!」


「へへへ、俺たちをこんな警備の厳しい高級住宅街の奥深くまで手引きしてくれたことには感謝してるぜ、お坊ちゃん」


「でもよお、あんたのその安っぽい小芝居に最後まで律儀に付き合ってやる義理はねえよな? 俺たちは忙しいんだよ」


「そうそう。お前ら三人をまとめて裏社会で売り飛ばすっつう大事な仕事が待ってるんでな。そこのお嬢ちゃんに暴漢を追い払うところを見せて惚れ直させたかったんだろうが、残念だったな」


どうやら粗野な男たちを雇い入れ、高位貴族の私兵が巡回するこの高級住宅街へ手引きしたのは他ならぬランデル本人だったらしい。


エリザベスを暴漢に襲わせ、そこへ自分が颯爽と駆けつけて悪党を追い払い、恐怖に震える彼女を優しく抱きしめる。

そして「君を守れるのは僕だけだ」とでも囁いて、一度は白紙になった縁談の復縁を迫るという底の浅い三文芝居の筋書きだったのだろう。


だが金で雇われた悪党たちが貴族の安いプライドに最後まで付き合うはずがなかった。

最初から彼らはエリザベスたちを誘拐するついでに、手引きをしたランデルごと売り飛ばして二重に利益を得ようと企んでいたのだ。


雑なシナリオの上に雇った相手の品性を見誤って裏切られるという、まさに自業自得そのものな展開。


エリザベスとアニスは猿轡を噛みしめながら、縄でぐるぐる巻きにされていくランデルの情けない姿を冷ややかな目で見つめる。


「ぐ、くそ……! 雇う相手を間違えたか……!」


ランデルの独白にエリザベスは内心で呆れを通り越し、もはや怒りすら湧いてこない境地に達していた。


(そもそも、やろうとしている手段を根本から間違っているのよ)


こんな男と結婚せずに済んでよかったとエリザベスは心から思う。


そうしてランデルもあっさりと芋虫のように縛り上げられ、口に汚い布を詰め込まれる。

男たちは用意していた大きな木箱の中に三人を乱暴に押し込み、蓋を閉めた。


「よし、このまま用意してた荷馬車に積んで、周囲の警備に気付かれる前にずらかるぞ」


男たちが木箱を担ぎ上げる振動が伝わってくる。

エリザベスは暗い木箱の中で、焦燥感に駆られていた。


(このまま連れ去られたら、本当に厄介なことになるわ……!)


どうにかして外部に異変を知らせなければならない。

だが手足は縛られ、声も出せない。


エリザベスとアニスが焦りながらも男たちが木箱を担ぎ、路地の外へ出た時。

突然、鋭い獣の威嚇音が響いた。


「フシャ――――!!」


「な、なんだこの猫!?」


先頭を歩いていた男が思わず足を止める。

エリザベスは木箱の板の隙間から、必死に外の様子を覗き込むと。


(レベッカちゃん!)


見慣れた小さな影が牙を剥き出しにして男の足元に飛び掛かっている姿があり、エリザベスは心の中で歓喜の叫びを上げた。


猫の聴力は人間の想像以上に優れていると言われている。

そしてレベッカはエリザベスが愛情を注いで育てた、とても賢く主人思いの猫だ。


おそらくタウンハウスの庭で遊んでいたレベッカは、塀の向こうから大好きな主人の足音が近づいてくるのを聞きつけ、お出迎えに行こうとしたのだろう。

そこで主人の足音とは別の複数の男たちの足音と、争うような不穏な気配を察知した。


主人の危機を感じ取ったレベッカは高い塀を身軽に飛び越えて路地へと駆けつけ、そして見知らぬ男たちが主人を連れ去ろうとしているのを見て、小さな身体で果敢に飛び掛かったというわけだ。


「このクソ猫! あっちへ行け!」


男が鬱陶しそうにレベッカを足で払いのけようとするが、レベッカは素早くそれを躱す。


小さな猫一匹の攻撃など大の大人にとっては致命傷にならない。

しかし、その勇敢な行動はエリザベスたちを救うための鍵となった。


「おい、レベッカ様が塀の向こうへ飛び出していってしまったぞ!」


「まずい、エリザベスお嬢様がお戻りになられた時にレベッカ様がいらっしゃらなかったら大変な騒ぎになる!」


「早く正門から出て路地の方へ回りこんで捕まえるんだ!」


すぐ横のクローニア家タウンハウスの塀の向こう側から庭師や使用人たちの慌ただしい声が聞こえてくる。

クローニア家にとってレベッカの脱走は重大な危機なのだ。


声がしてすぐに正門が開いていく。

そして大勢の使用人や警備の私兵たちがレベッカを探して門から駆けつけてくる気配がした。


「ちぃっ! くそ、人が集まってきやがった! 急いで荷馬車に乗せろ!」


誘拐犯の男たちが焦燥に駆られ、レベッカの抵抗を振り切きって彼らが逃げようとした、その瞬間。


一台の馬車が行く手を塞ぐように滑り込み、停車した。


「――どこに急ぐんだ?」


地を這うような低い声が響く。


馬車から降り立ったのは仕立ての良いダークネイビーのコートを翻した、長身の青年。

ベイリーフ侯爵家次男、ロンドルフ・ベイリーフ。


彼の背後からは侯爵家の紋章が入った軍服を身に纏った数名の騎士たちが、剣の柄に手をかけながら姿を現す。


ロンドルフは冷ややかな視線で、男たちを見据えるのであった――。

黒幕が弱い。

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