その七十:王女と赤毛の美女
「ふふ、ロミーナ王女さま。お迎えにあがりましたわ」
赤毛の女性は、言葉こそ丁寧だったけど、なんだか意地悪そうに聞こえた。
――この白いドレスの人が、伝説の王女様なんだな。
あの石碑に王女の名前は載っていなかったが、まちがいないだろう。
この島の海賊どもが、数百年の間に何人もの美しい王女を略奪できたとは思えない。
ロミーナ王女は美しい眉をひそめた。
「あなたは……? どうしてわたくしの侍女の服を着ているの?」
「あら、光栄にもわが〈統領〉より、王女殿下の専属侍女を仰せつかりましたのよ!」
赤毛の女性はくるりと回ってスカートをひるがえした。
一瞬僕の方へ向いたその顔は、艶やかな赤い巻き毛に縁取られ、大輪の真っ赤なダリアの花を思わせる艶やかさ。豊かな口唇がイチゴのように赤かったのが強く印象に残った。
「どう? あたしにだって似合うでしょう。いい布よね、さすがは大国の貴婦人のドレスだわ。いい服がたくさん手に入って、みんな大喜びよ」
陽気に話す彼女は、めったにいない豪華な美女だ。王女よりは少し年上みたいだけど、王女の気品ある美しさに並んでもひけをとらない。
「この島、女が少ないから、あたしたちすごく大事にされてるのよ。男どもは遠征にいくたび必死で狩り集めているけど、できたばかりの小さい国に来たがる物好きなんてそういないから!」
「あなたも彼らの仲間なのね。……その服の持ち主は、どうなったの?」
訊ねる王女の声はかすかに震えていた。
「あは! 残念ね。アンタの侍女は、アンタを護ってあの船でみんな死んだじゃない! だからあたしにまで侍女役がまわってきたんでしょ。あの海戦をもう忘れたの!」
赤毛の美女はほがらかに笑った。
王女は泣きそうに顔を歪めた。
「気分が悪いのよ。もう少しここに居させて。時間までには必ずいくから……」
王女の顔色は悪い。
原因は僕にも見当がついた。
王女がまとっている豪華な白いドレスは花嫁衣装。
これから行われるのは結婚式。
だがそれは、花嫁当人の意思を完全に無視して準備されたものなのだ。
王女はぐずぐずと窓辺から離れない。
苛立ちはじめた赤毛の美女が、小さく舌打ちしたのが聞こえた。
「いつまで外を眺めているつもり? いいかげんバカな期待は捨てなさいよ。どうせあの男からは逃げられないんだから」
吐き捨てるように言われ、王女は愕然と赤毛の美女を見つめた。
「あなた、どうして……。あなたが彼の恋人ではないの? わたくしにはそう見えたわ。昨日の宴席でも……。それなのに、わたくしが彼の妻になってもいいみたいな言い方をするのね」
「はッ!……――いいわけないじゃないの」
赤毛の美女はゾッとするほど低い声でつぶやき、一歩踏み出した。
僕からは赤毛の美女の後ろ姿しか見えなくなった。王女と赤毛の美女はまっすぐ見合っているようだった。
「彼はね、アンタみたいな女のために、国での身分も財産も、すべてを投げうったのよ。小さな島とはいえ、一代で一国を略奪したほどの男に望まれて、なにが不服なの? それとも伝統ある大国の王女であることがそれほど大事なわけ?」
その口から、燃えさかる炎が吐き出されないのが不思議なくらいの激しさだった。
「ちがうわ、わたくしは彼を……」
「なぜ、アンタなのッ!?」
王女の言葉を、赤毛の美女は荒々しくさえぎった。
「彼が一族に裏切られたときも、国を追放されたときも、側にいたのはあたしだった。アンタなんかあの海戦で、海に落ちて海竜のエサになればよかったのよ! 最後まで彼に刃向かって海へ落とされた、アンタの侍女や騎士達みたいにッ!」
美しい女性のあまりに激烈な豹変ぶりに、僕はすくみ上がったが、
「だったら、なおさらよ。あなたがわたくしを逃がしなさい!」
毅然とした王女の声に、怯えはみじんも感じられなかった。
「もうすぐあの方がわたくしを迎えに来る。あなたがわたくしを助けてくれれば、わたくしたちは二度とこの島に来ないことを約束するわ。貴女が彼の花嫁になればいいのよ。それで万事解決だわ」
「はあ? アンタ、バカなの? この城塞から出られないのがまだわからないっての? あんな遠い国からの船が来るまで、何日待つ気よ?」
「どこかに隠れているわ。この城塞には北への抜け道があるわね? あなたが手を貸してくれれば……」
「一週間? 一ヶ月? その間、森や海岸でどうやって暮らすわけ? アンタを逃がしたのがわかったら、あたしが彼に殺されるわよ」
「わたくしはここから落ちて死んだことにすればいいわ」
王女は窓の外を示した。
「ここから身を投げてあの崖の深い谷間へ落ちたといえば、誰も探しにいけないわ。三日でいいの。そうすればあの方の船は、必ずこの島へ到着するわ」
王女の提案に、赤毛の美女は返事をしなかった。




