その四十六:海賊の凱旋③
白い壁の美しい街路。
大勢の人々があげる喜びの声。
空中を舞う紙吹雪ならぬ、風に乗って舞い散る白や赤やピンクの薔薇の花びら。馥郁たるその香りは、花園に迷い込んだような錯覚さえおこしそう。
だが、僕の心は、この美しい光景を拒否する。黒い違和感がどんどん強く、大きくなっていく。
街はこんなにも明るく、人々は喜びにあふれているのに。
ほら、そこの角には子連れの母親がいる。
幼い子らがお祭りのお菓子を頬張り、無邪気に笑っている。
ここにあるのは平和そのものの風景なのだ……。
「ボウズ、どうした? 顔色が悪いぞ。馬車酔いか?」
身動きせずにいたら、心配した馭者が顔を覗き込んできた。
僕はムリヤリ笑顔を作り、なんでもないと応えた。
この凱旋パレードを――海賊が旅客船の襲撃に成功したお祝いを――僕が心の底から嫌悪していると、気づかれたくない。
それに、僕が見知らぬ〈あの人〉に目を留めたことを、海賊に気取られてはならない。なぜか強くそう思ったんだ。
どうしてそう思ったのか、自分でも疑問だったけど……。
この謎が三日後に解けるのを、このときの僕はまだ知らない。
「喋ってたら、ちょっとは気が紛れるぜ」
若い海賊が急に話しかけてきた。僕が動かないのは、馬車に揺られて気分が悪くなったせいだと誤解してくれたようだ。
「このパレードもそうだけど、この島には他にもいろいろと昔からの慣習ってヤツがあってさ。また聞くとは思うけど、たとえば……北の……船が……とか!」
若い海賊の声は、歓声にまぎれてよく聞こえなかった。
「むかしから伝わる話で……。あの城塞の下の崖を……。森には……白い……――」
若い海賊の話を聞き取る努力はしながら、頭ではずっと〈あの人〉のことを考えていた。
ふつうの人間ではないと思うのは、考えすぎだろうか。
なんだか輪郭がはっきりしなかったし、ときどき透けて見えたような気もする。
もしかしたら、ああいうのが幽霊だったりして……!
ここは海賊の島だ。過去には海賊に命を奪われた人もいるはずだ。
――いや、あれは死者じゃない。
生きた人間だと、僕の直感が告げている。
よし、情報を整理しよう。
まず、〈あの人〉は、僕の知らない人だ。
これは絶対だな。一度でも会ったことがある人なら、見当くらいつくと思うんだ。
でも、僕が、あんなに大勢の中から目を引かれたのは、〈あの人〉の〈なにか〉が気になったからだ。
で、それは…………――何だろ?
ふと、マルセノ親方が仕事をしている姿が脳裏をよぎった。
僕は、この世に生まれて十五年と少しでしかない。そんな過ごした時間も中身も、未熟な人間である僕を、僕たらしめている記憶と知識は、すべてマルセノ親方の魔法玩具工房での修行で得たもの。
僕の半生の八割を占めるのはマルセノ親方からいただいたものなのだ。
マルセノ親方は魔法玩具師。
つまり、魔法使いだ。
〈あの人〉はマルセノ親方ではなかった。
僕が自分の勘を信じるなら、まちがいなく。
もしこの島へマルセノ親方とおかみさんが来てくれたら、一瞬の後ろ姿でも、僕にはわかると思うんだ。
僕は〈あの人〉の何かをマルセノ親方みたいだと思ったのかな? ……うん、なんだかそんな気がしてきた。
可能性の一つとして、〈あの人〉は魔法使いかもしれない。
胸がドキドキしてきた。
この島に魔法使いがいるかもしれない。
マルセノ親方以外の魔法使いに会うのは初めてだ。
でも、魔法使いだと仮定して――。
なぜ海賊のパレードを見ていたのか。
そして、どうして海賊ではない僕を、観察していたのか……。
いったい、なぜ?
そこからの道程はよくおぼえていない。
気がついたら、高い塀に囲まれた広場のような場所を歩いていた。
僕と一緒に知らない人が歩いていて、僕を石造りの建物の方へ案内してくれた。
次の記憶はどこかの部屋だ。
古い石壁の大きな窓には、平らな板状のガラスがはめ込まれていた。ガラス越しに見える風景があちこち歪んでいる。機械作りの板ガラスではない、昔ながらの手作りガラスなので、ガラス表面に緩いデコボコがあるのだ。
僕は窓を開け、外を眺めた。
太陽がほとんど沈んだ夕間暮れの空に、蒼白い雲がひょうひょうと流れていく。
窓の下は切り立った崖。奈落のようなその底に、うっそうと広がる森。
遠く白かった砂浜は、暗くなるにつれ、闇に溶けた。
どこまでも暗い海を、白い月が見下ろしている。
それが世界のすべて。
ここは孤島。




