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その六:壊されたもの、壊れないもの

 シャーキスが僕の頭上で飛び上がった!


「るっぷりいッ! なんだか嫌な風が吹きました! 早く帰りましょう。なんだか嫌なものが近づいてくる予感がするのです、ほら、早く、早く、急ぐのです、るっぷーいッ!」


 シャーキスが叫んだ直後、僕の背後で、


「よお、ニザ」


 聞き覚えのある声。僕は反射的に〈嫌なもの〉と判定していた。


「るっぷりい! 嫌なヤツ! 嫌なヤツが来ちゃいました!、るっぷ、るっぷ、るっぷりい、ぷうッ!!!」


 シャーキスが僕の頭上でポンポンお尻を弾ませた。

 僕は覚悟を決めてふり向いた。


 若い男がふんぞりかえって立っている。

 ぼさぼさの赤っぽい金髪と青い目の、彼はテノ。キノヤ親方の家具工房で働いている見習い職人だ。

 その背後には素行が悪いと評判の、テノの友だち五人もいた。




 魚屋の泉があるのは広場の北の端。テノ達がよくいくレストランや居酒屋は、広場の南の端っこにある。たまたま通りかかるわけがない位置と距離だ。


 しかも町の若者五人と連れ立っている。彼らはこの町のお金持ちの家の子弟だそうだ。テノとつるんでいる姿をよく見かける。


 彼らは評判のよくない連中で、この町の人の大半は彼らを見る目がことさらに冷ややかだ。ご婦人にいたっては、彼らを見たら露骨に顔をしかめる人さえいる。


「へえ、ずいぶんご機嫌じゃないか。風来坊の貧乏人のくせに一人前に買い物とは、生意気だな」


 僕のことが気に入らないなら近づいてこなければいいのに、プライベートな出先でわざわざ声をかけてくるなんて、頭がおかしいとしか思えない。


「それで、金が無いのに何を買った? 俺が確認してやるから見せてみろよ」


 テノは、そうするのが当たり前のように手を出してきた。

 こいつはいったい何様のつもりなんだ。なんて気持ち悪いやつだろう。


 僕は自分の心情がひどいしかめっ面に(あらわ)れないよう、全身全霊をかけた努力をしなければならなかった。


「テノさんには関係ありません。用事があるので失礼します」


 僕は同じ工房で働く人間として、最低限の礼儀を守って通り過ぎようとした。

 テノは僕の前へ立ちふさがった。


「おい、馬鹿なのか。この俺様が、お前が何を買ったのか訊いてやってるんだぞ。ほら、いいから見せろよッ」


 テノは右手で僕の左肩を強く小突いた。

 僕はびくともしなかった。紙袋もしっかり左腕に抱えたままだ。


「テノさんには関係ないでしょう。通してください」


 テノの舌打ちが聞こえた。あれで彼は力いっぱい小突いたつもりだったのだ。

 あの程度で僕を突き倒せるもんか。

テノは僕より背は高いが手足はひょろひょろだ。家具工房でいっしょに仕事をしていると、これで本当に三年以上家具工房で働いていた男なのかと疑うほど、筋力が無くて不器用なのである。

 僕がよろけもしなかったのが気に入らないらしく、テノとその仲間は忌々しげに顔をゆがめた。


「いいからよこせ! おい、そっちから取り上げろ!」


 テノが僕の右腕をつかんだ。


「やめろ、はなせ!」


 僕が右手だけでテノともみあっている間に、テノの友だち三人が僕の後ろへ回り込み、後ろから僕を羽交(はが)()めにした。そして前から一人が僕の左腕を掴み、それでも必死で抱えていた僕の紙袋を、残る一人がむりやり奪い取った。


「取ったぜ、テノ!」


 テノの友だちは紙袋をテノへ投げ渡した。


「どろぼう! 返せッ!」


 さすがに五人がかりでぶん投げられては僕の踏ん張りもきかず、石畳に尻餅をついた。


「へっ、どろぼうはお前だろうが。さて、この馬鹿は、何を盗んできたんだ?」


 テノたちは紙袋を囲んで中を覗いた。その顔がたちまち曇る。


「なんだ、ほんとに鉛筆とノートだ。こんなもの、何の値打ちも無いじゃないか」

「それは僕の物です。返してください」


 僕はズボンのお尻を手ではらって立った。濡れていないところでよかった。この辺は魚屋の泉から流れる小川の水で濡れている場所があるのだ。


「ふん。そーか、そーか、そりゃ悪かったな」


 テノは紙袋を逆さにして振った!


「あッ!」


 鉛筆と色鉛筆とノートが、石畳へバラまかれた。

 すかさずテノと五人が踏みにじり、ぐしゃぐしゃになったノートを近くにあった大きな水溜まりへ蹴りいれた。

 一本、青い色鉛筆だけが、遠くへコロコロ転がった。

 テノはそれを追いかけ、靴のかかとで何度も踏み砕いた。


「あ~あ、足がすべっちまった~。ここは濡れてるからしかたないよなあ~。悪かったな~。きみはこんなものしか買えないくらい貧乏なのにさ~。ほら、これで同じ物を買い直してくれ。あ、礼はいらないぜ。お前、馬鹿だからつりの計算、できないだろ!」


 一枚の銀貨が高く放り投げられ、僕の足下にチャリンと落ちた。

 テノ達は大声で笑いながら、堂々と広場を去っていった。

 僕はその場から動けずにいた。

 いくつにも折れた鉛筆と五色の色鉛筆と、汚い靴で踏みにじられた靴跡だらけの濡れたノートを、じっと見つめて。




 初対面からよそ者だと見くだされているのは知っていた。


 でも、キノヤ親方は立派な親方だし、ほかの職人さんも良い人たちだ。


 テノだって同じ家具工房で働く仲間。いっしょに働いて、そのうち僕が真面目で正直な人間だとわかってくれたら、普通に接してくれる日がくるかもしれない、……と。


 そんな甘い考えをもっていた僕は、テノの言う通り馬鹿だ。


 昼間の町中で、よりにもよってたくさんの人目があるこの広場で、これほどの暴挙(ぼうきょ)におよばれるとは、想像もしていなかった。


 あいつは、遠い海にいる海賊よりも危険なんだ。どんなに気をつけても、この町にいる限り、テノという暴力は避けて通れないじゃないか。

 

 これからどうすればいいのだろう。


 キノヤ親方に今日のことを訴える?


 それともいっそのこと、いま起きたことを町の警察に相談する……?


 でも、家具工房でのテノの僕に対する態度を知らない人に説明したところで、テノを逮捕してもらえるような証拠はない。僕の買い物をメチャクチャにしたことだって、テノは自分がやったという証拠があるのかと開き直るだろう。あいつはそんなやつだ。


「るっぷりい! ご主人さま、しっかりしてください! 鉛筆さんも色鉛筆さんも、使えなくなったノートさんも、すべて買い直せる物ばかりです。でもこのままだとこの子たちが可哀想ですから、きちんと後始末をつけてあげましょう」

「かわいそう……?」


 僕は呟いた。可哀想なのは僕ではないのか……?


「るっぷりい! そうなのです! 鉛筆さんも色鉛筆さんも、ノートさんも、ご主人さまといっしょにお仕事がしたかったのです! とっても残念ですが、終わったものはしかたありません。どこでどんなふうに終わっちゃっても、みんな大地に(かえ)るのです。ここは〈境海世界〉で、〈循環世界(じゅんかんせかい)〉とも言われる世界ですから、みーんないつかは世界の循環のなかへもどるのです! それがこの世界の(ことわり)なのです、るっぷりい!」


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