その十九:僕の捜し物と、ぬいぐるみ妖精の日常
海賊船の夢の中で、僕は船内を走り回った。実際に乗っていたときは足を踏み入れたことが無かった船の奥底や、ほかの階にある船室なども行ってみた。
海賊船なのに海賊がいない。僕と一緒に囚われていた人質の姿も無く。
僕は船長室の戸棚まで開けて、〈何か〉を探した。どこもかしこも見事に空っぽだった。
僕の見たかったもの――――それは、なんだ?
いまの僕は、それが何であるかを思い出すこともできないのだ。
「だめだ、休憩しよう」
疲れた僕は、僕が閉じ込められていた船室へ戻った。海賊船での航海中過ごしたイヤな場所だけど、海賊船のほかの場所は夢であっても新しくイヤな思い出になりそうで、もっとイヤだった。
「なにもわからないや……」
急に目の前が暗くなった。
慌てて目を開けようとしたが、まぶたがすごく重くて……――――。
「まだ熱が高いわね。かわいそうに……」
額にヒヤリと冷たい感触。
冷たい水で絞ったタオルで、顔を拭かれている。
「お母さん、ニザさんを起こしてお水を飲ませてあげるのはダメなの?」
女の子の優しい声。
「そうね、さっき一度起きたみたいだし、水分を取らせたほうがいいわね。ニザさん、飲み物を持ってきたわ。目を覚まして」
薄目を開けた。
誰かが僕の顔を覗き込んでいる。
「あなた、ニザさんが目を覚ましたわ」
「ニザくん、だいじょうぶかい?」
キノヤ親方と奥さまだ。
僕はなんとか上半身を起こし、キノヤ親方に背中を支えてもらいながら、奥さまに飲み物を飲ませてもらった。水の味はさわやかに甘くて、オレンジの風味がした。
でも、僕はまぶたの重さに負けて、目を閉じてしまった。
体がクタクタに疲れていて、それ以上起きていることができなかった。
僕は目を開けた。
狭くて暗い部屋の中。海賊船の、僕が閉じ込められていた船室だ。ろうそくもランプも無いけど室内が見える程度に薄明るい。夢ならではの不思議な明度だ。
「また夢に戻ってきたのか……」
シャーキスは立っている僕の顔の前に浮かんでいた。
「るっぷりい! ご主人さまはまだ眠っているのです!」
「シャーキス! キノヤ親方と奥さまを見たよ。僕は客室のベッドで寝ていたんだ。お二人が看病してくださっているなんて、夢にも思わなかった」
「るっぷりい! そうなのです、ご主人さまはすごいお熱で寝込んでいるのです!」
「困ったなあ。うーん、どうしょう……」
「るっぷりい! 夢の中で唸っていてもどうしょうもないのです、ぷう!」
シャーキスは僕の頭上をくるくる飛び回った。
「まったく、頭が痛いよ。これは悩んでいる比喩じゃなくて、熱があるせいだね。僕の高い熱って、どのくらい高いんだい?」
「るるっぷ?……ええと、それは……」
シャーキスはうーんと首を傾げてくるりと空中回転した。
「ずーっとずーっと前に、ご主人さまがとーってもひどいお風邪を引いて、一週間寝込んだことがありました。その二日目にベッドから起き上がれなかったのと同じくらいお熱が高くて、もうろうとしているのです!」
「え!? 僕、そんなに重態!? それ、ただの風邪じゃないよね。インフルエンザかな。この世界に薬はあるかな。どうやったら治るんだい?」
「るっぷ! 本当のお病気ではないから、お薬では治りません。でも、ご主人さまがぐっすり眠って疲れがとれて、その間に見たかったものを見つけたら、あっという間に治るのです!」
シャーキスの言葉にちょっと安心。
僕は心も体も疲れすぎたのか。自覚が無かったのは確かに問題だ。
「でも、困ったな。本館の客室で寝込んじゃっているわけか。キノヤ親方にすごいご迷惑をかけてるなあ」
「そうなのです! ご主人さまは朝になっても目を覚まさなくて、ボクは急いでノエミお嬢さんに知らせにいきました!」
「え? キノヤ親方じゃなくて、ノエミお嬢さんに?」
「そうなのです、ご主人さまがお熱を出してたいへんなのですと話しましたら、ノエミお嬢さんはすぐキノヤ親方と奥さまに伝えてくださったのです! だからいまは、奥さまとノエミお嬢さんが看病してくださっているというわけなのです、ぷいっ!」
シャーキスは、えっへんとでも言いたげに胸を張ったので、僕は「そうか、ありがと……!?」あやうくお礼を言いかけた。
「いや、待ってくれ。シャーキスが、ノエミお嬢さんと、話をしたのか?」
「るっぷりいッ! もちろんです!」
「姿を見せるのはまあいいとして、どうやってぬいぐるみ妖精の存在を信じてもらえたの? 普通の人は魔法もぬいぐるみ妖精も、伝説の中の幻想みたいなものだろ?」
この町で、魔法使いらしい人や魔法に関係したことはまったく聞いたことが無い。
だからここは魔法を知らない人々の国で、ぬいぐるみ妖精なんてものは信じてもらえないと思っていた。
僕の勝手な思い込みだったかな?
「るっぷ? 信じてもらう必要はありませんでした! だってノエミお嬢さんは、初めて会った日からボクのことがちゃんと見えていた、すばらしいお嬢さんですもの!」
シャーキスの告白に、僕は愕然とした。
ベネアの町に着いたあの日、キノヤ親方は泊まるところがない僕を、お屋敷に連れ帰ってくれた。その間もシャーキスは魔法で姿を消しながら、僕の頭の上にずっと乗っかっていたのである。
僕が悪い人に連れて行かれたら心配なので、そうやって見守っているそうだ。慣れてるから気にならないし、頭に乗ってることもときどき忘れるけど。
幸か不幸か、それまでの道中では、魔法で完全に姿を隠したシャーキスが見えるほど、魔法の才のある人には遭遇しなかった。
お屋敷に到着すると、キノヤ親方は、奥さまとノエミお嬢さん、そのほか使用人全員を集め、「旅職人のニザがしばらく滞在するからよろしく」と、しっかり紹介してくれた。
いま思えば、得体の知れぬ流れ者の旅人を屋敷に泊めるのだ。皆に僕の顔をしっかり見せておくためだったんだろうけど。
「最初から?……あの初対面の紹介で、シャーキスがボクの頭の上に乗っかったまま、僕が皆にあいさつしたときから?」
そういえば、ノエミお嬢さんだけは妙に困惑した落ち着かない目線で、チラチラ僕の方をうかがっていたような気がする……。
あれは怪しい旅人への警戒ではなくて、もしや、僕の頭上を二度見していたのか!?
「るっぷりい! もちろんそうです! ボクはノエミお嬢さんと目が遭ったので、両手を振ってご挨拶しました! 以来、ご主人さまがノエミお嬢さんにお会いするときは失礼がないように、必ずボクも、ご主人さまの頭の上に乗っかってから、ご挨拶しています!」
僕はその場に崩れ落ちた。
「るっぷ? いったいどうしたのですか、ご主人さま?」
「僕は頭の上にいつもピンクのテディベアをのっけて歩いている男だと思われてるんだ」
「るっぷ! それはしかたありません。じっさいにそうですもの!」
僕は両手で顔をおおった。
「シャーキスにはわからないよ。あのきれいなノエミお嬢さんに、頭にいつもテディベアを載せて歩いている男だと思われているなんて、あんまりだ…………」
ぬいぐるみ妖精のシャーキスは悪くない。
すべては僕を大切に思っての行動なのだから……。
「るっぷ? ご主人さま、だいじょうぶですか?」
「うん、ごめんよ。落ち込んでいる場合じゃないよね。こんなショックで寝込みが長引いたら情けなさ過ぎる……」
何かを見つけて、早く目覚めないと!




