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その九:理由と原因と、そこにいたる誤解

「キノヤ親方に娘さんがいるのを知っているね?」


カトルス雑貨店のオーナーであるご大老は店員に品物の会計をまかせ、その間に知っている事情を話してくれた。


「ええ、ノエミお嬢さんですね」


 僕が用事で本館へいったり、夕食に招かれたときに顔を合わせる程度しか知らないけど。


 キノヤ親方は五人家族で子どもは三人。上二人は男ですでに成人して家を出ており、ノエミお嬢さんは三番目の長女で末っ子。キノヤ親方が目の中に入れても痛くないほどかわいがっているという、評判の小町娘だ。


 とても親切なお嬢さんで、僕と本館で会うと、僕の洗濯済みの服が入ったカゴを持ってきてくれたり、別館へ持って帰って食べるようにと、袋に入れた焼き菓子やクッキーを渡してくれたりする。

 おかみさんがそうやって職人へのおやつを用意しているので、ノエミお嬢さんも職人へのそういった気遣いができる人になったんだろう。


 そのノエミお嬢さんは、一ヶ月後に十七歳の誕生日を迎える。

 その日キノヤ親方の家では盛大な誕生パーティーが開かれる予定だ。町の親しい人たちがお祝いを持って集まるという。


「日頃から付き合いのある家は皆お祝いを持って行くんだ。テノのご両親も来るが、テノ本人は招かれていない」


 ご大老も招待されているという。招待客の大半は、贈り物をカトルス雑貨店で購入する。お金に余裕がある人は店に置いていない品物をカタログで注文したりするが、この町の雑貨店はここだけだ。招待客が増えるほど、同じ品物が贈られる確率も増える。


まあ、買い物するのがこの町の店だけだとそうなるな……。


 そんな理由で贈り物が余ることもあるが、贈る方も受け取る側もそこは心得ていて、お互いに不問にする。あとで親しい友だちへ分けるとか、花の聖母教会へ寄付されるそうだ。

 その教会からは、場合によってはカトルス雑貨店へ買い戻しの打診がくる。品物は現金に引き換えられ、貧しい家庭の援助や、恵まれない子どもがいる児童保護施設へ寄付されるという。


「おそらくテノは、たまたまきみが店から出てくるのを見かけて、ノエミお嬢さんへの贈り物を買いに来たと思ったんだろう。きみが気の利いたプレゼントをしてノエミお嬢さんに気に入られたら一大事と考えたのではないか……と、私は思うね」


 それならあの言葉の意味もわかる。

 ただの鉛筆とノートを見たテノは「こんなもの、何の値打ちもない」と言った。彼の考える値打ち物の基準はわからない。だが、テノは金持ちだ。僕から巻き上げたかったのは、お金以外の何かなんだろう。


「でも、テノさんもキノヤ親方の家具工房の住み込み徒弟だし、キノヤ親方のお祝いごとなら、贈り物を持って参加するでしょう?」


 工房に住み込みで働く職人は、熟練工だろうと新米だろうと家族のようなもの。工房の親方が行う年中行事はむろんのこと、ご近所さんが参加する家族のお祝い事に出ないなんて、よほどの理由がなければ考えられない。


 ご両親は参加するのに、その子でキノヤ親方の徒弟であるテノが招かれていないとは、いったいテノは何をしたんだろう?


「テノがキノヤ親方の家族が住む本館に、出入りを禁止されている理由は知っているかね?」

「たしか、本館に来たときキノヤ親方に失礼なことをして怒られて、それ以降の出入りを禁止されたとか……?」


 この話を見習い職人のエルヒさんから聞かされたのは、僕が家具工房で働き出した初日の夕方だった。


 今考えるとその日の僕は、職人頭のバンさんとエルヒさんと一緒に本館での夕食に招かれていた。


 テノだけがけっして本館へ招かれない奇妙さに僕が気づく前に、エルヒさんが気を回して教えてくれたんだ。

 テノは、キノヤ親方に失礼な態度をとったことがあるので出入り禁止になっている。そんな簡単な説明だった。テノは午前中、初対面の僕と一悶着(ひともんちゃく)おこしたばかりだった。きっとキノヤ親方にもそういうたぐいの無礼を働いたのだろうと、僕は勝手に解釈していた。


 いま思えば、エルヒさんにしてみたら人間性に問題があれど、テノは同じ家具工房で働く仲間。

 僕の方は来たばかりで、善人か悪人か、真面目な働き者か怠け者かすらも判断できない新参者。

 テノに気をつけろと警告するにせよ、同僚の悪口に聞こえるような話はまだできなかったんだろう。


「あれはテノがキノヤ親方に入門して、しばらくした頃だった。キノヤ親方の夕食に招かれたテノは、夏の休暇で学校から帰省していたノエミお嬢さんに目をつけたんだ。自分はいずれ家具卸売商の大店の主人になる、ノエミお嬢さんの結婚相手にふさわしい人間だから、今から結婚を前提に付き合おうじゃないか。――と、嫌がるノエミお嬢さんの腕を掴んで言い寄ったそうだ。それも本館の廊下でね。そこをちょうどキノヤ親方が通りがかったというわけだ。あの温厚なキノヤ親方が、その場でテノをぶん殴ったそうだよ」


「あのキノヤ親方が!?」


 体力勝負の職人が多い業界では、よく腕っぷしに物を言わせるのを好む人がいるが、キノヤ親方はそんなお人ではない。一緒に働いていると、なんとなくその人の人となりというものがわかってくるものだ。いまでは僕もテノが要注意人物というのが骨身に染みてわかっているように。


「それで、テノさんはよく破門されませんでしたね!?」


 テノがまだ働き続けているのが驚きだ。さすがに破門はされたくないから、心を入れ替えて必死で謝ったんだろうか?


「テノがどんなふうに謝罪したのかまでは知らんが、立ち入り禁止が解けていないから()して知るべしだろう。テノの父親はキノヤ親方の古くからの友人で、この町の旦那衆だ。その妻、つまりテノの母親の実家はキノヤ親方の遠い親戚筋にあたる。血の繋がりはないが、テノはキノヤ親方の親戚というわけだ」


 テノが破門されず実家へも返されない理由は、キノヤ親方がテノのご両親から、テノをまっとうな職人に鍛えて欲しいと頼まれて預かった子どもだからか。


 テノは仕事の終わった後や休みの日には、いつもあの五人の友だちとつるんで町をぶらついているそうだ。全員が富裕層の子どもなので小遣いには不自由していない。町の飲食店でどれだけ飲み食いしようと、高価な服を何着仕立てようと、すべて実家へ請求されるから、お金に関しての問題はこれまで起こっていないそうだ。


 僕はもう一度ご大老にお礼を言い、紙袋を抱えて雑貨店を出た。

 そのあとはどこへも寄らず、まっすぐキノヤ親方のお屋敷へもどった。


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