第2話
ベルとマリアンヌが仲睦まじく歩いている姿を後ろから眺める。
今まででしたら、嫉妬やら色々な感情で心がモヤモヤしていましたけれど、もういっそそのまま仲良く生涯を終えてしまえばいいのにと思ってしまいますわ。
もうベルもマリアンヌに差し上げますし。
頭痛の後から心がすっきりした私は令嬢らしからぬ、手を大きく振り大股で歩きながら大聖堂から出る。
結局マリアンヌはベルに言われても医者を呼びに大聖堂から一歩も出ませんでしたし、それを咎める様子も殿下にはありませんでしたから死んでも気にもかけなさそうですわね。
まぁ、どうでもいいですけれど!
「あ~すっきりすっきり!」
腕を回しながら日が新緑を照らす庭へとでる。
「ふっ」
大聖堂の入り口から出てすぐ、誰かに鼻で笑われた。
誰です、私の今を笑った人は!
そう思いながら声の方をギロリと睨みながら見れば、そこには一人の男性が腕を組んで壁に凭れて立っていた。
美しい顔だとは思いますが、まぁ私の好みとは、随分……ドンピシャなのかもしれませんわね。
見れば見るほど自分の顔が熱くなっていくのがわかりますわ。元のタイプはキリッとしたベルのようなはっきりした顔立ちが好みでしたのに。
この殿方はまるで逆で、目はスッキリとした一重に色白の肌、高い鼻に薄い唇。
ですがこんな人物、王宮で見かけたことありませんわね。でもこの顔、先ほどの記憶の人物によく似ていますわ。
銀の髪に青い瞳。ベルよりも高い身長ですらっとした手足に、がっしりとした体。同一人物を疑ってしまいそうなほど似ていますわね。
「お初にお目にかかります。私、イルローゼ・デアギュートと申します」
「あぁ知っている」
知っている?私はあなたのこと見たこともありませんが。知らない殿方に一方的に知られているのは気分が悪いですわ。
気分は悪いですけど、こんなに美しい殿方でしたら、そう考えると自然と頬が緩んでしまう。
「兄がよく世話になっている」
殿方は目を伏して、何かに頷きながらそう言う。
兄?兄。兄!?ベルの弟、アイザック殿下ではありませんか!?この国の第二王子であり、二つ名が仮面の貴公子!
「もしかして、アイザック殿下でふか?」
あぁ!恥ずかしい!高揚し過ぎて上手く口が回りませんわ!
「ふふっ、そうです。お久しぶりです、義姉上」
優しく微笑むその顔に、私の心臓は高鳴ってしまう。
し、心臓がうるさい!
常に私を追ってくる視線に恥ずかしくなりながら、激しい心臓の鼓動に耐えながらも再会を懐かしむべきだと思いアイザック殿下の幼い頃を思い出す。
あはは、御立派になられましたわ~。前は私の後ろをついて回るような子でしたのに。
「何年振りですか、アイザック殿下。お久しぶりです」
取り繕うような笑顔をする。
「社交界もパーティーも全て欠席していましたから、数年振りですね」
そう、このアイザック殿下は社交の場には一切顔を出さないことで有名なのだ。
洗礼された顔立ちはベルと同じく幼い頃からで、仮面の貴公子というのは表に現れない美しい殿方、ということで令嬢たちがそう呼んでいるようなのだ。
私が初めてアイザック殿下にお会いしたのはいつでしたか、忘れてしまいましたわね。小さい頃はベルに夢中でしたから。
「ところで、なぜ目を合わせてくれないのですか?義姉上」
先ほどから熱い視線を送られているのに気づかないわけがない。気づかないように振る舞っていたのだ。
「逆にですが、なぜアイザック殿下はそんなに私を見つめるのですか?勘違いされてしまいますよ?」
「困りません。むしろ本望です」
「見ないでください……」
私は殿下から遠ざかるように身を退け反らせた。
「なんでですか?」
覗き込むようにして私の視界を殿下の顔でいっぱいにする。
どんどん私の顔は暑くなり、ついには目頭に涙が溜まってしまう。
「見ないでください!心臓が破裂してしまいます!」
私はベルという婚約者がいながら、アイザック殿下に一目惚れしてしまったのだ。
「破裂しては困りますから、じっくり見るのは控えますね」
私を揶揄って満足したのか、にんまりとした笑顔を見せるアイザック殿下。
その笑顔を見てさらに顔が熱くなってしまう。
「そうしてください!」
もう私、ベルに興味がなくなったのかしら。こんなに心臓がドクドク鳴るのは久しぶりですわ。
こんな生活もうやめにしようかしら。
ベルとマリアンヌの関係も、きっとこうやって常にドキドキが止まらないような関係なのですわよね。
「アイザック殿下…私、ベルと婚約破棄したいです!」
「は、はい!?」
青色の瞳をまんまると開き、とんでもないという表情をする殿下。
私の雰囲気が変わったことを察知したのか、おふざけな流れは断ち切られた。
「もう意思は固いです。誰にも止められません。そういうことですので、アイザック殿下、私とお友達になってくださらない?」
ベルとマリアンヌが私利私欲のために私を巻き込んだんですから、私も私で自由にこの王宮で生活させてもらいますわ。
この顔の良いアイザック殿下とお近づきになって、あわよくば恋仲になれたらベルに仕返しができると思いますの。
表に出てきたアイザック殿下には申し訳ないですが、利用されてくださいな。
「え、あ、はい」
「ではこれから、友人として仲良くしてくださいませ」
私はアイザック殿下の前に手を差し出す。殿下は私の差し出した手に自身の手を交わそうとする直前、ピタリと止まってしまう。
不思議に思い私はアイザック殿下の顔に目をやると、ばっちりと目が合う。
こちらから見てしまった以上私から目を逸らすわけにはいかず、沈黙の中数秒見つめ合う。
アイザック殿下はついに沈黙を破る。
「友人……いや、戦友と呼んでください、義姉上」
「ほえ?戦友?」
戦友?私はどこか戦にでも出かけるのかしら。
「はい。兄上との婚約破棄のお手伝いをさせてください。そのためでしょう?僕と友人になろうとしたのは」
ちょっと勘違いされているようですけれど、まぁどのみちそうなっていたでしょうし殿下と仲良くできるのでしたら問題ありませんわ。
「えぇ、話が早くて助かりますわ」
二人は握手を交わした。