第1話 配信開始
「こんばんはー」
時刻は午後6時ちょうど。マンションの一室、薄暗い6畳ほどの部屋にて。大きめのパソコンデスクの前で椅子に座っている俺は喋り始めた。だが、ここにいるのは俺一人だけ。
じゃあ独り言なのか。……それは違う。
話し相手は数百人。目の前にあるマイクに拾われるこの声は、視聴者に向けて発したものだ。
俺は今、生配信をしている。
「こんばんはー、こんばんはー」
といっても、アイドルのライブとか、そういう生配信じゃない。俺がやってるのはゲーム配信だ。
ゲームをプレイしながら視聴者とコメント欄(略してコメ欄)を通して会話する、そういう配信。ここ最近は、配信者同士でお喋りしながらゲームをする、ということも多いらしい。
……俺はずっと一人だけど。
そう、俺は誰ともコラボすることもなく。
『あのジャンルのゲーム』の腕前とリスナーとの会話で、少ない人気を維持しながら。
顔出しをせずに10年間、ひたすら配信をしている。
……10年。長い年月ではあるが、生活するために同じ仕事を10年続けているだけのこと。他のサラリーマンとやってることは変わらないし、驚くべきことではない。
「いつも見ていただきありがとうございますー」
目を向けているのは、2台あるモニターのうち小さい方。いわゆるサブモニターというやつだ。そこにはコメ欄が表示されており、リスナーたちが書き込んだコメントが流れている。
コメント、つまりはただの文字列だ。音声は流れない。どのコメントに反応しているかを視聴者が分かるために読み上げる必要がある。
「『いつもは見てないぞ』」
その後、思ったことを口に出す。
「いちいちウザいなあ、マジで」
もっと強く言い返して喧嘩になる時もあり、それが俺の配信の名物だったりするのだけれど。いったんこんなもんで許してやろう。
「『いつもと違ってめっちゃ喋ってない?』……いやいや、いつもこれくらい喋ってますよ」
そうは言ったものの、流れるコメントは『は?』『急に陽キャぶるな』『もう喋んな』ばかり。
「うるさいうるさい、俺の配信のコメント欄だぞ。BANしてやろうか」
適当に脅せばこいつらは静かになる。『すいません』『ごめんなさい』と、すぐに謝り始めた。
……まあ、嘘と言われてしまうのは理解できる。基本は静かにゲームして、休憩している時だけリスナーと会話するのがいつもの俺の配信だ。
実際、今日することは普段とは違う。
「こほん……これから三日間は特別編みたいな感じで、普段やらないゲームをしまーす」
コメ欄では『おお!』と喜んでくれる人が少数。……そう、少数である。
「『特別編でもその人を眠くさせる声は変わらないんだな』。キミのドブボイスよかマシだね。へへ」
『睡眠導入ボイスとして利用してます!』ってコメントが来たときはマジでキレそうになったことを思い出す。が、今はそんなことはどうでもいい。
「で、わざわざ特別編って言ったのには理由があるんだよね。いつもは俺が一人で『あのジャンルのゲーム』をやってるだけじゃん? そうじゃなくて、今回は全く別のゲームで、色々な配信者の人たちと関わることになるんだ」
俺がそう言うと、さらにコメントが流れる。
「『コミュ症のお前にはキツイだろ』。……あ? どうせてめえもコミュ症だろーが。調子に乗るなよ。反省したならさっさとそのコメントを消せ」
コミュ症とか陰キャとか、まるで俺が人と関わるのが下手だと言いたいかのようなコメントにはキレる。それが俺だ。ちなみに演技ではなく、マジでキレている。気分が悪いときはBANしている。
……言っておくがコミュ症ではない、はず。大学生の頃は友人が何人かいた。今は一人も連絡取ってないけど。
「『なんでお前ごときが企画に呼ばれたんだ?』。キミよりは人気あるからだと思うよ。あはは」
と殴り返したものの、俺が呼ばれたのは運がよかっただけ。この企画の主催者である土里さんに、先日開催されたゲームのイベントで声をかけられたのがきっかけだ。
……せっかく呼んでもらったから参加はするけど、真剣にはやらないかな。
他の配信者とゲームをする以上、どうせ仲良しこよしでやることになるし。わざわざ誰かとバチバチでやり合うなんてことは起きないはず。
その一方で、俺がゲームに求めているのは一つだけ。本気で戦うことによって生まれる緊張感だ。……この欲望が満たされることはなさそう。
やっぱり、あまり気は進まないなあ。
「さてと……」
リアルタイムで俺の配信を見てくれている人数(同時接続者数、略して同接と呼んだりする)が頭打ちになってきたところで、この三日間だけプレイする予定のゲームを起動する。メインモニターにはゲームのタイトルが映し出された。
オンラインアクション、オープンワールドゲーム。『RED HEIST』。
紹介文によれば、このゲームはメタバース系。
プレイヤーは自分だけのオリジナルキャラクターを動かし、このゲームの世界の中で、現実とほとんど同じように生活することができる。
他のプレイヤーと仲良く交流するも良し、警察になって治安維持に努めるのもよし、大犯罪者として悪行の限りを尽くすのもよし、レストランで平和に働くのもよし。
自由にやりたい放題できる。それがこのゲーム最大の特徴だろう。
「……え、なにこれ」
タイトルが消えた後、俺の視界に入ってきたのは、キャラメイクの画面だった。
ここで作ったキャラを操作することになるのだろう。
「こういうの、やったことないんだけどね」
顔立ちを細かく調整することができるみたいだ。ずっと『あのジャンルのゲーム』しかやっていなかったが、そのうちに最近のゲームはかなりレベルが上がったらしい。
……すごいのは分かるけど、俺にとってはどうでもいい。緊張感は生まれないし。適当でいいや。
「……こんなもんかな」
5分程度で出来上がったのは、中途半端なキャラクター。目元口元はちゃんと整っている。しかしそれ以外に言えることがない、普通という言葉がよく似合うキャラだった。
「で、名前も入力しないといけないのか」
『ハジメ・ナイ』とキーボードで打ち込んだ。
これは俺の配信者名だ。本名である『無藤一』が由来で、漢字表記にすれば『一・無』になる。
……高校生の頃に適当に考えた名前だけど、自分によく似合っていると思う。
10年近くやっている『あのジャンルのゲーム』の大会で、一度も一位を取ったことが無いのだから。
……というか、ゲーム以外でも何かで一位になったことはこの人生で一回も無い。
なんなら第一志望の大学には落ちたし。ことごとく『一』とは縁のない人生だ。
「……ログインしよ」
自分の過去を考えても仕方がない。さっさとゲームを始めないと。
ログインボタンを押し、数秒のロードが終わり。
そして、ゲームが始まった。
読んでいただきありがとうございました。
面白いと思ってくださった人は、お手数ですがブックマーク登録や下の⭐︎の色を染めていただけると非常にありがたいです。感想も募集中!
できるだけ高頻度で投稿を続けていきます。よろしくお願いします〜