第5話 強盗開始
「じゃ、今から中に入って説明を――」
「――おーい!」
俺の声でも七瀬の声でもない、かなり陽気な女性の声が聞こえてきた。
コンビニに向かって右側に視点を動かしてみると、アロハシャツを着た金髪ロングのキャラが近づいてきていた。半ズボンにサンダル、そしてサングラス。まさに陽キャ、といった感じだ。
「お前ら、このゲームに詳しいか!?」
「まあオレはそうだが……」
「おっ、その声は七瀬じゃんか! ボクに強盗のやり方を教えてくれよ!」
一人で十人分くらいうるさい声。俺の眠たくさせる声とは正反対だ。……ていうか一人称は『ボク』なんだ。どちらかと言えばオレっ娘だと思ったのだけれど。
「このうるさい感じ……お前か。そうか、お前も初心者だったのか」
「そうだよ! ずっと一人でさ、どうすればいいのか分かんなかったんだよ!」
「ふむ。……ナイ、こいつも一緒に教えたいんだが、問題ないか?」
俺以外にも初心者がいるのは当たり前のこと。断る理由はない。
「うん、大丈夫だけど……ええっと、お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
「おいおい、言葉が堅いなあ、おじさん!」
「あ? おいテメエ何歳か言ってみろよ」
口に出してから気付いた。まずい。リスナーに対してキレる時と同じノリでキレてしまった。
……まあいいか。おじさんって言ってきたのは相手の方だし。
「え……この人怖いよ……。七瀬、助けてぇ……」
「普通にお前が悪いからな?」
「そんなあ……」
さっきまでの少年っぽい言葉遣いから急に変わって、かなり弱々しくなった。そんな反応をされてしまうと、キレる気もなくなってくる。
ちなみに俺は今年で26歳。高校生の頃に配信で呟いてしまったので視聴者にはバレている。ネットリテラシーなんて知らなかったんだよ……。
「では、気を取り直して。俺に名前を教えてほしい」
「分かったぞ!」
一度、長めの深呼吸が聞こえて。
そして。
「ボクの名前はウラ・ギル! 絶対に誰も裏切らないから安心してくれ!」
と、堂々と言った。
「「……」」
俺も七瀬も黙ってしまった。名前からして裏切る気満々じゃないか。
なのに、裏切らないって……。
「ん?何かあったか?」
「お前の配信者名は『ウラ』だけだろうが。金魚の糞みたいな変な物を付けるな」
ウラ……知らない名前だ。どんな人なのか、何も知らない。
……いや、たった今、少しだけ分かった。
「もしかして、裏切らないっていうのが嘘だと思っているのか!? ボクはこれまでの人生で一回も嘘をついたことがないんだぞ!」
「「うーん……」」
一瞬でこれほどまでに信頼度をマイナスにできる人を初めて見た。『ヤバすぎw』みたいなコメントが大量に流れている。
「ナイ、こんなやつだが無視するわけにもいかないから、その」
「俺は大丈夫だよ」
教える側の七瀬が辛い気がするけど……。
「ボクを仲間に入れてくれるってことでいいのか?」
「仲間かどうかは知らんが、とりあえず教えてやる」
「やったあああああああ!」
「うるさいぞ……オレの耳を潰す気か……」
ちなみに七瀬の表現は誇張ではない。思わずイヤホンを外してしまうほどには大きい声だった。
「そんなんじゃまたナイにキレられるぞ」
「うっ、それは嫌だ……ちなみに名前はナイでオッケー?」
「フルネームだとハジメ・ナイだよ」
「なんかあれだな。アムロ・レイみたいだな」
「どこが? 文字数と最後の一文字だけじゃない?」
「ちょっとモノマネしてみてくれよ!」
「む……」
俺の発言は無視。そして、雑な無茶ぶりを振ってきた。こんな扱われ方をされるとイライラが増してくる。
「できないし、やるつもりもない。ていうか、今までどうやってそのトークスキルで配信者やってきたの? なめてんの? ふざけてんの? 俺の名前をバカにしてんの?」
「いや、えっと……その……ごめん……ボクが悪かったよ……」
声がどんどん小さくなっていく。
やべ、少しやりすぎたかも。……でも、このウラという女が悪いわけだし。別にいいか。
そんなところで七瀬が話を切り出した。
「さあ二人とも、そろそろコンビニ強盗を始めようか。ウラはピストルを持ってるか?」
「ああ! さっきアセラから買ったぜ!」
ウラの立ち直るまでのスピードが早過ぎるのはさておき。
アセラ、というのは配信者のことだ。あまり配信者に詳しくない俺でも知っているほどの有名人。
そんな大御所を呼び捨てにするとは。ウラは友人なのだろうか。……いや、こいつは誰でも呼び捨てにするタイプな気がする。
そう思っていると。
「……あー、お前やっちゃったな」
七瀬の憐れむような声が聞こえてきた。
「え? どうしてだ?」
「それ、何円だったんだ」
「100万だ!」
「最初の所持金全部じゃねえか。ぼったくりの転売に決まってんだろ」
「え? ……嘘だろおおおおおおおお!」
さっきよりもうるさい絶叫。コメント欄を見ると、『ごめん、何も聞こえない』と主張している人がいた。鼓膜が破れたのだろう。可哀そうに。
「ナイもアセラさんには気をつけろよ」
「そうは言われても、誰がアセラさんなのか知らないんだよね」
名前は知っているが、それ以外は何も知らない。声を聞いても分からないだろう。
「お前を車で轢いたやつがいるだろ。アレがアセラさんだ」
「あー……」
あのヤバい人か。あんなにヤバイことをするのに大御所なのか。その事実にびっくりだ。
「……まあピストルがあるなら何でもいい」
「だよな! 強盗で儲ければ全部解決だしな!」
「そういうことだ。まずは中に入れ」
三人のキャラがコンビニに入っていく。日本のコンビニとは内装が少し違うが、大差があるわけでもない。見慣れた光景だ。
「コンビニ強盗は本当に簡単だ。レジにいる店員のNPCにピストルを向けて脅す。その後、レジをピストルで壊して、現金を回収する」
「……それで警察から逃げる、ってこと?」
「そうだ、ナイ」
やることはかなりシンプルなように聞こえる。
「今から大事なことを説明する。強盗が開始するタイミングについてだ。それは警察署に通報が入った時。通報により警察官たちは強盗が起きていることを知り、現場に向かい始める」
「……それって大事なの?」
「ああ。通報が入る前はゆっくりできるが、入った後はそうもいかない。ダラダラしていると警察が到着して包囲されるからな。今回みたく銃撃戦をせずに逃走する場合は特に急がないと」
「なるほど……」
通報が入る時と、撤収までのスピードが重要。また新しいことを学んだ。
「おい、待ってくれ!」
突然ウラが声を上げる。
「撃ち合わないのか? ボクはピストルをぶっぱなしたいんだけど!」
俺は撃ち合いに自信がないから逃走を選択したようなものだけど、他の人たちが皆そうであるわけではないだろう。銃を撃ちたいという人も少なくないはずだ。
「別にやってもいいが、厳しい戦いになるぞ? 警察はアサルトライフルを持っている」
「え、アサルトライフル? ……やっぱボクも逃げるぜ!」
「ビビったな?」
「びびびびびびビビってねえし! うるさいぞ、七瀬!」
正直、撃ち合いことになったらどうしようと思っていたため、かなり安心した。……にしてもアサルトライフル、ねえ。警察なのに強すぎない? 特殊部隊の間違いじゃ? まあゲームだから許されるんだろうけどさ……。
「話を戻すぞ。通報が入るタイミングについて説明していたわけだが、そのタイミングはやる強盗によって異なる。コンビニ強盗の場合はレジをピストルで壊した瞬間だ」
「……ってことは、店員を脅すだけなら通報は出ないんだな!」
「そういうことになる」
レジを壊したら急がないといけない。逆に壊す前ならゆっくりしていいということ。そのうちに準備を済ませるのが良さそうだ。
「……オッケー、全体の流れは何となく理解できたよ」
「じゃあ実際に店員を脅してみよう。とりあえずナイに先にやってもらおうか。店員に銃口を向けるんだ。……おっと、武器の構え方をまだ教えてなかったな」
「うん、教えてくれる?」
「もちろんだ。まずはインベントリをBキーで開いて――」
続く七瀬の指示に従い、1キーを押すだけで銃を持てるようにした。
……おかしいな。
「七瀬」
「なんだ?」
「なんか説明がスムーズ過ぎない?」
相手のことを考えるのが苦手だったはずだけど。
「あー……アレだ。有能なリスナーに説明するべきことを全部書き出してもらったんだ」
「へー、そりゃすごい有能だね。俺の視聴者とは大違いだ」
コメ欄が俺への抗議で埋め尽くされている気がしなくもないが、それは無視して1キーを押す。
すると、俺のキャラがポケットからピストルを取り出した。
「その状態で左クリックを長押しすると照準が映るから、それを店員のNPCに向けるんだ」
「こ、こう?」
言われたとおりに左クリックをする。画面の中央に十字マークが映っていた。おそらくこれが照準というやつなのだろう。
「これを動かして……」
照準を重ねると、店員は両手を上げた。脅したことになっているみたいだ。
「そこで右クリックを押す」
「分かった」
「と弾が出ちゃうから気を付けろよ」
「言うの遅いって」
コンビニ内に銃声が響く。店員は頭から血を流して倒れていた。
「おいおい、何やってんだよ。殺人はかなり重い罪だ。捕まった時のリスクがデカくなるから、無駄に殺さないようにしろよ」
「それは分かったけど、今のは俺は悪くないでしょ。七瀬の言い方が悪かった。わざとだよね」
「それはどうかな。ははは」
「……ちっ」
一瞬だけマイクをミュートにして舌打ちをする。久しぶりに笑われた。そうか、笑われるのってこんなにイライラするものだったのか。あまり人と話さないから忘れていた。
「あ、あれだな! ナイスヘッドショットだな!」
「は? バカにしてんの?」
「ひぃっ……」
慰めようとしたのか知らんが、煽りにしか聞こえなかった。俺がキレたことに関しては何も悪くない。ウラが悪い。
「まあ金は奪えるから問題ない。レジの近くでFキーを押したら金の回収ができる」
またFキーだ。どうやらFキーはかなり便利らしい。
「それはボクがやるぜ!」
ウラのキャラがレジの方へ。……店員の死体を踏みまくってるけど、別にいいか。
そして、数秒経った頃。
「回収完了だ!」
「じゃあ撤収しよう」
こちらに来てからたった数分。三人で店外に出た。