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太陽と月の砂時計がある街~魔法玩具師ニザの冒険~  作者: ゆめあき千路


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その八十二:ロミーナ王女

 僕は銀の花のネットから降りて、安全な地上を踏んだ。


 そのとたん、ネットはフワッと風に浮いて、一瞬にしてすべての編み目がゆるんでほどけ、ちりぢりに飛び散り、風に溶けていった。


 だが完全に消え去る前、その中央付近から小さな銀光が一筋、僕をめざしてまっすぐ飛んできた。

 金の茎をもつ銀の花が一輪。僕の襟元にピタッと貼り付いて、たちまち刺繍の模様へ吸い込まれていった。


「これ、おかみさんの刺繍(ししゅう)の……?」


 そういえば銀の花は、この刺繍された花と同じだった気がする。おかみさんお気に入りの花のモチーフで、他には無いオリジナルな意匠だったはずだ。


「シャーキス、これはおかみさんの魔法なのかい?」

「るるっぷ? ボクにはよくわからないのです。でも、その刺繍が関係あるのはわかります。おかみさんは魔法使いですから」

「え? そうだったの?」

「るっぷりい~? いまさらなにを? 親方は魔法玩具師ですが、お家にあったいろんな魔法の道具を作られていたのはおかみさんなのです! ご主人さまはほんとに気がつかなかったのですか、ぷい?」


「だっておかみさんは、優しくてきれいなふつうのひとだったし……。だいたいうちに魔法の道具があったなんて知らなかったよ」


 僕がそういうと、シャーキスはくるんと空中でひっくり返って逆さまになり、ジタバタ手足を動かした。


「ご主人さまはときどきおかしなことをいうのです、ぷい!」


 いきどおりを表現しているらしい。


「なんでだよ? だってうちは普通の家庭だっただろ?」

「るっぷりい、ご主人さまがおかしいのはおいといて、そんなことより、緊急なのです、大急ぎるっぷ!」


 シャーキスはくるんと回転して、僕の目の前にずいと(せま)った。


「お忘れですか!? ご主人さまは魔法のお船に乗るのでしょう?」

「そうだった!」

「るっぷりい! 今夜はいろんな魔法が働いています! はぐれたら困るので、ボクは夢の中に隠れます!」


 シャーキスは消え、走り出そうとした僕は、ふと,視線を感じて、物見の塔を振り返った。


 一階出入り口のドアが大きく内側に開いている。


 ギクッと体がこわばった。


 人が立っている。


 白い、すらりとしたその姿は。


「ロミーナ王女!?」


 僕は慌てて塔の前までもどった。


 ロミーナ王女はベールをつけていなかった。長い黒髪の左には巻き貝を象った銀と真珠の小さな髪飾り。たしかに、さっき物見の塔の上で会ったロミーナ王女だ。


 僕はドアを境界線に、ロミーナ王女と向かい合った。なんとなく、ドアの内側には踏み込まない方が良いような気がしたので。


 シャーキスが通れないおまじないがかかった壁があるように、この塔にもなにかある。ロミーナ王女や僕らを外へ出さないようにしている、目に見えない何かが――直感的にそう思ったんだ。


 僕は、僕を見つめるロミーナ王女の方へ右手を差し出した。


「いっしょに北の入り江へ行きましょう。この城から、いえ、この島から逃げるんです!」


 ロミーナ王女はうなずき、右手を伸ばして僕の右手を掴んだ。その白い手はひんやりしていたが、生きた人間と変わらない実体があった。


 僕らは塔から離れ、北へ向かった。

 そして海賊は、塔から出てこなかった。




 北への道は、野原の真ん中を通っていた。

 驚いたことに、ここの道沿いにも無数のランタンが灯されていた。北へ向かってえんえんと、まるで地上へ星くずの光を散りばめたような、あるいは地上に描かれた銀河のごとき光の道のように。


「どうしてここにまで……?」


 僕は歩きながら辺りの様子をうかがった。

 人の気配はない。

 海賊はいないようだ。


「若い御方、どうされたの?」


 ロミーナ王女の声は明るく軽やかで、澄んだ春の陽光を思わせた。

 僕は飛び上がるほど驚いて、緊張に心臓をドキドキさせながら答えた。


「今日はこの島の祭で、街や街道には、たくさんのランタンが置かれてるんです。でも、島の南側なら街があるからわかりますが、この北側には誰も来ないのに、どうしてランタンが置かれているのかな、と……。おかげで道があるとわかったから、僕は助かりましたけど……」


 するとロミーナ王女は、つと、北の方角へ顔を向けた。その視線は明るく照らされた道の、ずっと先を見据えている。


「ランタンの光だけではないわ。道の地面も輝いているのよ。これは大地の魔法。今夜は魔法の夜だから……私が死んだ日と同じなんだわ」

「亡くなった日を覚えていらっしゃるのですか?」


 僕は軽い驚きと共に、このどこから見ても生者と変わらぬ美しい女性は、すでに完全な死者なのだと、改めて認識した。


「ええ、わたくしは塔から落ちて死んだの」


 ロミーナ王女の微笑みに(かげ)りは無かった。彼女にとってはすでに過去、終わったことなのだ。一昨日の夜に彼女が塔から落ちる瞬間を目撃したばかりの僕の方が、冷め切らぬショックを引きずっている。


「わたくしが死を迎えたきっかけは、半分は事故だった。けれど、あの女人(ひと)に罪が無いわけではないわ。わたくしに短剣を突きつけ、窓から落ちるまで追い詰めるほどの悪意がたしかにあったのよ」


 ロミーナ王女は僕を見つめた。やはり、あの光景を僕に見せたのはロミーナ王女のしわざだったんだ。


「どうして僕に?」

「こうして話すことができなかったから。あなたは北の入り江への道を探していたでしょう? あの塔と館にはわたくしの力を封じる仕掛けが施されていたの」


 ロミーナ王女の言葉に、僕は暗い色のれんがの壁を思い出した。シャーキスが変なおまじないがかかっていると言っていた、北側を塞いでいた壁だ。どうやらあれは城塞のあちこちに使われているらしい。


「わたくしにできたのは、あの場所に焼き付いた空間の記憶を、夢見のように再現して見せることだけだった。それも貴方が魔法使いだったからできたのだわ」

 

 ロミーナ王女があまりに僕をじっと見つめるので僕は恥ずかしくなってきた。


「あの、なにか……?」

「若い魔法使いの方。あなたのお名前をうかがってもかまわないかしら?」


 僕は頭の上から冷水を浴びた気分になった。僕はロミーナ王女を伝説で知っているけど、ロミーナ王女は僕のことを何も知らないんだ。


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