その八十三:魔法の道行き
僕らは話しながら、休みなく足を動かしていた。
ロミーナ王女は、婚礼用の真珠で飾られた華奢な白い靴を履いている。こんな小石だらけの道にはじつに不向きだが、ドレスの裾を両手で大胆に掴みあげ、僕と同じくらい大きな歩幅で歩いていた。
ロミーナ王女に名を訊ねられた僕は、歩きながらも畏まった。
「僕は、ニザと言います」
「わたくしはロミーナ。西の海の帝国の王女です。よろしくね、魔法使いのニザさん」
ロミーナ王女は僕より少し背が高いので、僕を見下ろす目線で軽く会釈した。
「いいえ、ただのニザです。職業は魔法玩具師ですが……。まだ親方の元で修行中の身です」
するとロミーナ王女はとても不思議そうに、僕を見つめた。
「ニザさん、あなたは偉大な魔法使いの弟子ではないの?」
「いいえ、そもそも僕は、魔法使いではありません。ただの魔法玩具師なんです」
「あら、だったら、魔法使いは間違いではないでしょう。魔法玩具師は魔法使いですもの」
ロミーナ王女が自信たっぷりに言い切ったので、僕の方が驚いた。
「魔法玩具師をご存じなんですか?」
「もちろんよ。魔法玩具師といえば、すばらしい芸術品を作り出す魔法使いのことだわ。だから魔法玩具師は立派な魔法使いだわ」
ロミーナ王女の生きた時代にも、魔法玩具を作る職人がいたのだ。魔法玩具師の歴史なんて聞いたことがないけど……。
「わたくしの知っているのは、フェルノ親方にミザリアス親方、トゥーラ・マルセリーノ親方……。いずれも芸術家として名高い魔法使いだったわ」
「マルセリーノ? ちょっとマルセノ親方に似た名前ですね」
「あら、〈マルセノ親方〉なら知っていてよ。境海世界でも偉大な魔法使いのひとりとして五指に入る方だわ」
ロミーナ王女は僕の生きている今から、四百年以上過去に生きた人だ。僕の師であるマルセノ親方は――いくら長生きでも、四百歳以上ではないだろう。
「まさか……。だって、ロミーナ王女は昔の人でしょう?」
言ってから、こんな若くて美しい女性に『昔の人』なんて言い方は失礼だったかも、と慌てて口を押さえた。
僕の困惑を読み取ったロミーナ王女は、逆にいたわりを込めた目で僕を見つめた。
「わたくしが死んでからずいぶん時間が経ったのね。わたくしの生きた時代でも、偉大な魔法玩具師は、すぐれた弟子達がその名を受け継ぐという伝統があったわ。だから長い時間のあいだに、同じ銘を記した作品が複数あっても不思議ではないわ」
「あ、そうか。代々受け継がれた工房の名前ですね!」
魔法玩具師の伝統があるなら、その発祥の地は境海世界のどこかだ。
マルセノ親方だって、親方になる前は師について修業した期間があっただろう。マルセノ親方が生まれ育った故郷はこの境海世界なんだ。
マルセノ親方以外で僕の知っている魔法玩具師は、数人の兄弟子くらいだ。兄弟子達は皆、僕が弟子入りする何年も前に一人前になって独立して、遠い国で自分の工房を持ったと聞いた。
あの頃は、マルセノ親方の言う〈遠い国〉がどこのことかわからなかったけど、いま思えば境海世界のことだったのかな……。
「だからニザさん、貴方は自分のことをただのニザなんて言ってはダメよ。自分の身元を明かす場合には〈魔法玩具師マルセノ親方の弟子のニザ〉と名乗るべきだわ。それは貴方が正当に受け継いだ魔法の肩書きであり、魔法の力を持つ銘でもあるの。いつか貴方が魔法使いとして名乗らなければならないときは、そうなさい。それが境海世界の流儀よ」
それからロミーナ王女は「ただし」と付け加えた。
「魔法使いに害をなすような愚か者はめったにいないけど、どんな魔法使いにも危険なことは山ほどあるわ。この先、貴方を魔法使いと知らずに侮る者たちに会うことがあるでしょう。そのときは彼らに利用されないように気を付けなさい。貴方は美の創造者であり、無から有を生み出す者。貴方の魔法の手は、魔法を使えない人間からすれば、この世に降りた神々にも等しい存在に見えるのだから」
僕は気を付けると約束した。
初めて知り合う人には、信頼できる人とわかるまでは、けっして魔法玩具師とは明かさないと。
僕らは白く輝く道で、まるで光が追い風となって背中を押してくれているように、楽々と進むことができた。
「魔法に掛かったみたいに速く進めますね」
「ええ、たしかにこれも魔法だわ。さすがは偉大な魔法使いが大地へ掛けた護りね。この道にいるかぎり、いかなる生者も死者も、わたくしたちを害することはできないわ」
物見の塔はあっというまに見えなくなり、僕らは塔の上から見えていた森のような場所に入った。
ランタンが置かれていたのは森の入り口までだった。
だが、北への道は森の中でも明るく輝いていた。
それはランタンの光とはまったく異なる、大地から湧き出す純粋な光だった。
「白い小石の道……」
地面の白い輝きは、まるで道に白く光る小石が敷き詰められているかのようだ。
そうだ、僕は〈職人の館〉で、大工のマテオさんからこの道のことを教えてもらった。
秋分の日を挟んだ前後三日間、森の中の白い小石の道を行けば、北の入り江へいけると。




