その五十九:石碑に埋もれた秘密
僕は、海賊島の歴史を記した石碑を見にいくことにした。
次の日の午前中、散歩するフリをして、中庭と表の城の正門周辺を歩いてみた。僕らが自由に散歩できるのはその辺くらいだ。
宿舎と城にはいつも人目があるし、正門には門番もいる。
石碑はどこにあるんだろう。
自分で見つけられなかったので、もどってロミさんとヨルナさんに頼み、
いっしょに散歩へ出てもらった。二人は長めのショールを羽織って出てきてくれた。外は少し肌寒い季節になっていた。
「あれよ」
と、ロミさんが指さしたのは、城の表の庭の片隅にある、灰色の棒杭みたいな長い石の柱だった。大人の身長くらいの高さで、伝説が刻まれている石碑は、その石柱の下にあった。円形の石版が地面に埋まっていた。縦横二メートルくらいの大きなものだ。石柱はその真ん中に立っている。
石柱は根元の方が太く、上の方ほど細い。根元の太いところは、幅の狭い帆船を抽象的にデザインした彫刻作品になっている。それが円形の石版の上に置かれているのだ。
長いオベリスクのごとき帆柱を立てた細長い船が、文字の海を進みゆく。そう表現するのがふさわしい記念碑だ。
僕は石版の真正面にしゃがんだ。
――何かに似ている。いや、僕はこれと似た物を、どこかで見たことがある気がする……。
長い年月手入れされていないのだろう石の円盤は、中央にある文章部分は読めるけど、縁のほうは伸びた草が被さっていて、石版全体の大きさはわからない。
磨かれた石の表面には波線や星、花のような模様、文字の端々がクルクルとカールしたような装飾文字がびっしり刻まれていた。
「ねえ、お二人さん。ていねいな考察も良いけど、門番がこっちを見てるわよ。そろそろ切り上げない?」
ヨルナさんがつぶやくように言った。
「それね、私も読もうとしたけど、古典みたいで読みにくいでしょ? ニザくん、読めるの?」
「もう少し待ってください。読めそうなので読んでみます」
ざっと見たところ、石版に使われている文字は、僕の知るイタリア語とほぼ同じ。古典的な言い回しやたまに知らない単語もあるけど、だいたいの意味はとれる。
「これなるは、西方国の美貌名高き王女に降りかかりし悲劇なり……」
この島が〈赤い冠島〉となった頃、海賊の首領が、遠い西方国の王女が乗っていた船を襲撃した。王女は東の大国の王子へ嫁ぐ旅の途中だった。海賊に略奪された王女は己が身に降りかかった禍に絶望して、首領との結婚式の直前に、塔から飛び降りた。その三日後、東の大国から王女の婚約者だった王子が来て海賊の島へ魔法の契約をかけた、その物語。
「ロミさんに聞いたのと同じ物語です。すごく凝った表現で書いてありますけど」
たとえば、海賊が王女を攫ったところは『偉大な王の騎士達は虐殺され、麗しき王女は悪しき海賊に連れ去られたり』。
王女が亡くなったくだりは『王女は首領を退けしが、囚われの運命を嘆き、高き塔より身を投げたり。かくて世に比類なき白薔薇は永遠に失われたり。その日、境海の水は王子の涙にて苦き塩を増したり』なんてふうに、古風な美辞麗句がたっぷり使用されている。
「ええ、すごい言い回しだけど、内容は同じだわ。海賊の元首領は、これは当時の首領が造ったと言ってたけど……。この文章だと、王子が命じて建立させたみたいね」
ロミさんはクスクス笑った。
ヨルナさんは僕の左横へしゃがんだ。
「いいじゃない、昔風でロマンチックで。きっと王子のお抱え詩人が作ったのかもね」
ヨルナさんは手を伸ばして、指先で石版の模様に触れた。
「この模様、太陽と月と星と、この波線は境海世界かしら。緻密な彫刻ね。きっと王子はとても王女様を愛していたのね。この島に何百年も続く呪いをかけるほど……」
「呪いというか、魔法ですね」
僕は、島へ呪いがかけられたところを、声に出して読んでみた。
「海賊との約定を交わせし王子は、魔法使いに命ぜり。契約の魔法をこの島の大地へ伝えるべし。これより年に二回、昼と夜の長さが等しくなる日、北の港へ我が輩の魔法の船が訪れる。島の民はここに取り交わされた掟に逆らうこと能わず。王女の亡骸は見つかることなく、奪われた宝物のみを取り戻せし王子は、悲嘆のうちに島を去りぬ」
がんばって読み通した内容は、ロミさんに教えてもらった内容と特に変わりなかった。
料理番がいっていた魔法の船の名前も、船長の名前についての記述も無い。料理番が真実を語っているとしても、なぜ魔法の船の現在のことを、あんなに詳しく知っているんだろう。
僕は石版の下の方を、草をかき分けて見てみたが、伝説は王子が島を去ったまでで終わっていた。
「これだけですね……」
やはり、どこにも魔法の船の名前はない。
昔の話だから、現在ある船は違うものになっているだろうけど……。
「ニザくんは何が知りたかったの? やっぱり魔法のこと?」
ロミさんに訊かれた。魔法に興味があるのか、目が好奇心で輝いている。
魔法玩具師を一般的なイメージの魔法使いと同じように思っている人が多いけど、僕らは魔法を帯びた材料を扱えるだけの、地道にオモチャを作る職人なのだ。
「春分の日と秋分の日の手掛かりです。この石碑のどこかに、それがわかるようなヒントがないかと思ったんですが……」
「あら、でも、海賊が人質へそんな親切な手掛かりを与えるわけが……!」
ロミさんはハッと言葉を切り、考え込むようにすこしうつむいた。どうしたんだろう?
「ニザくん、読めた?」
いつの間にか立っていたヨルナさんがこっちを向いて、また僕の左横へかがみこんだ。
「こっちに来る人がいるの。世話係の人みたいよ。読むなら急いで!」
「待ってください。石碑に触ってみます」
「来たわ。早く!」
ロミさんは僕のうしろで、一歩横にずれた。僕を隠してくれたんだ。
僕は石版を踏み、石柱を両手で掴んでみた。何も感じない。下の石版にも両手を当てた。
ただの石だ。
魔法の気配はみじんも無い。
僕は魔法玩具を作るときに、魔法のこもった材料を使う。そういった魔法を帯びた材料の善し悪しは自分で判別しなければ、よい魔法玩具は作れない。僕はちゃんとマルセノ親方の指導で修行したから、わかるんだ。
伝説が彫られている石碑が、例の魔法の要、すなわち島民が呪いと言う魔法の核だと予想していたけど、これは、ちがう。
別の目的があって作られたのなら、その目的とは、なんだ……?
「この石碑に魔法はありません。これを作ったのは魔法使いではない人です」
僕はこれと同じものを知っている。
どこかで見た――もしかして、自分でも作ったことがある?
魔法玩具か?
そうじゃなければ、何だった?
そうだ、もっと単純化して考えてみよう。
おそらく、デザインが異なるんだ。
基本は?
円形、円盤。中央に石の棒杭。
庭に置く――道具。
飾りじゃない。これは実用品だ!
僕は空を見上げた。
雲が流れて、太陽の光線が差す。
僕の目の前にある石の帆船の帆柱の真上から光があたる。
石の帆柱が、光のなかにはっきりと浮かび上がり、石版の上へみじかい影を落とした。
船首の下、波を切り裂き進む船の舳先を囲むように、三重の半円形めいた波模様が彫られている。帆柱の影は細い針のように落ち、その針の先は、三重の半円の、真ん中の波線を指していた。
おそらく影の針は、太陽の動きと共に、この真ん中の線に沿って動いていく……。
そうだ、僕はこれが何か知っている。
この影は、複雑な方位を計算して描かれた場所を指しているんだ!
「今って、正午ですか?」
僕は急いであとずさり、石版から降りた。
「ええ、たぶんね。さっき、厨房では昼食の用意をしていたから。それよりこの石碑は、当時の海賊の首領が作ったのではないの?」
「そこから違うんです。ロミさんから聞いた話が、というより、ロミさん達が海賊のじいさんに聞かされた話は、海賊に都合が良いように改ざんされているんです」
「その根拠は? ニザくんは何を調べているの?」
ロミさんは早口で訊ねてきた。
「説明はあとで。もういい、行きましょう」
芝生を踏む足音が聞こえる。
「まって! ふつうに喋りながら、ゆっくり立ってちょうだい」
「これは、後世の人質のために残されたもののはずです」
僕は小声で喋り、ロミさんに指示されたとおり膝から土を払いながら、ゆっくりと立ち上がった。
「なのに、わからないことだらけです。海賊が妨害するのは想定内だとしても、僕らにも見落としがあるかもしれない。ここで見つけるべきヒントがどこかに隠されているのかも」
「もしかして、海賊にかけられた魔法の話は偽物なの? この石版で何がわかったの?」
「あとで話します」
僕はふり向いた。
芝生を踏む足音がすぐそこまで来た。
「あーあ、もう、こんなの、難しくて読めやしないわ!」
ヨルナさんが大声で言いながら、うんしょ、と立ち上がった。腰に手を当てて、うーんと背中をそらせている。
「まあまあ、みんなでお散歩なの?」
来たのは、僕の世話係のおばさんだった。腕に洗濯物のカゴを抱えている。
ここは洗濯場から遠い。干し場もない。
僕を探していたんだ。
おばさんは、この島のふつうの漁師の妻だといった。でも、この城塞で働いている間は、僕の監視も仕事なんだ。
「ええ、僕はこの石碑を見たことがなかったんです」
「そうねえ、ここはこんな所だし、ほかに見るものもないものねえ。伝説は聞いたでしょ? 古くて、あたしらも忘れかけている物語だけどね。夢中になるのはかまわないけど、お昼の仕度ができているから、一度もどっていらっしゃいな」
僕らは宿舎へ戻り、温かい昼食をとった。




