また、同じ夢を見ています。
人は夢と現実の区別がついているようで、案外それが曖昧なのだと私はよく思う。
例えば、授業中寝ているとき。これは悪い例ではあるのですが、授業中寝ていた人は共感があるはず。うとうとしてはっと目を覚ますと、普通に授業を受けている。しかもそれが現実で受けている授業だったらなおさら区別がついていないことになるでしょう。これ実際は夢なのですが、その人は自分が眠っている事も知らずに、真面目に授業を受けている気になっているのです。そして授業終了の号令が出されます。気持ちは休憩に入っていますが、そのとき、体全身に電撃が走ったような衝撃が身体中に駆け巡ります。そしてその人は夢から覚めるのです。そして、現実の世界ではまだ授業が続いています。その人の頭はきっと混乱するでしょう。『果たして今までのはなんだったのか』と。一体全体今までの授業はなんだったのかと思うでしょう。それが、人は夢と現実の区別がついているようで、案外それが曖昧だと私が思う由縁なのです。
突然、スマホから着信が来ました。相手は私の意中の人。有希からでした。
『あっ、友之。今どこいる?』
キャピキャピとした彼女独特の声。電話越しでも癒されます。皆さんもそうではないのでしょうか。意中の人の声というのは、どの人の声を聞くより、どこのネットで無数にある癒される系のASMRを聞くより、癒されるのではないのでしょうか。
「今は、家にいるよ。今日はなにも予定も無かったし。別にやりたい事も無かったしね」
私はそう答えます。そうすると、彼女が少し神妙な声になりました。
「そう。じゃあさ。ちょっとお願いがあるんだけど……」
なんだなんだ。そう思い私は話を進めます。
「実はさ、今ちょっと困ってて。友之の家からちょっと遠いけど、東三日月町のコンビニまで来てくれない?」
困ってる。その言葉に私は反応します。一体彼女になにがあったのでしょうか。もしやナンパとか。そんな悪い予感も考えてしまいます。
東三日月町。私の家があるのは三日月町。そして私と彼女が通ってる学校があるのが東三日月町。まあ学校に向かう気持ちで行けば遠いもなにもありません。私はすぐに行くと言い電話を切ります。すぐに外に出て、自転車に乗って東三日月町へと向かいました。恐らく彼女は下校途中なにかしらの用事で、コンビニに入り、そこでトラブルに巻き込まれたのでしょう。私は自転車を一生懸命に漕ぎながらそう考えました。
私がそのコンビニに着いたとき、ちょうど彼女から電話が来ました。
『着いたね。ちょっと中入ってイートインコーナーに来てくれない。そこにいるから』
私は言われた通り中に入りイートインコーナーに向かいます。実は私は、この頃最近のコンビニにイートインコーナーがある事を、その時初めて知りました。お恥ずかしい話ですが、私はあまりコンビニには行かない人だったので。
そんな事はさておいて、私は彼女の背を見つけます。
「有希?どうした?」
私はなにかもの寂しげな彼女の背にそう問いかけます。すると彼女はパッと振り向き私の顔を見て、なにかひと安心したような微笑みを浮かべます。
「どうした?有希。なにかされたか?」
「いや……。そうじゃなくってね……」
そう言って彼女は言葉を続けます。ですが、その言葉は私の想像を裏切りました。まあ良い言い方で言えば安心したが適当でしょう。
その言葉とは……。
「実はお金足りなくなっちゃってさ、五百円、貸してくれない?」
でした。私は安心のような呆れのような顔をしました。彼女の手元にはライターと線香。そしてバウムクーヘンがありました。私はなにか引っかかることがありました。ですがそれが一体なんなのかはよくわかりませんでした。私はその一物を感じながら、恐らく深層心理では気づいていたのでしょうが、それを暗殺しました。
私は彼女に五百円を貸し、彼女と一緒に外に出ました。彼女は着いてきてと言って、私の手を掴みました。
「線香とか買ってたけどさ、どこ行くの?」
彼女はその問いには答えませんでした。
「ねぇ。ちょっとーー」
その時、彼女のシャツが所々赤い液体に染まっているのを見つけました。
私が不思議に思っていると、彼女は振り向き、私の真正面に立ちました。
そして彼女の目からは静かに涙が溢れました。
「ねぇ……。まだ覚めないの……?」
「えっ。覚めないってなにが……」
私は彼女の後ろにあるそれを見て、はっとしました。深層心理で暗殺した一物が一気に表層心理へ浮かび上がりました。
彼女の後ろにあったのは、供えられた線香と花。そしてバウムクーヘンなどの菓子でした。
「私はね……。事故に遭ってもう死んでるんだよ」
「へっ?死んでる?いや、そんなはずだったら今俺の目の前にいる有希は?一体誰なの?」
そう言うと彼女は、泣き腫らした顔を声で
「そんなの夢だよ!もういい加減目を覚まして!私は交通事故に遭ってこの場所で死んだの。半年も前に!」
私はその言葉を頭の中で何回も反芻しました。そして、だんだんと彼女の身体が透けている事に気づきました。
「そんな……そんな。だって、だって君は……」
「わかってる。気持ちは分かるよ……。突然私が死んで、いなくなっちゃって、夢でもいいから会いたいとか。信じたくないとか。気持ちは痛いほど分かる……。」
さらに彼女は続けます。
「だけどもう見てられないの!友之がずっと私のことを悶々と考えて、夢にまで、幻まで見て。かわいそうなの……。」
そう言うと彼女は私に近づき、今にでも背景と溶け込んでしまいそうなその身体で、私を包み込みました。彼女はほんのりと線香の香りがしました。それが、もう彼女はこの世の者ではない事を、私に痛感させました。涙が溢れました。塩辛い涙が口の中に入り込みます。嘘だと頭は思いたいようですが、もう私の表層心理も深層心理も、完全に彼女が死んだ事を理解していました。
「じゃあね。友之。もうこれからは絶対に、ばいばいだよ」
彼女の顔から落ちる涙が、彼女の背景にある夕陽に照らされてきらきらと輝いています。もうそのくらい、彼女は背景と溶け込んでいました。
「待って!せめて最後に……。」
私はまだ掴める彼女の手に触れ、こう言いました。
「大好きだよ。これからも……ずっと」
そして、彼女はこう言いました。
「何回も言われたよ。そんな顔をした君に、何回も。ありがとう。友之……」
彼女はそう言って、完全に溶け込んで消えてしまいました。
残ったのは私と、彼女が買ったライターと線香。そして、彼女の好物であったバウムクーヘンでした。
私は線香に火をつけ、バウムクーヘンを捧げ、彼女の冥福を祈りました。
そして、私はこう思いました。
人は夢と現実の区別がついているようで、案外それが曖昧なのだと。