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太陽と月の砂時計がある街~魔法玩具師ニザの冒険~  作者: ゆめあき千路


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その七十三:はしゃがない子どもたち

 城塞は祭りの仕度で賑々しかったが、僕らの生活は変わらなかった。

 人質の僕らは祭りの仕度を手伝うこともない。

 朝になると僕はいつものように食堂へいき、ロミさんとヨルナさんのテーブルに参加させてもらった。



 どうやって城塞(ここ)から抜けだそう?


 まさに僕の脱出する予定日をど真ん中にして、三日間も祭りがあるなんて予想外だ。

 また海賊の凱旋(がいせん)パレードや(うたげ)みたいな催しものがあるなら、この城塞にも街に住む海賊が大勢出入りするかもしれない。


 北の入り江に魔法の船が来るのは秋分の日がはじまる午前零時。それから丸一日停泊して、出航は夜明けだ。


 それまでにこの城塞からこっそり逃げ出して北の入り江に行き、船に乗せてもらわないと……。

 北の入り江まで、歩いて何時間くらいだろう。行けない距離ではないとおもうが、物見の塔から見えた北の入り江は遠かった。


 この城塞は島の真ん中にあるようだから、北の入り江は、僕らが到着した西の港と同じくらいの距離かもしれない。


 だとすれば、ここから街まではゆっくり歩いて三~四十分で、街から港までは馬車でそれなりの速度で走って二~三十分くらいかな……?

 歩いて三~四時間あれば……。だが、もしも歩きやすい道がなければ、一晩でたどり着けないかも知れない。


 でも、一日前の午前零時からこの城塞を離れるなんて無理だ。祭りの最中で騒いでいても、食事の時間に一度も顔を出さなければ、さすがに誰かは僕がいないと気づく。人数分の料理が常に用意されているから。


 僕は食堂を見回した。僕の座るテーブルを含め、十二の大きな食卓にそれぞれ椅子が十脚、向かい合わせに置いてある。


 厨房にいちばん近いテーブルで人質女性たちが食事を取っていた。三人は食事を終えるとさっさと食堂から出て行った。


 リーザさんが三人の女性と同じテーブルでお喋りしながら食べていた。リーザさんはいろいろ騒ぎを起こしたせいで敬遠されがちだけど、一人で過ごすのが嫌なタイプらしく、誰彼となく捕まえては強引に話し相手にしているそうだ。ロミさんとヨルナさんは毎回丁重にお断りしているとか。


 その隣のテーブルでは、子ども達がお行儀良く食べて……。


「ん?」


 子どもの数が足りない?


 小さな女の子がいない。一人だけの女の子で、明るい色の服が目立って見分けやすいのに。

 いつも三人兄弟で遊んでいて――兄二人は、いる。

 椅子にきちんと座り、ひときわ暗い表情で。前に置いてある丸いパンや目玉焼きはそのままだ。よく見れば目元が赤い。


 子ども達がおとなしい。昨日は世話係の女の人たちもにぎやかに笑っていたのに……。


 僕は嫌な予感で胸の奥が冷たくなった。


「あの、子ども達になにか……」

「ニザさん、その話はあとでね」


 ロミさんにすばやくさえぎられ、僕はピタリと口を閉じた。ヨルナさんを見たら無言でうなずいた。いまは何も言わないで、と。


 なにかあったんだ。祭りの話とは関係なく。


 朝食後、僕たちはいつもの散歩にいくといって、宿舎を出た。

 表の城へまでは空中回廊と階段を歩いて五分くらい。その間にロミさんが話してくれた。


「一昨日、あの三人兄妹のご両親が来られたそうよ。金貨一千枚を持って」


 金貨一千枚は大金だが、ロミさんとヨルナさんが言うには、境海を越える船の一等船室を定宿にできる商人や資産家なら、払えない額ではないという。


「ところが、この島に到着して取引の場についてから、引き取れるのは一人だけだと教えられたそうよ。子ども一人につき金貨一千枚だと言われて」


 金貨一千枚というコインの山を、ぼくはちょっと想像できなかった。金貨や銀貨を扱ったことならある。昔は僕の住んでいた国でも通貨とは貨幣のことだったらしいけど、僕がよく知るお金とは印刷された紙幣だ。


「稼ごうと思ったら、どのくらい働けばいいんですか?」


 僕の親方はお金は十分持っていた。しかし、こっちの世界の価値で金貨一千枚の財産を持っているかはわからないや……。


「そうねえ……」


 ロミさんとヨルナさんは顔を見合わせた。


「たしかに大金だけど、私の国の中産階級の年収くらいかしら。人にもよるけど、一般市民でも手に職があって、順調に仕事をしている人なら、数年頑張れば稼げるかしら」


 ロミさんの国では古い王制の名残があり、中産階級の市民が多い国だという。

 境海世界でもいろいろな通貨が流通している。海賊が『金貨』を指定したのは、どこの大陸や国あるいは境海を越えた世界に持ち込んでも、黄金の値打ちで換算しやすいからのようだ。


 ヨルナさんは溜め息をついた。


「わたし個人ではとても支払えない額だわ。お店を何軒も持っている大きな会社の経営者なら即金で用意できるかもしれないけど。わたしみたいな雇用人は、二十年くらい貯金するつもりで働けば貯められるかも……」


 ヨルナさんの計算は、長年働いている貿易会社での経験が元だ。


 三兄妹のご両親は小さな会社の経営者だが、子ども一人につき金貨一千枚をすぐに用意できるほどのお金持ちではなかった。

 話が違うと抗議しても海賊には通じない。そこで親切にも仲介役の商人が、不足分の金貨二千枚を立て替えても良いと申し出た。彼らは闇商人。金利も闇金利だ。


「けっきょく親御さんは一晩悩んで、残りの金貨二千枚はすぐには用意できないから、半年後に改めて来ることにされて。……それで、いちばん小さな女の子を連れ帰られたそうよ」


 身代金の取引でこの島に滞在できるのは一昼夜のみ。これも海賊が決めた〈(おきて)〉だ。


 この場合、ご両親がいちばん幼い子を連れ帰ったのは、妥当な判断に思える。残された二人の子には残酷だったとしても……。


「お兄ちゃん二人もご両親には会えたんですか?」

「ええ。滞在時間ぎりぎりの昨日の夕方、海賊が三人の中から一人を選べと、取引の場に連れて行ったそうよ。だからよけいに――」


 ロミさんが言葉に詰まったので、ヨルナさんがつづきを引き取った。


「さすがに別れるときは、泣きながらムリヤリ引き離されたらしいわ。親御さんも泣きながら帰っていったって……。あの子達、何時間も泣いていたって」

 

 昨日の朝、子ども達がはしゃいでいたのは、家に帰れる希望が目に見えたから。

 きっと迎えに来てくれると――あの子達の親のように。

 一人は帰れた。

 みんなの期待を裏切る、無情な結果を見せつけて…………。


「なんてむごいことを――……」


 僕だって他人事じゃない。


 もしかしたら、明日は海賊どもに何を強制されるか、わかったものじゃないんだ……。


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