その百:僕の夢、夢の魔法
この世界のどこかにいるマルセノ親方とおかみさんへ、連絡をつけるすべは無いのか?
せめて夢でも会えればいいのに……――!?
「そうだ、シャーキス!」
「るっぷりい!」
食事の後はずっと姿を消していたシャーキスが、パッ! と空中に出現した。
「きみはたしか、夢を渡って行きたい場所へいくことができたよね。この世界のどこかにいるマルセノ親方の夢を捜せないか?」
「へえ、そんな魔法の探索方法があるのかい?」
トニオさんは興味深そうにシャーキスを眺めた。
「るるっぷりい! それはできないのです!」
シャーキスは短い両腕を羽みたいにパタパタ上下させ。首をブンブン横に振った。
「同じ世界の同じ陸地であれば夢を渡ることはできるのですが、ここは境海世界です! 境海を隔てて遠くにいる人の夢には渡れないのです!」
そういえば、前にもそんなことを聞いた気がする。
トニオさんが「それは境海の魔法だ」と言った。
「人の運命はその人の星と共にあるという。だが、違う世界に行けば、夜空に輝く星座もまた異なるんだ。その人間が生まれ持った宿命すらも変わってしまうというのは、そこからきてる。それがこの境海世界のいわれであり、数多の世界を隔てる〈境海〉の〈魔法〉なんだよ」
「でも、マルセノ親方は、二カ月前にはここと地続きの場所にいたんですよね? シャーキス、いまからそこを探してたどることはできないんだろうか?」
「るるっぷりい? そんな気配はありませんでした。ボクはマルセノ親方がこの大陸にいるのを知らなかったのです! 何かわかればもちろん、すぐにお知らせしたのです、るっぷりい!」
シャーキスはブンブン飛び回った。
「そうか……そうだよな。マルセノ親方とおかみさんが船から降りて海軍基地にいたなら、どうしてシャーキスは気づけなかったんだろう……」
「あー、それはもしかして……。ニザくん、シャーキスのせいじゃないよ。じつは海軍基地は、陸地じゃないんだ」
「というと? 離れた島にあるんですか?」
「いや、海の上に造られているんだ。基地と港一帯が人工的な浮島みたいなもので、本当の陸地じゃないんだよ」
トニオさんの説明では、海軍基地と港町の周辺はすべて、四百年くらい前に、遠浅の海に長い杭をたくさん打ち込んで造られた土台を基礎にした、人工の土地だそうだ。
満潮時の高さを計算に入れた土台の厚さは十~二十メートル以上。支柱となる長い無数の杭の隙間は海水に強い性質の石が詰められ、コンクリートで固められている。
海軍基地も港町もその上に建設されたのだ。
「つまり、海が干拓された土地ではない。いまだ現役の海の上ってわけだ。シャーキスくん、『境海の上』というのは、そういう意味じゃないのかな?」
「るっぷ! その通りです。陸地は動きませんが、潮の満ち引きがあるならば、それは生きている〈境海〉なのです!」
「そうなんですね。なら、いったいどうしたら……」
マルセノ親方とおかみさんの行方を掴めるのだろう。
トニオさんが卓上ランプのガラスシェードをはずし、マッチでロウソクに火をつけた。
いつの間にか外が暗い。黄昏の時刻だ。
僕は窓辺に立ち、蒼ざめた空に浮かぶ白い満月を見上げた。
「マルセノ親方、おかみさん……。僕に魔法が使えたらいいのに……」
どうして僕には魔法が使えないんだろう。
僕が出会った魔法を知っているロミーナ王女や魔法使いには、魔法玩具師は魔法使いだと言われた。
けれど、マルセノ親方からは、魔法使いみたいな魔法の使い方なんて教わっていないんだ。
僕は窓から中庭を見下ろした。
この屋敷の図書室は二階にある。南向きの大きな窓からは、昼食会をしたぶどう棚のある中庭が眺め下ろせた。
「ん?」
もう暗いはずの中庭の風景がよく見える。
ぶどう棚を中心に、やけに明るい。
「るっぷりい! あれはお昼ごはんを食べた所ですね!」
「そうだね。誰かがランプを持ってあそこにいるのかな?」
「どうしたんだい?」
トニオさんが卓上ランプを手に、僕の横にやってきた。室内はすでに外よりも暗くなり、ランプの光を近づけなければ、本棚の本は背表紙の文字も読めない。
そう、人が持ち歩ける小さなランプ一つでは、中庭の風景を照らすことなんて出来やしないのだ。
では、ぶどう棚全体が光っているみたいな、あの光源はなんだ?
「庭が……。なんだ? すごく明るいが、なにがあるんだ?」
そのとき太陽が完全に沈み、黄昏がふっつり終わった。
陽が落ちれば真っ暗になるべき中庭の様子がはっきり見えてくる。
目の錯覚なんかじゃない。
まるで真昼のように明るくなっていく……。




