第一話
俺はオリンピックに行く、と聡志と約束したが俺に何か考えがあるわけではない。
部活で体操部に入ればいいじゃんって思うかもしれないが俺が行きたい高校には体操部がないのだ。というか高校の部活として体操があるのところは少ない。俺が住んでいる愛知県にはおそらく10もないと思う。
オリンピックと医者を同時に目指すな!って誰かに怒られるだろうが、目指したいものは目指したいのだ。目指さず、チャレンジせずに諦めるなんて絶対嫌だ。決めたならやめるって言いたくない。
体操に関してオリンピックは*男子は16歳*からで上限はない。だから高校卒業して大学卒業してからでもオリンピックは目指せる。しかしここにはおおきな問題がある。体操というスポーツは若さが勝敗を決めると言っても過言ではない。というか若いうちにどれだけ練習したかにかかっている。
実際オリンピックに出る選手は幼稚園くらいの歳からずっとやっている人がほとんどだ。俺も幼稚園からやっているが、高校、大学と体操に触れていない時間ができてしまうとオリンピックはほぼ不可能。
つまり今すぐにオリンピックに向けて練習し始めないといけない。
で、どこで練習するかだが……。
うーん。
俺はこれからどうしたらいいんだというモヤモヤする気持ちを抱えながら夕食を食べた。
俺が考えながら無言で食べていたら一緒に食べていた母が声をかけてきた。
「そういえば。あんたが体操続けるって聡志君のママから聞いたけど本当?」
聡志早速言いやがったな。ま、親に説明する手間が省けたから楽ではあるけど。
「本当。でも俺が行きたい高校に体操部がないからどうやって続けようかなって考えてる」
「それなら聡志君のパパとママが協力してくれるって言ってたわよ」
「え?」
「だから練習場所とコーチは聡志君のパパとママが協力してくれるって」
そうだった。
俺は思い出した、聡志の親二人は体操教室を運営しているということを。
聡志の親が運営している施設は充実しているけど……でも言ったらものすごく悪いけど聡志の親は人をオリンピックに出場させられる力量はない。
しかしこれには理由がある、教える対象としているのは中学生以下までなのだ。だから仕方ないことではある。
「とりあえず今週末田中体操クラブ行ってきなさい」
「……わかった」
しかし練習場所を貸してもらえるというのはものすごくありがたい。
今週末行ってみるか。
――週末――
久しぶりにここ来たな。小学校低学年ぶりかな。
小学の時はよくここで練習していたっけな。
「奏君!いらっしゃい!」
俺がクラブの前で立ち尽くしていると後ろから聞きなれた声が聞こえた。
振り返るとそこには聡志のお母さんがいた。
「本当に来てくれたの?!ってことは聡志のバカげたお願い聞いてくれるってこと?!」
なるほど。もし聡志のお願いを本当に聞いてくれるならここに来るみたいな話になっていたわけね。
でも俺は本当にオリンピックに行くつもりだ。上等上等。
「はい。聡志に変わって聡志の願いかなえます」
俺の言葉に聡志のお母さんは目を赤くして、口を手で隠した。
クラブに入ると今日はたまたまクラブ自体が休講日だったらしく俺しかいなかった。
しかしここはきれいなところだよな。器具も全部新しめだし。
「こんにちは、奏くん」
俺が器具を目視で確認していたらクラブの入口から田中のお父さんと……聡志?!
「……こんにちは。えーと聡志は大丈夫なんですか?」
聡志は車いすで父親に連れられてクラブに来ていた。
足にはブランケットがかけられていて、足の怪我の調子がどうなのかわからない。でも顔は元気そうだ。
「いや、大丈夫じゃないんだけど……どうしても来たいって言って聞かなくて」
聡志らしいっていえば聡志らしい。
でもなんでここに?
「聡志、なんでここに来たんだよ。安静にしといたほうがいいだろ?」
「奏に話したいことがあるんだよ」
「……何?」
「俺がお前のコーチになってやる。きっと父さんだけでは力不足だから」
その言葉に聡志のお父さんが反応した。
「え?ちょっと、聡志?」
「父さんは黙ってて」
「……」
ちゃんと黙るって、犬じゃん。
「だから、俺が父さんの代わりに体操を指導してやる」
「……」
「俺、中学生ではしないような難しい技も勉強して教えられるようになるから。なんでミスしたかしっかり言葉で表現できるようにするから。俺がお前をオリンピックに連れってやるから」
まさか聡志の泣き顔をこんな高い頻度で見ることになるとはな。
聡志は馬鹿であほで、ムカつくところもあるけど、聡志は嘘だけはつかない。
きっと実現してくれる。
「ああ、頼む。お前が……聡志が、俺をオリンピックに連れて行ってくれ」
俺の言葉に聡志は微笑み、俺に親指の指紋を見せつけた。
「任せとけ」
というわけで、俺には同い年のコーチができたのでした。
*男子は16歳*についてですが実際は18歳からです。