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太陽と月の砂時計がある街~魔法玩具師ニザの冒険~  作者: ゆめあき千路


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その十五:海賊船長の脅迫

 人当たりの良い笑顔を振りまく海賊船長はがっしりした体型で、海の男らしくよく日焼けしていた。それ以外に目立った特徴は特になく、あとで「どんな人だった?」と訊かれたときにその容貌(ようぼう)を説明しにくいタイプだ。


 ほかの海賊も、絵画のような派手な格好はしておらず、船員のような制服みたいな服装だった。

 (ひげ)を生やしている者もきれいに剃っている者もいた。ことさら凶悪な人相をした者はいない。皆ごくごく普通の男たちだ。


 それを普通でなくしているのは、彼らが持つさまざまな形状の剣と、やや古めかしい長い銃だった。

 食堂の出入り口は、剣を持つ者と銃を持つ者が二人一組で見張っていた。


 この船の船長や船員の姿は、食堂のどこにもなかった。


 海賊達はそれについて一切しゃべらない。


 船長達の運命がどうなっているのか、あるいはどうなったのか、海賊船長の落ち着き払った態度はよけいに不吉な予感をかき立て、僕らは(おび)えた。


 食堂に集められた乗客は、ほぼ全員が手首や足首を拘束されていた。

 マルセノ親方とおかみさんのように腕を体に付けてグルグル巻きにされているのは、なにかしら抵抗した者だった。

 固まって座っている乗客は、小声で話をした。


「いったい何人いるんだ?」

「あいつら、銃を持ってるぞ」

「境海世界の境目では、銃みたいな武器は使えないはずだろう?」

「だから剣を持っているんだ。剣なら魔法にも関係なく使えるからな」


海賊船長が咳払いをした。


「さて、皆様。ただいま感じておられるあまりに悲痛なご心情には、心からご同情申し上げます。ここに残されたご家族様のご悲嘆は、まことに聞くに()えません。そこで、我々から重大な提案がございます」


 海賊船長の芝居がかった演説はつづいた。


「大切なご家族を取り戻す方法はただ一つ。 三等船客の身代金は、一人につき金貨百枚のお支払いを求めます!」


 乗客たちがギョッとして目を剥くのを、海賊船長はニンマリしながら見渡した。


「ただしこれは、三等のお客様だけの特別割引料金でございます。二等のお客様は金貨二百枚! 一等のお客様となると、金貨一千枚を支払っていただかねば、三等二等のお客様に対して、不公平になってしまいますからな」


 海賊船長は芝居っけたっぷりに、左右をゆっくりと眺め回した。

「金貨百枚だって? 俺の一年分の稼ぎに近いよ。すぐには無理だ」

「むちゃくちゃだ。金貨二百枚なんて、家を売ったって、一年じゃ作れないぞ!」

「一等船室の客は一千枚なんて、そんなのできるわけないわ!」


 ヒステリックな女性の泣き声があがり、男達の悪態が混じった。


「おやおや。なにやら不服そうなお声が上がりましたな。どうしてどうして、噂に聞く遠い国の奴隷を売り買いするという相場にくらべれば高すぎることはないでしょう。ましてや一等船室に泊まれる方々は、金貨一千枚ぽっちで身上が傾くことはありますまい。よくお考えください。早く金が届けば、それだけ早く人質は自由になれるのです! もちろんお迎えが来るまで、人質は等級に関係なく、みな平等に、丁重に取り扱うことをお約束いたしましょう。なにしろわたくしどもは境海世界をまたにかける商人ゆえ、商売は信用第一なのですから!」


「なにが商売だ。くそったれの海賊め。言いたい放題言いやがって」

「そうだそうだ!」

「いま強盗したものだけで十分じゃないか」

「俺たちをいますぐ解放しろ!」


 乗客の訴えを、海賊船長は完全に無視した。


「さて、皆様。金の届け先ですが、この境海世界でただひとつの海賊の王国〈(あか)冠島(かんむりじま)〉までお持ちください」


 海賊の王国だって?

 乗客は顔を見合わせた。

 海賊船長は笑った。


「おや、誰もご存じない? ご安心を、境海世界の船乗りならば必ず知っています。もちろんこの船の船長も知っていますとも。支払い期限は、今日からきっかり一年後! どうです、わかりやすいでしょう? 一年の間に金を用意して迎えに来れば良し。金と引き換えに人質は解放されるのです。しかしながら……」


 海賊船長は笑みを消した。


「一年後の今日、ご家族であれ代理人であれ、指定の金が〈赤い冠島〉に届かなければ……――おわかりですな」


 右手の立てた親指を、首の前で左から右へと水平に移動させる。

 喉をかっ切る処刑のジェスチャー。

 身代金が届かなければ、人質は殺される。

乗客は恐怖に震え上がった。


「船長!」


 食堂の出入り口の一つである階段の上から手下が呼んだ。


「よし、いい頃合いだ。連れていけ!」


 手下に抱え上げられた子らは悲鳴を上げ、手足をばたつかせた。父母を呼んで泣き叫びながら、順番に運ばれていく。海賊どもは子どもが運ばれていくところを、残された家族へわざと見せつけているのだ。

 ロープで縛られ身動きできない親たちは、血を吐く思いで我が子の名を呼びながら、見送った。


「泣かないで。お母さんが迎えにいくまで我慢してね!」

「かならず迎えにいく。良い子にして待っているんだぞ!」


 子ども達が運ばれたあとで、ロープに繋がれた若い女性七人が連行された。

 若い新婚夫婦の妻や、恋人同士で旅をしていた若い女性だ。


 女性の行列はときおり手下がロープを引っ張っるくらいで、それ以上の乱暴な扱いはされていないようだ。


 女性達はなんども振り返りながら、階段を上っていった。

 妻を恋人を、目の前で連れ去られた男達は、悔しさに歯ぎしりしながら見送るしかなかった。


 僕はそのあいだずっと、海賊船長のとなりでナイフを突きつけられていた。


――海賊は、僕にもわざと見せつけているんだ。絶望しておとなしくするように……。


 僕が人質に取られた理由はなんとなく見当がつく。僕らは一等船室に泊まっている。だからお金持ちだと思われたんだ。


 マルセノ親方は、職人としては裕福な方だと思う。それなりに現金資産もあるはずだ。

 この船に乗る前、イタリー王国にあった不動産はすべて処分してきた。

 しかし、お金に換えられない物は置いてくるしかなかった。

 この境海世界で金貨一枚がどのくらいの価値か知らないが、現在のマルセノ親方の全財産は、さすがに金貨一千枚はないだろう。


 海賊船長がチラリ、窓の方へ視線を走らせた。

 外は明るかった。夜明けはとうに過ぎて、清らかな朝の光で満ちていた。


「よし、いい時間だ。そろそろずらかるぞ」


 海賊船長の合図で手下がうなずきあい、動き出す。


「歩け! そっちだ!」


 僕は背中にナイフを突きつけられたまま、海賊船長のすぐ前を歩いた。

 後ろで大人達の悲痛な叫びがあがった。


「お待ちなさいッ、その子たちを解放して代わりにわたしを連れてお行きッ。この人でなしどもッ。わたしを連れていかないと必ず後悔するわよッ!!!」


 おかみさんだ!


 振り返った僕が見たのは、マルセノ親方と一緒にロープでグルグル巻きに拘束され、髪を振り乱したおかみさんの――まさに憤激(ふんげき)の表情だった。ふだんのおかみさんはとてもきれいで優しい人だ。その人が信じられないくらい怒って怖い顔になっているのを、僕は初めて見た。でも、その怒りは僕のためなのだ。


 一瞬、僕と視線が合った。


 おかみさんは、まるで泣いているように表情をゆがめた。


 それが僕が最後に見た、マルセノ親方とおかみさんの姿だった。


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