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第12話

 ドレス選びから数日が経った夜。いつもと変わらぬ一日を過ごし、いつも通り寝台で眠りについた。

 ふかふかのベッドに暖かい布団、それにくるまれて寝ていたはずの私は今真っ白な空間に修道着を着た女といる。白く冷たい床に一人布団に入ったままの姿で真っ白な床に寝転んでいる。その周りで、修道着の女が一人でぶつぶつと何か言っている。


「ほら、ちょっとだけ起きてよ~」 


 私は頬をかなり強く引っ張られる。痛みは感じるし、五感は生きていて頭は起きているのに体が動かせないのだ。声も出ないし指一つ動かない。唯一動くのは瞼だけ。


 女は私の側にしゃがんで体のあらゆるところを突いた。その時の表情は口をとんがらせて眉間に皺を寄せていた。

 この顔、どこかで見たことありますわ。


「ま、いいや!寝たままでもいいわ!かわいい子ちゃん」

(え、普通にどなたです?)


 声を出そうと思っても出なかった。口も動かないし、当然か。

 どうしようか迷っていると、女は少し首を傾げて「うーん」と呟いた。


「私はあなたたちの言う大聖女かしら?」


 まるで私の心を読んだかのように返事が返ってきて瞼を最大限まで開いた。


 信じられない。信じられないけど、死んでもなお力を使えるんだとしたら信じるしかないわ。あ、今思い出しましたわ。大聖堂に飾ってある肖像画にそっくりだわ。そっくりと言うより本人そのものね。


「あ!そうだった、あなたは何もできないのよね。久しぶりだから忘れてたわ~」


 手のひらに拳をポンッと跳ねさせ、けらけらと笑っている。

 こっちは動けなくて困っているんですけどね!


「ごめんなさいね、勝手に入り込ませてもらってるのよ。珍しく私のドタイプの男性が来たから」


 語尾にハートでも浮かんでいるように、大聖女は高揚している。頬に手を当て体をうねうねと動かしている。その頬は少し赤くなっている。


「貴女が聖堂で見た記憶は私のもので、男の方はただの私好みの騎士よ。好みが変わったのは私と記憶が少し混濁してしまったのかも弊害があったらごめんなさいね」


 弊害は別にないしむしろ救われたくらいですけれど、どれだけ影響力が強いのよ。私の好みを変えてしまうほど、その殿方への気持ちが強かったということなのかしら。


「まぁ、好みの男性が来たって言うのは半分嘘ね。ただあなたに力があって、私もあなたに興味があったからよ。そう!半分はあなたの所為でもあるのよ!」

(私に力?)

「聖女としての力が半分ね。まぁ、発動に一定の条件があるみたいだけど、愛さえあれば乗り越えられるわ」


 聖女としての力って、光魔法の力が少しあるってこと?私、魔法なんて生まれてこのかた使ったことなんてありませんわ。

 でも、マリアンヌの前で使ってあげたいですわ。あの女の唖然とした表情を、想像するだけでゾクゾクしますわ!大聖女を名乗っていたやつに一泡吹かせられるなんて夢みたい。一定の条件というのを探し当てて、痛い目見せてやるわ。


「あら?もう潮時ね」


 そんな野蛮なことを考えていたら、大聖女は上を見上げてそう言った。

 目を最大限まで天井の方に向ければ、白かったはずの天井が段々と暗くなってきた。


 大聖女はこんなに早いとは思わなかった、という表情で焦り交じりの声でしっかりと叫んだ。


「手元に気を付けて。なんかあったら愛が何とかしてくれるわ!――」


 他になにか言っていた気がするが、途中で大聖女とあの空間もろとも砂のように闇に消えた。


 目覚めるとカーテンの隙間から一直線に伸びる日が私の顔元を照らしていた。


「変な夢ね……」


 ゆっくりと体を起こして冷える床を素足で歩いてカーテンを自分で開ける。

 

 いつもより早く起きてしまったわ。いつもなら誰かに起こされて慌てるのが私だが、今日はどうやら違うらしい。


 そう、今日は待ちに待った公爵家のパーティーの日。ドレス選びから数日が経ったこの日になってもベルからは何一つ知らせの手紙や伝言もなかった。悲しいと嘆きの感情は生まれてこなかった。

 もう関わっていただかなくても結構なのですけれど、一応婚約者のですから、パーティーの手紙くらい寄こしてくれてもいいのに。


 そんなことを考えながら立って外を眺めていると、静かにゆっくりと扉が開いた。


「珍しい……」


 エミリーが扉から顔を覗かせる。紫の髪は後ろで一つに束ねて、髪色に合った紫のドレスに身を包んでいる。装飾品でさえも紫一色で、日に照り映える。

 エミリーもきっと公爵のパーティーに呼ばれているのだろう。男爵家の人間なのだから当然よね。それかパートナー呼ばれた線もあり得るわ。後者の方が確率は高いわね。

 

「うん、おはよう。エミリー」


 エミリーは侍女に朝食を持ってこさせ、食べている間にてきぱきと侍女に湯浴みと着替えの支持を出していた。私は黙々と朝食に手を付ける。


 ドレスを選び終わって帰城した日、私はわざわざエミリーに殿下のことを報告しなかった。エミリーも何も聞いてこなかったし、どうせ殿下から何かは聞いているだろう。


「じゃあ、私も行かなきゃなので会場で会いましょう」


 湯浴みの途中でエミリーはそう言った。

 早起きしてよかったみたいね。随分嬉しそうな顔を見て安心した。

 

「えぇ、会場で話せたらね」


 エミリーは軽い足取りで部屋を後にした。

 

 私はテキパキと準備を済ませて、部屋で殿下の迎えを待った。


 昼頃殿下は私の部屋を訪れた。

 いつもとは一味違う殿下にドキドキしながら会場に向かった。


 馬車の中でじっくりと殿下を観察する。

 上げられた前髪に、私のドレスの色に合わせたコーデ。耳にはルビーのピアスかしら。

 当たり前に顔は美しい。 


「ローゼ、綺麗だ」


 向かいに座る殿下は照れながらそう言った。

 

「ありがとうございます……殿下も美しいですわ」


 私もつられて照れてしまう。

 その空気感を何とかしようと思いついた言葉を言った。

 

「いざ、戦場へ!ですわね」


 私は拳を高く突き上げた。


「えぇ、戦闘開始と言ったところでしょうか」


 ベルに私たちの仲を見せつけに行きますわよ!ついでにアイザック殿下の美しさもひけらかしに行きましょう!




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