その五十三:リーザさんの買い物
僕が黙っていると、料理番はとてもうれしそうに目を細めた。
「よく考えるんだな。ここでおまえに真実を話してやれるまともな人間は、俺だけだぞ」
料理番は来た道を引き返して行った。
僕はのろのろと街へ戻った。
マルセノ親方とおかみさんは、必ず僕を迎えに来てくれると信じている。
でも、料理番の話を聞いた僕は混乱した。このひどい現実で、何を信じてがんばればいいのか、わからなくなったんだ。
料理番が言った「身代金が届いても、お前だけは解放されない」という言葉が頭にこびりついて離れない。
僕は最初から、イレギュラーな人質だった。
海賊の凱旋パレードには、僕だけが参加させられた。
いくつかの重要な局面で、僕だけが、違う景色を見せられている。
――なぜだろう。……理由がわからない。
僕は考えながら、ヨルナさん達がいる店まで戻った。
店に入るとすぐ、異様な空気を感じた。
片隅にヨルナさんたちがかたまり、同じ方へ顔を向けている。その視線の先で、若い女性がはしゃいでる。
「これと~ぉ、あ、これもいただくわ。あ、こっちのもステキ!」
リーザさんだ。若い女性店員と話しながら両手に服を何着も持っている。その服は意外にも、リーザさんやヨルナさん達が着ている服とそう変わらなかった。
つまり、すっきりしたブラウスやスカート丈は膝丈程度の、動きやすい近代的なデザインの服なのだ。
僕は恥ずかしながら、こんな海賊の島に住む女性の服は、ぞろっと裾の長いスカートとか、腰や肩口や袖をパニエで大きく膨らませた、中世時代さながらの重い衣装だろうと、偏見を持っていた。
凱旋パレードで見かけた女性達は、大きなスカートの派手な衣装を着ていたが、あれは祭り用かも。
そういえば僕の元いた国でも、ファッションや生活スタイルは、世界の先進国で新しく流行したものが、いつの間にか取り入れられていた。
それらは地球のどこかで進歩した新しい文化の片鱗だったけれど、人の往き来と共にはるかな境海すらも越え、人の住む地であればじわじわと波及するものなのだろう。
「店の奥には新しい一点物のドレスもございますよ。きっとお似合いになるかと」
若い女性店員は次々に服をすすめる。まるで、リーザさんなら、無制限に買い物ができるかのように……。
「う~ん、そうね。でも、今日は晴れ着はいらないわ。そうだ、さっきのレースの下着は欲しいわ。もちろん、おそろいのレースの小物もいっしょにね」
かしこまりました、と、店員は数着の服を抱えてリーザさんと一緒に店の奥へいった。
すみにかたまっていた女性たちは、小声で話し出した。
「あの子、本気で買うんだわ」
「だいじょうぶかしら。みんな用心して、今日は何も買わないことにしたのに」
「すごい心臓ね。わたしたちだって、欲しいのを我慢してるのに……!」
みんなリーザさんと年の近い若い女性だ。新しい着替えくらい欲しいのだろう。
「ロミさん」
僕は、いちばん近いロミさんへ声を掛けた。
「おかえりニザくん。なにかいい物は見られた?」
「いえ、特には……。それより、リーザさんは、お金を持っているんですか?」
「小銭の手持ちはあるみたいよ。自分のバッグを持ってきたから」
皆、境海を渡る旅客船の乗客だった。ちょっと豪華な旅行気分の人もいれば、遠くへ移住するつもりの人もいた。みんなに共通していたのは、当座の生活に困らないよう、まとまった額の現金を持ち歩いていたことだ。
僕は持っていないけど、マルセノ親方が財布やカバンに、ふだんより大きな額のお金を詰めていたのは知っていた。僕らの船室に置いてあったあのカバンも、海賊に略奪されたかも知れないな……。
ここでイタリー王国のお金が使えるのかも気になった。たしかリーザさんも、僕と同じ港から出発した人だった。
ロミさんにそこを訊ねた。
境海を渡る船が往き来する土地では、公的に流通していると誰もが知る貨幣であれば、文化的に銀行取引が存在しないよほどの僻地でないかぎり、だいたい使用できるという。
ただしその場合、通貨価値そのもので取引するのではなく、物々交換に近い。見知らぬ土地では、取引相手によっては、こちらが旅人だと侮られ、安く買い叩かれる覚悟はいるそうだ。
「でも、あんなに買い物するなんて。今日はいいとしても、明日以降はお金が続かないでしょうね」
店の奥の勘定場で、リーザさんが精算している。女性店員が満面の笑顔で、大きな紙袋に服を詰めていた。彼女の後ろに恰幅の良い黒い上着の男が顔を出している。リーザさんへ、ありがとうございます、といっているから、おそらくこの店の主人だ。
彼はリーザさんに、財布をバッグへ片付けるよう、ていねいに促した。
「あ、ほら、あの子、財布をバックに引っ込めたわ」
「まあ、お金を払わないつもりなのね!?」
「でも、店員さんたち、ずっとニコニコしてるわよ。無料ってほんとに……?」
ヨルナさんが「しっ! はしたないわよ!」とたしなめた。
「お金を持ってるなら自分で買えば良いの! そうでなければ、あとで海賊からどんな要求をされてもいい覚悟をすることね」
ヨルナさんがぴしゃりと言うと、お喋りは止んだ。聞こえていたリーザさんが振り返り、こっちを睨んだ。その瞬間、女性店員と店の主人らしい男が真顔になっていた。
すぐに微笑みを浮かべ直したけど。
それに気づいたのは僕とロミさんだけだったようだ。この話をあとで聞いたヨルナさんは「見逃したわ」と悔しがっていた。
おかげで確信できた。
海賊は自由に買い物をして良いと言ったが、それが真実、無償で僕らに与えられる保証はないのだ。
帰り道のリーザさんは、ロミさん達の心配なんてどこ吹く風で、上機嫌だった。
あんなにたくさん買い物をしたのに、荷物は小さな紙袋だ。ぜんぶあとで城塞へ届けてもらえるそうである。
「ここってサービスがいいわね」なんて喜んでいる。
ロミさんがヨルナさんに「どうしょうもないから、しばらく放っておきましょう」と囁いていた。
僕は帰ると、まっすぐ世話係の人の所へ行き、海賊船長に会わせて欲しいと頼んだ。
街へ出て働いても良いか、訊くためだ。




