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01 気取った言葉遣いの男

 暴力的な朝日に照らされるこの部屋が嫌いだ。

 健康的な毎日を迎えるための気遣いなら、大間違いだから止めてくれと思う。

 しばしば悪夢にうなされたならありがたくも思えるが、今日は違った。


 今日は悪夢を見なかった。

 それなのに、朝日は辛くなかった。


「おはようございます、ミス・ノブレスオブリージュ。お目覚めの時間ですよ?」


 逆光に照らされつつ、ベッドサイドからぬるりと姿を現した黒のギャンベゾン。それと同じ色のさっぱりした散り髪。なにより眠たげに閉じられた下の瞼の、その中にある金の眼がこちらを見ている。


「言葉を換えれば――ヒメリア・エバースグリーン嬢。あなたが気付くまでこうしておりました。早起き勝負は俺の勝ちですね?」


 謂れのない宣言を受けて冴える思考。そういえばコイツはついこの間から、私の部屋に入り浸るようになったのだったか。もちろんベッドの中に入れてやることはないけれど、この距離なら平手も届くだろう。


「おっと」


 ぱちんと音を響かせて張り倒そうとした勢いを殺す黒手袋の五指が、その摩擦を全く伝えずに私の指の隙間に滑り込む。そのままぎゅっと伝わる握力。少し強いけど、その後すぐに優しくなった。


「大丈夫。幻影じゃありません、俺はここにいます」

「知ってます。不敬ですよ」


 甘ったるさすら感じる声色には、砂糖のひと匙すら含まれていない。

 そうでなければ、こんなこと。普通の令嬢は許さない。


「……いい加減、やめなさい」

「もちろん、いやです」


 なにがもちろんだ。予め用意していた返答で、私がなびくと思っているのか。この男は私を見ているようでどこも見ていない。寄り添うでも、突き放すでもなく、ただその場で斜に構えつつ矢を射る精神性が気に食わない。


「では」

 ――だから。

 彼の手をこちらへ引いた。


 小さく声を漏らし抵抗する肩を抱き寄せ、耳と耳、頬と首筋が触れ合う距離で、すうーっと一息。わざとらしく声をかすれさせて、宣言する。


「傭兵なら不意打ちも防ぎなさい――まぬけな、グレン」


 首筋に伝わる呼吸のリズムがピタリと途切れた事を直感し、追撃に入るべくベリーショートの横髪を彼に擦る。さり、と音を立てて透き通るような薄金のソレが窓に映る。


「はは――」

「逃げるな、臆病者」

「ははははは、俺が、臆病者?」

「ええ、臆病者の鶏。チキン野郎」


 今にして思えば、彼の首は酷く冷えていて、手のひらには温もり一つ感じない。どうせ昨晩の私の言いつけ――ベットに触れるなという言葉を律儀に守って、床か壁沿いで寝ていたのだろう。


「私が温めておきました。ベッドを――”使って”いいですよ」

「御冗談を」

「いえ、冗談ではありません。”私は”、水を浴びてきます」

「は」


 もちろん、勘違いを誘う語彙であることは知っている。だからこそ私はコレを選んで、あなたの返答を待たずに立ち上がった――そばから、寝間着の裾を黒手袋に弱弱しく摘ままれる。


「待って」

「どうして?」

「いいから、待って」

「どうして?」

「………………」

「答えなさい? どうして」


 ああ、思考を放棄するというのは中々どうして楽なものですね。相手に合わせて槌を打ち、押し続けていれば強くいられる。

 ――ええ、もちろんあなたのことですよグレン。ソレがあなたの専売特許だと思うなら、随分な思い上がりだと知りなさい?


「上着を」

「…………は?」

「ネグリジェで冬の朝は冷えます。俺の上着を使いましょう?」


 そう言ってグレンはギャンベゾンを脱ぎ、ぴっちりとした黒のシャツを明らかにした――その中から、微かに上がる湯気の幻影。

 筋肉質で、男らしい、身体…………。


「あなたの可愛らしい身体は、目に毒です」


 は。

 ははははは。

 はは。


「ありがとう、グレン」

「礼には及びません。ミス・ノブレスオブリージュ」


 そうして私は部屋を出た。使用人に会わぬようそそくさと、逃げるように。

 それでも、勝負は、引き分けだと、思う。

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