その五十八:海賊の住居と鳴る床
僕は急いでベッドへのぼった。
ためしにシャーキスに真下の部屋へ行ってもらい、僕が自分の部屋を窓のある壁際からドアまで歩いて、下の階でどのくらい音が聞こえるのか、確認してもらった。
その結果、部屋の中央とその周辺はよく聞こえ、壁際に沿った幅三〇センチくらいの場所を歩いているときは何も聞こえなかったという。逆にドア近くと廊下は、とてもよく響いたそうだ。
僕がこの検証を始めた夜、シャーキスは下の階の海賊が、ロミさんが部屋を出入りする足音を記録に付けているのを見たらしい。
「るっぷりい! 海賊達は『きっと今夜もトイレだ。歩数も同じだな』と言って笑っていたのです!」
僕はものすごく気を付けて、部屋の中を静かに歩いてみた。
「るっぷりい! いまのは聞こえませんでした!」
と、シャーキスが報告に来た。が、それは一秒間に一歩くらいの、慎重な上にもノロすぎる歩き方だったので、部屋から城の外へ出るには夜更けから夜明けまでかかるだろう。
シャーキスの調べでは、海賊の住居階には、城壁の外まで直通で出られる通用口もあるという。ほかの階には無いから、緊急時に海賊がすぐに外へ出るためだろう。
他の階へは、僕らも日常的に使用する階段を使っていける。だが、僕が海賊の住居階へ降りたら、何しに来たんだと問われない方がおかしい。
けっきょく、偵察はシャーキスに頼んだ。
魔法で姿を隠したシャーキスは、二晩かけて海賊の住居階を詳しく調べてくれた。
海賊の勤務は昼夜二交代制。
交替のタイミングは午後八時と午前二時。船の宿直当番みたいに、真夜中も夜勤番が目と耳を澄ましている。彼らは海賊船に乗っていた顔ぶれらしい。シャーキスは僕が見たものを同じように記憶しているから、僕が会った海賊の顔も知っているんだ。
そうして三日目の夜が明けた早朝、シャーキスは大慌てで戻ってきた。
「るっぷりい! 知らない海賊が何人もいたのです!」
それはシャーキスが初めて見る男たちだった。
「海賊の人数は、船より多いんだね?」
「るっぷ、昨日と今日で知らない人が何人も混じっていましたから、あのお船の倍以上はいるでしょう!」
この島には大きな街もある。人口も多そうだった。僕が知る海賊船は一隻のみ。でも、ほかにも海賊が乗る船はあるはずだ。
「たぶん、海賊船は僕が知っている一隻だけじゃないんだ」
ここは海賊の島。しかし、島民すべてが海賊船に乗り、海賊行為を行うとは思わない。
世話係のおばさんの夫は、普通の漁師だ。〈職人の家〉のマテオさんだって、職業は大工だ。この島で暮らす海賊ではない人々は、確かにいるのだ。
「見張りが多すぎるな。夜中に調べ回るのは無理か……」
わかったのは、真夜中に城塞の中をウロつくのは賢い方法ではない、ということだ。
朝食の席で、ヨルナさん達や世話係の人たちに「どうしたの?」と心配された。
鏡を見たら、目の下が黒ずんでいて、睡眠不足のひどい顔だった。毎晩夜中過ぎまでシャーキスに階下を調べてもらいながら、いろいろ考えていたせいだ。
まさか脱出方法を探っているなんて言えないから、〈職人の家〉へ行くべきか、悩んでよく眠れないのだという言い訳をした。
そうしたら世話係のおばさんに、そんなに悩むならまた見学しにいけば良いと、親切に進められた。
ウソをついていると見抜かれたらどうしょうと、怖くなった。
今夜もシャーキスと作戦会議だ。シャーキスは魔法で姿を隠したままだけど、僕にはちゃんと視えるし、声も聞こえるから。
他の人が見たら、僕は何もない空間へ向かって独り言をつぶやいている、変な人間に見えるだろうけど。
「るっぷりい! ほかの場所を昼間に調べますか?」
「昼間は世話係の人たちがいるし、表の城で働いている人たちもいる。見つからないように見て回るなんて無理だよ」
「るっぷ! でも、ご主人さまが遅くまでお部屋に戻らなければ、誰かがおかしいと思うのです、ぷう!」
「そうなんだよな。だから理想的なのは、夕食後から部屋にいると思わせて、建物や中庭を通らずに城壁の外へ出られたらいいんだけど……」
僕は毎日、〈職人の家〉でマテオさんから聞いた話を、忘れないよう思い起こしている。
『魔法の船は年に二回、北の港へ来る。それは春分と秋分の日だ。北の港へは森の中の白い小石の道を通っていける』
この話が真実なら、魔法の船はあと何日かで北の港にやって来る。
その船で、僕はこの島から脱出する。
僕の部屋の窓からは、小さな砂浜と灰青色の海が見える。こちらが東だ。いつも太陽が昇ってくるから。
左手にはうっそうとした森が広がる。こちらは北だ。きっとあの森が、白い小石の道があるという〈森〉だ。
〈職人の家〉で大工のマテオさんに会ったことは、ロミさんとヨルナさんに報告した。けれど、話の肝心な部分は、話せなかった。
昼の宿舎には、常に仕事をしている世話係の人たちの耳がある。
もしも僕が伝説の真実を知っていることが海賊に知れたら、どんな目に遭わされるか――僕だけではなく、話してくれたマテオさんも――わからない。
それに、儚い伝説にすがってまでも、大急ぎで脱出したいのは、きっと僕だけ。
ほかの人は、身代金が届けば解放される希望も、ある。
それが僕には、無いから……。




