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太陽と月の砂時計がある街~魔法玩具師ニザの冒険~  作者: ゆめあき千路


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その九十七:旅客船〈リュデア号〉の現在

 奥さまとノエミお嬢さんは図書室から出て行ったが、ぼくはトニオさんに聞きたいことが残っていた。


「トニオさん。マルセノ親方ご夫妻は、もうヴェネチアーナ共和国にはいらっしゃらないんですね?」

「ああ、そうだ! 言うのが遅くなって申し訳ない……」


 トニオさんは気まずそうに視線をそらしたが、予想済みだったから驚きもしなかった。

 先に渡されたロミさんとヨルナさんの手紙に夢中になって後回しにしてしまったけど、僕にとって重大な問題には変わりない。

 マルセノ親方とおかみさんは、僕が海賊に(さら)われたあとも、〈リュデア号〉に乗っていたのだから。


「海賊に襲撃された数時間後、〈リュデア号〉は我が国の軍艦に保護された」


 僕が海賊船へ連れ去られた数時間後、近くを通りかかったヴェネチアーナ共和国海軍の軍艦が、漂流していた旅客船〈リュデア号〉を保護した。


「しかし〈リュデア号〉と乗客は、もうヴェネチアーナ共和国にはいないんだ」

「それは、この国での必要な手続きが済んだから、目的地へ出発した、ということですか」

「そうなんだ。難民ではないから、いつまでもこの国に留まるわけにはいかないからね」


 ちなみに〈リュデア号〉が出発を急いだのには理由がある。乗客のほぼ全員が、船会社のある終着点の国までどうしても急ぎたい事情があったのだ。


 簡潔に言えばお金の問題である。


 乗客のほとんどが、手持ちの現金や宝石など、船に持ち込んでいた財産の大半を海賊どもに強奪された。〈リュデア号〉もまた、航海に必要な積み荷や食糧を根こそぎ奪われ、一時航行不能にされた。

 そんな困窮(こんきゅう)(きわ)みにある被害者に対し、ヴェネチアーナ共和国海軍は、海賊をそくざに討伐(とうばつ)する確約はできなかった。


 持ち歩いていた財布すら奪われた乗客には、ヴェネチアーナ共和国から当座の救済金(きゅうさいきん)として、この国の通貨で一定額の現金が給付された。だが、全財産を奪われた人もいるのに、これからの生活に足りるわけがない。


 しかし、救済金の当てはもうひとつあった。

 船会社からの保証だ。


 海賊から財産を奪い返すのは難しくとも、旅客船にはこの境界世界の国際海運法によって船舶保険(せんぱくほけん)が掛けられていた。


 海賊被害に遭った乗客への賠償は、保険金が下りるのだ。


 それはいったん〈リュデア号〉を所有する船会社へ支払われる。被害に遭った乗客が一刻も早く賠償金を手にするには、船会社がある国で手続きするのがもっとも早い。


〈リュデア号〉がヴェネチアーナ共和国海軍基地に停泊していたのは一ヶ月。


 ヴェネチアーナ共和国はこの階層にある境海世界の国際海運法に加盟している。被害者が海軍基地で海賊による被害届を出し終えるや、〈リュデア号〉は大急ぎで出発したのだった。


「そうでしょうね。僕もそうしますよ」


 僕はおおいに納得した。一刻も早くお金をもらって安心したい気持ちは、よくわかる。


「ちょうどそのタイミングで、私のところへ父から〈赤い冠島〉から単独で脱出してきた少年がいるという情報が届いたんだ。その少年が〈リュデア号〉の乗客の話と一致するかを調べにきたってわけだよ」


 トニオさんはヴェネチアーナ共和国海軍と海賊との歴史を簡単に話してくれた。

〈赤い冠島〉が海賊の国となったのは、いまからおよそ四百年前の戦乱の時代だ。


 ヴェネチアーナ共和国はちょうどその頃にできた。おもに海運業で繁栄した商人の国であり、ドージェと呼ばれる優秀な元首のもと、多くの船主が船と共にヴェネチアーナ共和国に参加して、国家としての形を整えていった。


 海運業で商売しているヴェネチアーナ共和国にとって、いちばんの悩みのタネは海賊だった。ヴェネチアーナ共和国海軍は、最初は自国の商船を護る護衛船から始まった。


 海賊船を一隻拿捕しても、海賊は消えない。ことに〈赤い冠島〉の海賊は、島の国家ぐるみでの海賊家業だ。その海賊船の数はヴェネチアーナ共和国海軍には劣れども、小国家の艦隊並みである。まともに戦えば大海戦となり、多数の犠牲者を出すだろう。


 以降四〇〇年間、ヴェネチアーナ共和国海軍は時間を掛けて〈赤い冠島〉を調べ、海賊の王国を解体する機会を待っていたのである。


 それがいまから二ヶ月ほど前、〈赤い冠島〉の海賊船が壊滅状態にあると情報をつかんだ。ヴェネチアーナ共和国海軍は大急ぎで大艦隊を編成し、出発した。


 こうして大艦隊は〈赤い冠島〉を包囲し、海賊の王国はついにその罪深い歴史の幕を閉じたのだ。

 囚われていた人質は全員解放された。


 すでに身代金と引き換えに解放された人たちもいたが、まだ半数以上が残っていたそうだ。その女性と子ども達はヴェネチアーナ共和国海軍によって保護され、海軍基地で家からの迎えを待った。


 ロミさんとヨルナさんは、いちばん最後まで海軍基地に留まっていたそうだ。

 その理由は、なんと、この僕だった。


〈赤い冠島〉からひとりでいなくなった僕のことを基地司令官に何度も話して、捜索して保護するように、粘り強く要請してくれたそうだから、ありがたいかぎりである。


 二人が帰国したのは、この国での保護期間が終わったからだ。行き先のない避難民ではないので、さらに滞在するなら、滞在費用はすべて自費になる。そこまでして留まったとしても、僕の消息がわかる保証はない。


 でも、いよいよ帰国するという二日前になって、奇遇にもトニオさんが訪れ、僕に関する情報を交換できたわけだ。

 僕らは再会できなかったけど、お互いの無事がわかっただけでも幸運だった。


 マルセノ親方ご夫妻が行方不明という最悪をのぞいては。





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