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その二:木材産業の町ベネア

 

 この町の名は〈ベネア〉。

 木工関連の工房がたくさんある。


 近くの大きな森から切り出される木材産業で発展してきた町だそうだ。


 製材所で加工された良質な材木は、町中の工房はもちろん国中へと運ばれ、建材や家具、さまざまな木工細工の材料になる。

 たとえばこの国で「ベネア製」といえば、最高級の木で作られた高級家具の代名詞として通じるそうだ。




 シャーキスは製材所の食堂を珍しそうに飛び回り、僕が食卓に着くと、いつものように僕の頭の上にきて着陸した。


 石と木で作られた製材所の広い食堂では、温かい昼食が用意されている。


 大工の親方のおかみさんや職人の奥さん達が作ってくれた料理だ。女性達もちゃんとした従業員である。この製材所には百人以上の従業員が勤めているので、毎日のパンも自家製のパン焼き釜で焼かれているんだ。


 長テーブルの食卓には職人の男だけが席についた。僕らはこの昼食が終われば今日の仕事は解散だ。しかし女性陣の仕事は食事の準備やその後片付けやら、製材所の作業とは時間が違うため、僕らとは別に交替で食事を済ませているそうだ。


 食卓に着いた親方達はテーブルの上で静かに手を組み、祈りの姿勢をとった。


「太陽と花の聖母に今日の(かて)を感謝し、隣人と分かち合うことを感謝します」


 この国の多くの人が行う食前の祈り。

 僕も同じように手を組み合わせ、他の人が食べ始めたのにあわせて黙々と食事した。


「るっぷーい、ぷうっ!」


 僕の頭の上でぬいぐるみ妖精シャーキスがバタバタと足を動かした。


 ぬいぐるみ妖精のシャーキスはずっと魔法で姿を消している。他の人には見えない。いま静かにするよう注意したら、僕の頭がおかしいと思われてしまうだろう。


「ニザくん、ワインは飲むかい?」


 隣席の若い職人に訊かれた。若いといっても、僕より10才くらい年上の青年だ。ここでは水代わりに昼間からワインを飲む大人が多い。


「僕、お酒は飲めないんです」


 僕はペパーミントのお茶をもらった。


 僕の真正面に座っている職人が、大ジョッキでワインを飲んでいる。

 ベテラン大工職人の茶色いヒゲのオヤジさんだ。いかにも美味しそうにワインを飲み終えると、ふと、僕の方へ視線を向けた。


 その目が大きく見開かれた。


「るっぷりい! ご主人さま、あのおじさんはボクが見えていますよ。ボクが見えるということは、とても良い人なのです! 良かったですね、ここにもぬいぐるみ妖精が見えるほど良い人がいて!」


 魔法で姿を消しているぬいぐるみ妖精が見える人は、純真無垢な子どもか魔法使いだという。それでもなにかの拍子に見えてしまう人がいて、どうやらこのオヤジさんがそういう体質らしい。


 茶色いヒゲのオヤジさんは、持っていたワインの大ジョッキをテーブルに置き、両手でゴシゴシ目をこすった。

 何度も瞬きしては、僕の頭上を見やってる。


「おい、急にどうしたんだい?」


 隣席の職人たちが訊ねた。

 茶色いヒゲのオヤジさんと、僕の目が合った。オヤジさんは引きつった笑いを浮かべた。きっとものすごく僕に訊ねたいはずだ。『いま、きみの頭の上にピンクのぬいぐるみが見えるんだけど、それは本物かい?』って。


 僕はニコッと無邪気な微笑みを返した。


 ぬいぐるみ妖精が見えちゃったくらい善人なオヤジさんには申しわけないが、僕の頭の上にシャーキスが座っていることを肯定(こうてい)も否定もしてあげられない。


 だって、他の人はぬいぐるみ妖精が見えないし、魔法の生き物の存在も知らないだろうから。

 魔法を知らないこの国のこの町で、シャーキスの姿がいつも皆に見えるようにすることはできないんだ。


 旅職人の修行をしている一人前の男がピンクのぬいぐるみを持ち歩いているなんて、どう考えたっておかしな人間だと思われてしまうだろう。


「るっぷーいッ、ぷうッ! はじめまして! ボクはぬいぐるみ妖精シャーキスなのです! スープは美味しいですか?」


 僕の頭の上でシャーキスが手を振っているのが動きでわかる。

 大ジョッキ一杯分のワインを飲んだにもかかわらず、茶色いヒゲのオヤジさんの顔色は青ざめていた。


「おい、どうした。具合でも悪いのか?」

「お、親方、俺、酒は今日限りやめるよ。どうやら飲み過ぎて目がちょっと……耳も、なんだかおかしいみたいなんだ」

「なんだ、今日はまだ一杯しか飲んでないだろ。まあ、これから酒を控えめにするのはいいことだな。体は大事にしろよ」


 気の良い職人達のお喋りを聞きながら、僕は目の前のオヤジさん達から視線をそらせ、美味しいスープを食べつづけた。


「なあ、ニザくんはどこの国から来たんだい?」


 大工の親方に訊かれた。


「イタリーです。ご存じですか?」


 僕は大きなパンの固まりをちぎって口に運んだ。根菜と豚肉のスープも、食べ慣れた味がする。この国にある食物は、僕が元いた国とほとんど変わりがないようだ。


「ほうほう、あの遠い国だね」

「ええ、船で来ました」


 嘘を交えず、あいまいにとれる内容を告げておく。この人たちの知っているイタリーと僕の元いた国が同じとは限らない。どうやらこの国と近海には、僕の知っているイタリア風の名称とよく似た地名がいくつもあるようなのだ。


「きみはいい親方について修行してたんだな。道具の扱いを見ていたらわかるよ。よかったらまた手伝いに来てくれ」


 ここの製材所は大きいので、年中なにかしら作業があるそうだ。

 昼食の後、僕は今日の日給をもらい、帰路についた。


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