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その四:ちがう世界、ちがう町

 今日は一週間の六日目、土曜日。


 本来なら僕は休みをとる日。キノヤ親方の家具工房も公休日だ。

 しかし、キノヤ親方は、お金を稼ぎたいという僕のために、製材所の仕事を紹介してくれた。週に一度、土曜日だけの臨時工だ。




 木を切るのは、誰にでもできる簡単な仕事ではない。


 大人の背丈よりも長い大きなノコギリ〈大鋸(おおが)〉を扱うのは難しいのだ。木材の加工をする職人を木挽きという。ノコギリを引くのは簡単そうに見えてじつは、けっこう修行が必要な技能職だ。


 キノヤ親方は、僕を木工細工職人として紹介してくれた。


 木挽きの親方は、僕が大鋸の扱いを知っているとわかると、さっそく大鋸の作業に参加させた。大鋸を引くのは重労働だ。作業できる人間を増やすことで、交替で負担を軽減するそうだ。丸太を切って加工できる機械装置もあるが、建材や家具向けに選別して最後の仕上げをするのは、長年の職人の目利きと勘に頼るところが大きいという。


 僕が大鋸の手入れもできるとわかった木挽きの親方は、初めの取り決めでは一日の賃金七デュカトだったのが、九デュカトもらえる契約になおされた。


 これは波止場人足の仕事三日分の賃金よりも高い。


 ここの通貨単位は二種類ある。まず〈ソルド〉。それから〈デュカト〉だ。


 この町ではリンゴ一個が一〇ソルド。

 港町ではリンゴ一個一〇〇ソルドだった。


 波止場人足の仕事は、運ぶ場所や荷物の種類によって賃金が異なるので、非常に重い物を運ぶ仕事にありついたときには、一日で三デュカトと五千ソルドもらえたこともある。

 簡易宿の宿泊代と生活費で減るのも早かったけど。


 港町の波止場人足の仕事は、軽めの仕事なら一日の賃金は一デュカトか二デュカト、つまり一万ソルドから二万ソルドもらえた。


 簡易宿の宿泊料が一泊三千ソルドで、波止場人足向けレストランの定食が一食三百ソルドだった。そこで出されるパンは小麦以外の混ぜ物が多くて口当たりがガサガサしていたし、料理の肉は半分以上が脂身だったけど、安くてボリュームがあるからよく利用した。


 港町では一ソルドや五〇ソルド銅貨や一千ソルド銀貨がよく使われていた。一デュカト金貨はあまり見かけなかった。

 賃金はだいたい銀貨と銅貨で支給された。一デュカト金貨は額面が大きいので、波止場人足が利用する小さな店ではくずしにくいのだろう。




 僕はいまお金を貯めている。


 世界と世界の境目の海〈境海〉で別れてしまったマルセノ親方とおかみさんを探しに行くための資金稼ぎだ。 

 全額貯金するのが賢い方法だけど、今日はどうしても欲しいものがある。

 僕は町の広場へ買い物によることにした。




 こういった中規模な町の中央広場は、食品や生活必需品を扱う店が集まっている目抜き通りでもある。

 広場を囲む石造りの建物のうち、もっとも立派な館が町役場だ。この町に到着した僕が、いちばん最初に訪れた場所。

 土曜と日曜は休みだそうだ。


「やあ、ニザくん」


 町役場で出会った職員のおじさんが、居酒屋のテラス席でコーヒーを飲んでいた。


「こんにちは、ラゼットさん」


 ほかにも僕を見知ってくれているこの商店通りの人たちが声をかけたり、手を振ってくれる。

 どこの居酒屋でも曜日には関係なく、朝から晩まで入り浸ってコーヒーやお酒を飲んでいる人がいる。僕がもと住んでいた国でもそんな光景はよく見かけた。きっとここもそういう文化なんだろう。


「お、ニザくんは今日も仕事帰りかい?」

「ええ、そうなんです。これから帰るところです」


 僕は挨拶を返しながらゆっくり広場を歩いていった。


「やあ、ニザさん! またよってくれよ!」


 八百屋の前を通りかかると、店主とおかみさんが手を振ってくれた。生鮮食品を扱う店は土日も開けている店が多い。


「るっぷりい! ご主人さま、どこへいくのですか?」

「雑貨屋さんだよ」


 ピンクのクマの姿をしたぬいぐるみ妖精のシャーキスは、製材所を出てからずっと僕の頭の上に座ってる。姿は魔法で隠しているから見えないけどね。


「それよりずっと僕の頭の上にいるけど、だいじょうぶかい? こんなに人通りが多いと、なかには見える人がいるんじゃないかな?」


 僕にはいつでも見えているけど。だってシャーキスは、僕のぬいぐるみ妖精だから。


「るっぷ! 別に見られてもかまいませんもの! ボクが見える人は良い人ですから!」

「それもそうか」


 僕が頭の上にピンクの小花模様のテディベアをのっけて歩いている変人だと思われそうな気もするけど。

 まあ、面と向かってそれを僕に言いに来る勇気のある人は、そういないだろう。


「るっぷりい! 見えても見えなくても、きっと問題ありません。だってこの広場にあるお店の人たちは、みーんな、ごくごく普通の大人の人ばかりですもの!」


 シャーキスは僕の頭でポンポンはずんだ。


「ぷう! それでご主人さまは、雑貨屋さんで何を買うのですか?」

「ノートと鉛筆と、色鉛筆だよ」


 僕の頭の上で、シャーキスがお尻でポーンと高くはずんだ。


「るっぷ? ご主人さまはノートも鉛筆も、色鉛筆も、とってもたくさん持っているのを知っていますよ?」

「ぜんぶ船において来たんだ。だからこの半年ほど、何も描いていない」


 マルセノ親方の魔法玩具工房に居た頃は、魔法玩具のアイデアが湧いたらすぐに描きとめるためのノートと鉛筆を、常に側に置いていた。デザイン画を描くためのスケッチブックは八冊あって、船の上では九冊目を使っていた。色鉛筆は百以上の色を持っていた――……。


 海賊に(さら)われてから、僕は魔法玩具師としての仕事をなにひとつしていない。

 海賊の島から脱出したとき僕が持っていたのは、親方から預かり受けた荷物入れの巾着袋と、その中に入っていた革製の道具入れの袋だけだった。


「るっぷりい! では、早くノートと色鉛筆を買わなければいけません! だって、ご主人さまは魔法玩具師なのですから、魔法の玩具のアイデアを、とてもとてもたーくさん、描かなければいけないのですから!」

「まったくその通りだよ。僕もつねづねそう思っているんだ。きみはいつも僕が欲しい言葉をくれるね。ありがとう、シャーキス」


 僕は雑貨屋に入った。


 雑貨屋はこの広場で三番目に立派な建物だ。五階建ての広い店内には大きな棚が整然と立ち並び、さまざまな品物がギッシリと並べてある。

 僕は文具品のコーナーで、持ち歩きにも便利な小型のノート一冊、黒い(しん)が柔らかめの鉛筆を三本と消しゴム一個、一番安い五色の色鉛筆のセットを購入した。


 鉛筆が一本一〇〇ソルド。ノート一冊が六〇〇ソルドで、色鉛筆の五本セットが九五〇ソルド。全部で一六五〇ソルドだ。


 今日の木挽き仕事でもらった九デュカトは九万ソルド。そこから代金を引いた残りは八八三五〇ソルド。八デュカトを貯金して、八三五〇ソルドを当座のお小遣いにしよう。


 色鉛筆や絵を描く道具などの生活を彩るためのさまざまな雑貨品が庶民に買いやすい価格で売られているのは、この国の物資が(ゆた)かで人々の生活水準が高い証拠だ。生活も文化程度も、僕が以前住んでいた地球の国とそう変わらなく思える。


 色鉛筆は、きれいな模様が印刷されたボール紙製のケース入りだ。ノートの表紙は黄土色したボール紙製で、中のページは無地の白紙。


 店でその二つを手に取った瞬間、僕の心臓はドキドキして、心はワクワクした。


 なんてすてきな気分だろう!


 以前の僕は毎日、いまみたいに玩具や魔法玩具のことを考えては、このすてきな気分を味わっていた。


 だが、海賊に攫われたあの日から、新しいアイデアを描いていない――何も描くことができなかった。描く道具をすべて失い、自分の時間を自分のものにできず、描きたいという衝動すら、いまにも海賊に殺されるかも知れないという恐怖によって、心はいつも押しつぶされていた。


 いま、こうしてこの町に居る僕は、もう海賊の人質じゃない。


 立派な家具工房で働く旅職人だ。

 ありがたくも住み込みの徒弟と同じ待遇で、十分な給料までもらってる。


 波止場人足の力仕事をしていたときは、ふとした拍子に新しい玩具のアイデアを思いついても、喜びではなく魔法玩具師の仕事ができない辛い気持ちで落ち込むばかりだった。

 もうそんな気持ちには二度とならなくていいんだ。


 僕はノートのまっさらなページをめくった。

 ここへ新しい魔法玩具のアイデアを描いていく。まだ誰も見たことがない、僕が考えた、僕だけが知っている新しいデザインを、自由に描いていくんだ。


 いまの僕にはそれが許されている。







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