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太陽と月の砂時計がある街~魔法玩具師ニザの冒険~  作者: ゆめあき千路


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その七十六:もうひとつの伝説の歌、眠りと目覚め

 弦楽器が激しくかき鳴らされた。


 いつのまにか眠気を誘われていた僕は、ハッとして背筋を伸ばした。


 僕は眠気を振り払おうと頭を振った。椅子は固くて座り心地が悪く、気味の悪い亡霊に囲まれているのに、ひどく眠くてたまらない。


 物語はいよいよクライマックスだ。


 吟遊詩人は歌いあげる。

 王女がいかに気高く美しく、愛に満ちたすばらしい女性であったかを。愛する人と故国への愛に心を引き裂かれて苦しみ、それでもなお故国の安寧(あんねい)を祈りながら塔の上から身を投げた。


 そして愛する王女を失った貴公子、この島を新しい国とし、その初代統領となった男の慟哭(どうこく)を。


 いまや亡霊は演壇を取り囲んでいた。

 亡霊の中には泣いている者もいた。


 演壇の右脇に、初代統領である海賊船長の亡霊がいた。真剣な表情で、吟遊詩人の弾き語りに聞き入っている。彼は、かすかに微笑んでいるように見えた。この前見たとき「ロミーナ」と伝説の王女の名前を呟いた彼こそ、バラッドに唄われる王女の恋人だった貴公子なのだと、僕は確信した。


 僕は欠伸(あくび)を噛み殺した。


 ここ数日の睡眠不足のたたりだろうか。亡霊に囲まれて恐ろしく緊張しているのに、眠気はいよいよ強くなる。一瞬でも気を抜けばこの場で昏倒(こんとう)してしまいそうだ。


 他の人は――?

 子ども達は絨毯に寝転がっていた。キルト模様のブランケットが掛けられ、すやすや寝息をたてている。

 僕の周囲の女性達も、後ろの席でも、居眠りしている人ばかり。


 僕は必死で目を開けていた。演奏の最中に眠ってしまうのは、歌い手である吟遊詩人に失礼だと思ったからだ。


「かくて遠国の王子に仕えし魔法使いの呪いはこの島を覆い、悲劇の王女の物語はいまに伝わる――」


 最後にひときわ強く弾かれた弦の音色は、どこかもの哀しい余韻(よいん)を残して消えてゆき、弾き語りは終わった。

 盛大な拍手を贈ったのは、生者の数より亡霊の方が多かった。


 吟遊詩人がうやうやしくお辞儀をして退場すると、宴は終わった。

 生きた人間が広間から出ていく。

 亡霊達もひとり、またひとりと、透明に色を失い、消えていく。


 ここの亡霊はたくさん居るだけで、何もしないんだな。あの海賊船長の亡霊は、ちょっと怖かったけど……。

 僕はふだんは亡霊なんて見えない。関わらないように気を付けるしかないな……。


 世話係の人たちが眠ってしまった子どもを起こさないように、一人ずつ抱きあげて運んでいく。

 僕も自分の部屋へ戻ろう――と、その前にやることがある。


「ロミさん、ヨルナさん、起きてください!」


 ロミさんがハッと目を覚ました。


「いやだわ、コーヒーを飲んだのに、こんなに眠くなるなんて……」


 ロミさんは慌てて隣のヨルナさんを揺すぶり起こした。


 僕らの大きな話し声で、他の女性が目を覚ました。

 こんな場所で居眠りするなんてはしたない! と彼女らはお休みの挨拶もそこそこに、我先に宿舎へ戻っていった。


 ところが、リーザさんを含めた三人が目を覚まさない。

 ヨルナさんがリーザさんの耳元で大声で呼んでも反応しないのだ。


「なんなの、この子たち。熟睡してるわ」

「酔ってるのよ。ワインの飲み過ぎね」


 夕食前にロミさんも一緒に飲まないか誘われたそうだ。この三人はお酒が好きな者同士で仲が良い。今日も食事時に特別な香草で香りをつけた祭り用の上等なワインをデキャンタでもらい、おかわりまでもらって飲んでいたという。


「しかたがないからこのまま運びましょう」


 世話係の女性が言った。

 てっきり誰か力持ちの男の人が抱えて運ぶのかと思ったら、ほどなく担架(たんか)が三つ用意された。なんとも準備が良いことだ。




 僕は急いで自分の部屋へ戻った。

 あと数歩でベッドに着くという距離で、僕は一瞬気が遠くなった。


「だめだ、眠い……」


 今夜は北側の物見の塔へ行くのは無理だ。


「シャーキス、僕はもう寝るよ」

「るっぷりい? ご主人さま、なにか変なのです! ご主人さ……」


 シャーキスは空中高く飛び上がり、なにか言ったが最後まで聞こえなかった。

 次に僕が目を開けると、シャーキスが僕を揺さぶっていた。


「うわ、朝だ!」


 僕が体を起こしたら、シャーキスはポーンと空中に浮かび、クルクル回った。


「るっぷりいッ! よかった、起きられたのですね、ぷうッ!」

「ああ、うん、ごめんよ、シャーキス。ぐっすり眠っちゃったか……?」


 着替えもせず、靴もはいたまま。

 きゅー、ぐるる、とお腹が鳴った。


「うわ、お腹がペコペコだ。朝食にいってくる!」

「るっぷ!? ご主人さま!?」


 僕は急いで部屋を出て、洗面所へ飛び込んで顔を洗い、食堂へ向かった。

 しずかな食堂で、僕はロミさんとヨルナさんと出会った。

 おはようございます、と挨拶したら、ロミさんがなんとも残念そうな表情で「お昼すぎだけどね」といった。


「え、お昼?」


 そういえば、窓の外の陽光は午後過ぎのややオレンジがかった色合いだ。


「そうよ。ニザさんも寝坊しちゃったのね」


 ロミさんは「仕事にいくわけじゃないけど、ダラダラするのは嫌い」だそうで、ヨルナさんも、睡眠時間を狂わせると体調がおかしくなるので嫌なのだそうだ。

 僕らは顔を見合わせ、食堂の片隅のテーブルにいって喋った。


「僕、昨日の弾き語りを聞いていたときに、ものすごい眠気に襲われたんです。部屋に戻ったら服のままで寝てしまいました」

「私もよ。部屋に戻ってベッドに座ったら、そのまま倒れて眠っちゃったわ」


 ロミさんも僕と同じ状態だったらしい。


「わたしも同じよ。自分で自分が信じられないわ」


 ヨルナさんはいつも同じ時間帯に会う女性と会わなかったので変だと思ったら、子ども達の世話係の人たちが「もう昼だけどまだ寝ている」と会話しているのが聞こえた。


 厨房が静かなのは、祭りのご馳走はすでにあり、新しく調理する必要がないから来ていないんだ。世話係の人たちも今は宿舎に来ていない。祭りだから家に帰っているのかもしれない。


 厨房の前のテーブルには飲み物の大きな水差しや祭りのご馳走が銀トレイで並べてある。保温用のオーブンの上に置いてある大鍋からは昨日も食べた煮込み料理の匂いが流れてくる。


 祭りの特別な香草の香りにも慣れたけど、今日はなんとなく、あの香り以外の味が欲しくなった。僕は丸いパンを皿に載せた。コップには香草の入っていない水差しのただの水を注ぎ、切る前のオレンジとリンゴを取ってきた。


 ロミさんはコーヒーを取ってきた。ヨルナさんはコーヒーにミルクを入れてきて、だるそうに座ると肩をすくめた。


「ねえ、やっぱり何かおかしくない?」


 ヨルナさんの問いかけにロミさんと僕は同時にうなずいた。


「異常な眠気でした」

「ええ、私もそうだったわ。あの伝説の歌が長かったせいだと思ってたけど……」

「まさかあの吟遊詩人の歌が――眠くなる魔法だったとか……?」


 ヨルナさんの言葉に、僕らが息を呑んだそのときだった。


「せっかく街まで歩いたのに、こんなのつまらないわ! これがお祭りなんて詐欺じゃないの!」


 大声で喋りながら、リーザさんと二人の女性が表の城側の出入り口からバタバタと入ってきた。


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