02 絶望的な状況
もしも私が公爵令嬢としての責務を完璧にこなす人形と入れ替わったとして、誰かが気付いてくれるだろうか。
答えは否。きっと誰も気付かない。
何故なら私は外面だけで、中身の無い人間だからだ。
それはきっと、厳格で愚かな父のせいでも、彼を妄信する母のせいでもなく、私自身の問題なのだろう。
王家の血縁というだけの我が家に名声などなく、それ故に父は功を焦った。国境線上にかかる領地を持つ我がエバースグリーン家は、長く膠着状態にあった隣国との開戦の火蓋を切り、言い掛かりめいた宣戦布告を終えたのちに隣国、グランツ小王国の王都へと踏み入ることになる
――その直後に、最初の武力衝突が起こった。
兵数にして70対200。当然我らが前者側。
無計画甚だしい戦の結果は、惨惨たるものであったらしい。
ただでさえ数で劣っているのに、無謀にも砦攻めを試みた我らの軍は、道中の山間部にて伏兵による奇襲を受け、大将である父が負傷。
フェイスガードを付け忘れた顔面に一太刀受けたショックから、有無を言わさず敗走した彼のせいで、手勢は全滅。
ほとんどは降伏して、小王国側に寝返っただなんて噂もある。
そのツケを、今、私が払わされている。
「ヒメリア~、お嬢様~。親元へ駆けつける最中に討ち死にってなぁ、かわいそうに。涙が止まらねぇやあ」
今夜には小王国へ駆けつけるはずだった早馬の背に身を預けつつ、どうすればこの状況を切り抜けられるかと思考を回す。
目の前の、わざとらしくヘラヘラと口上を述べる男の他に敵は4人。
全員が黒のギャンベゾンを身につけているせいで定かではないが、おそらくその下には(どこぞの軍勢から巻き上げたのであろう)プレートアーマーが纏われている。
対して私の装備は貧弱。
護身用の決闘剣の他に武器は無く、防具も万全とは言い難い。
そして、なにより……
「こんなにちんまい女の子様を、数と体格差でねじ伏せるってのはどんな感じかなぁ……なあ! お前らもきっと気になるだろ!?」
ギャアギャアと耳障りな声を響かせて叫ぶ男たちの中には、一人だけ無言で佇む者もいた。
かなりの長身で、体格も良く、得物はロングソード。髪が伸び放題でぼさぼさなのが気になるが、おそらく彼が指揮官で、その他の下衆は傭兵か何かだろう。
その証拠に、彼らのなかに長柄武器を持つ物は一人としていない。
先程目を付けた指揮官以外は、全員が利き手に片手剣、反対にラウンドシールドを身につけた、自己中心的な個人生存用の装備だ。
――であれば、やりようはあるかもしれない。
そう思って、私は左手の手綱を強く握った。
「駆けなさい、シリウス!!」
乗る早馬を手綱で鞭打ち、腹から張った大声で怯んだ男たちのど真ん中を駆け抜ける。思った通り、大した熟練もない下衆どもは蹄にひるんで道を空ける。
――ただ一人を除いて。
「っ!」
咄嗟に下げたレイピアの腹で振り抜かれたロングソードを逸らす。先程の推定指揮官が、ぬるりとした所作で剣を担ぎ、そのまま疾走に合わせてきたのだ。
相対速度の乗った一撃は信じられないほど重く、私は咄嗟にレイピアを離して、体幹を取り戻すように努めるしかなかった。
「クソッ、逃がすな! 追え!!」
それでもなんとか、街道を走る。走り抜ける。




