第2話 最悪のゲームスタート
「おお……」
視界に広がるのは大都市の風景。立ち並ぶ高層ビルとマンションの工事現場。それらに囲まれた広場の中央で、俺が作ったキャラクターがぽつんと立っていた。
「アメリカの都市を再現してるらしいけど、作りこみがすごすぎない? 最近のゲームってここまでできんの?」
ジジイ臭いことを言ってしまったけど、マジですごい。
広場にはたくさんの歩行者がいて、少し遠くの方に目をやると車が走っているのが見える。空では雲がゆらゆらと漂っており、そこにヘリが一台飛んでいた。一つの都市を完全再現していると言っても過言じゃない。
さらに、画質も良ければ音質も良い。歩行者の足音などが、かなりのリアリティーと共に聞こえてくるのだ。
「すごいね、マジで……」
と、驚いていたのだけれど。
「……あれ、ここまでびっくりしてるのって俺だけ?」
『驚きすぎw』『いったん落ち着け』みたいなコメントが大半だった。どうやら俺がいつもやってるゲームと違いすぎるだけみたいだ。
「そっか……。まあいいや。とりあえず動いてみますか」
俺みたいなゲーム音痴のために、この企画を運営してくれている方々から電子説明書がメールで配られていた。おかげで操作方法はある程度分かっている。
キャラの移動に使うのはWASDキー。視点は三人称で、マウスで見る方向を動かすことができる。PCゲームの常識らしいけど、慣れていない俺は難しく感じた。
「うーん……時間が経てばもう少しマシになるかなあ。ひとまずやるべきことをやらないと」
さっきも言った通り、このゲームの良いところは自由なこと。だけど今回、土里さんからとある職業をやってくれないかと提案されていた。
「なんかね、俺、ギャングのボスをやるんだって」
そう言った途端、コメントが急速に流れ始める。『やめとけ』『辞退しろ』『役不足だ』。
「え、ちょ、待って待って。とりあえずそこのバカ、役不足の使い方間違えてるぞ」
流石に少し動揺してしまう。え、ギャングってそんな大事な職業じゃないよね? ちょっと悪いことするだけでしょ? なんか銃を、こう、パンパーンって撃つだけじゃないの?
……よく分かんないし、深く考えるのはやめよう。未来の俺に丸投げだ。
「とにかく、ギャングのボスをやるんだけどさ。なんかサポートしてくれる人がいるらしいんだよね」
その人から話を聞けと、電子説明書に書かれてあったんだけど。
「どこにいるか分かんない……」
どうやら自力で探すしかないみたいだ。キャラを動かして、広場の中を散策する。
灰色の石タイルが地面に並んでおり、中央には大きな噴水があった。
「こんなに人が多いってことは、最初にログインしたときは皆ここに来るってことか」
明らかにNPCではない挙動をしているキャラクターがたくさんいたため、そう思ったのだ。『そうだよ』といった肯定的なコメントがいくつかあったし、間違いないだろう。
「でも声が聞こえないんだよね……設定をミスってるのかな」
Escキーを押して、ボイスチャットの設定を確認する。
「あ、オフになってる」
すぐにオンへと切り替えると、話し声があちこちから聞こえてきた。
「うわ……すっごい日本語だ」
キャラの見た目はアメリカ人なのに、聞こえてくるのは日本語だけ。かなり違和感があった。
「……これで話せるようになったし、情報収集しよ」
まずはサポート役の人がどこにいるかを探さないと。配信者が操作していると思われる男性キャラに近づいて声をかけようとする。
しかし。
「あ、あのー。す、すいませ」
「やべ、逃げないと」
その男性キャラはすぐにどこかへ走り去ってしまった。
「……え? ウソでしょ? なんで?」
臭かったとか? 確かに昨日は風呂に入らなかったけど。あ、これ配信者あるあるだから。普通のことだから。俺が異常ってわけじゃないから。
ていうか、ゲームの中じゃ関係ない。
「ちょ、みんな分かる?」
視聴者たちに尋ねてみる。しかし、こいつらは答える気がないらしい。『コミュ症とは会話したくないってさw』などなど……後で全員BANしてやる。
「なんでだ……」
考え込もうとしたが、その答えはすぐに分かった。
別に何かを思い付いたわけじゃない。モニターを眺めていたら気付いただけ。
……あの人は俺から逃げたんじゃない。俺の後方から急接近してきている黒い車から逃げたのだ。
「え」
避けないと。そう思った瞬間にはすでに、俺のキャラは車に撥ねられてしまった。
「ぼふっ」
ふっ、俺も配信者の端くれ。少し変だがリアクションを取ることができた。流石は俺だ。
……いや、そんなことはどうでもよくて。
俺のキャラクターは広場の外まで吹っ飛んで、車道の上で横になっていた。
「……マジかよ」
ゲーム開始早々に事故の被害者になるなんて思ってもみなかった。こんな運の悪いことってあるのかよ。
そう困惑していたところで、女性の声が聞こえてきた。
「なあ、アンタ」
俺のキャラを撥ねた車がすぐ近くまで来て停止し、運転席から女性のキャラが降りてくる。話しかけてきたのはこのキャラを操作している人で間違いなさそうだ。
スーツ姿で、真面目そうな雰囲気を出している。おそらく謝罪してくれるのだろう。……絶対に許さないけどな。ギリギリ放送禁止レベルの悪口を言いまくってやろう。
と思っていたが、全く予想外の言葉が聞こえてきた。
「もっと良い鳴き声を聞かせてくれへんかなあ?」
「……は?」
「ぼふっ、て。屁とちゃうんやからさあ」
「え、なに、俺が悪いの?」
全く理解ができない。関西弁でなんてことを言ってるんだ、この女の人は。
「しゃーない、別の奴を轢くかぁ」
そう言って車内に戻ると、他のキャラクターに向かって突撃し始めた。
「おらあ!」
「なんでよおおおおおおおおおおおおおお!」
「うひゃひゃひゃひゃ! 良い音鳴るやないか!」
ふむ、そういうリアクションが正解だったのか……って違う違う。芸人みたいな反省をしている場合じゃない。
また撥ねられるかもしれないし、早くここから離れよう。
「って、あれ?」
しかし、キーを押してもキャラが動かない。仰向けで寝転がったままだ。
……まさか。
「死んだ、ってこと?」
コメント欄に目を向ける。『そう』『死んでる』『気付くまで遅すぎて草』……そうか、死んでたのか。
「あれ、これってマジでマズイ状況じゃない?」
事前にもらった説明書には、死んだら救急隊に蘇生されるまで何もできないという記載があった。だけど、例の車が周囲で暴走しているせいで、誰も俺のキャラに近づくことができない。
……もしあの暴走車がこの場を離れなかったら、ずっと死んだままになってしまう。
「え、ちょ、どうしたらいい?」
リスナーたちを頼ってみる。しかし。
「『お疲れ』『また明日』『おやすみ』じゃねえよ。たまには俺に協力しろ」
こいつらは全員敵だった。思わず口調が荒くなってしまう。
……完全に八方塞がりだ。手の打ちようがない。
「誰か、助けてくれないかなー……」
と、誰にも届くはずもない願望をぼそっと呟いてみた、ちょうどその時。
一人の男性キャラが近づいてきているのが視界に入った。
ボロボロのコートを羽織り、汚れたブーツを履いている。そこにひげの長い渋めの顔が合わさることで、クールなおじさんの見た目になっていた。
「……この人、轢かれたいのかな。バカなのかな」
「助けに来てやった人に言うことじゃないだろ」
しまった。癖の独り言が出てしまった。




