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ep50 その日は、何でもない1日でした。

「悠真、じゃあなー」


「あぁ、またな」


 西田は周囲の雑音を聞き流し、席を立った。廊下の人並みに紛れて歩く。人の視線を避けるように、自分の目線は常に足元にある。歩いていると、後ろからどんと何かが背中に当たった。

 驚いて視線を上げると、村上が舌打ちをした。


「邪魔なんだよカス」


「……ごめん」


 西田が誤った頃には、村上たちはもう先へ行っていた。


――――――――――――――――

晃 @chie24_×××


後ろからぶつかってきといて邪魔って言われたんだけど。何様なんだよ。ムカつく


――――――――――――――――


 西田はカバンの持ち手を握り、再び歩き出した。普通に歩いていても追い越される速さで歩く。周囲はまるで西田を見ていない。まるで空気になったようだ。誰も自分に興味がない。それならいっそ、完全に消えてなくなればいいのに。

 肩を叩かれて、西田は再び顔を上げた。咲乃が、柔らかく微笑んでいた。


「また明日」


 目を細めて西田に告げると、軽やかな足取りで追い越していく。西田は反応が遅れて何も言えずに、その後姿を見送った。





――――――――――――――――

晃 @chie24_×××


あいつら教室で騒いでてうるせぇ


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晃 @chie24_×××


加奈ちゃんめちゃくちゃ可愛いいいい。髪型変えたの超似合ってる♡♡♡♡♡


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晃 @chie24_×××


クラスメイト全員嫌い


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晃 @chie24_×××


顔が良いと笑ってるだけで好かれて得ですね


――――――――――――――――

晃 @chie24_×××


何か楽しいことねーかな


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晃 @chie24_×××


授業ダル


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晃 @chie24_×××


チエちゃんのグッズ絶対買う


――――――――――――――――

晃 @chie24_×××


井の中の勘違い野郎が、声がデカいだけで「オレwww世界のwww中心wwwwww」ってツラしてんの恥ずかしくないのかな


――――――――――――――――

晃 @chie24_×××


ぱにぱに2期始まったぁ!


――――――――――――――――

晃 @chie24_×××


クソしね


――――――――――――――――

晃 @chie24_×××


自分の存在自体が社会の害悪なのそろそろ気づけよカス


――――――――――――――――



 ベッドに寝っ転がって、SNSに投稿された呟きをスライドしていく。心の底に溜まった鬱憤を吐き出せるのは鍵垢のSNSだけだ。家や学校では口数の少ない西田でも、インターネット上だけは饒舌になった。



――――――――――――――――

晃 @chie24_×××


あいつらマジ全員消えろ


――――――――――――――――



 SNSに書き込んだ言葉が、タイムラインに乗る。西田はスマートフォンの画面を切った。気怠い気持ちで天井を見上げる。すぐに今日の宿題をやらなければならないのに、ずっ重いものが頭の中に居座っていてやる気がでなかった。そのまま目を閉じると、すぐに気怠い朝が来た。





――――――――――――――――

晃 @chie24_×××


あーあ。朝から数学とか激萎え・・・


――――――――――――――――


 西田が自分の席でスマホをいじっていると、突然スマホを奪われた。


「えっ、ちょっ……!」


 驚いて後ろを振り向く。スマホを奪ったのは村上だった。他の仲間たちと面白がって、西田のスマホの画面をスクロールする。


「『期待してたアニメクソすぎ。原作ぶちこわしてんじゃねぇよ。監督変えろ』? 何こいつイキってんだよ、きめぇな」


 村上が、昨晩投稿した文面を朗読した。


「か、返せよ!」


 スマホへ手を伸ばす。西田の肩を、村上の仲間が掴んで阻んだ。

 村上たちはゲラゲラ笑いながら西田の投稿を読み上げる。


「『あいつらマジ全員消えろ』……これ、誰のことだ?」


 村上が西田の眼前に、スマホの画面を向ける。


「……こ、これは」


 全身から血の気が引いた。顔中に冷や汗が流れる。身体は異様に熱くなっていた。


 まずい――。


 西田が必死に抵抗して、スマホの方へ手を伸ばす。しかし、振り回された手は宙を掻くばかりで、一向にスマホまで届かない。


「『自分の存在自体が社会の害悪なのそろそろ気づけよカス』『村上のゴミが、マジで消えろ。苦しみながら絶望にまみれて死ね』」


「あっ……あぁ……」


 西田の口から絶望の声が漏れた。言い逃れはできない。そこにははっきりと、“村上”と書いてあるのだから。


 次の瞬間、西田の腹に衝撃が来た。一瞬視界が真っ白になり、息がつまる。後発の痛みがじわじわと腹部に広がる。腹を殴られたのだ。


「おーい、石淵。お前のことも書かれてるぞ。『サッカー部で一番下手くそなくせに、体育で熱くなってんのクソ寒い』ってさ」


 村上の仲間が、別のグループで喋っていた石淵に声をかける。石淵たち近づいてきて、西田のスマホ画面を覗いた。


「は? ふざけんなよ、おい」


 石淵に睨まれ、西田は絶望に顔をこわばらせた。


 村上たちが西田の投稿内容を読み上げる。西田のスマホは、男子たちに回されて格好のネタとして扱われた。今やクラスメイト全員が、遠巻きから西田達のことを見ている。


 小林が、ニヤニヤ笑みを浮かべながら西田のスマホの画面をスクロールして、わざとらしくふざけた声で言った。


「これ見ろよ。『自分面白い奴って思ってるけど何一つ喋ってる事面白くねーから。他人下げてるだけで笑いのセンスゼロ』だって。西田に言われたくないんですけどー」


 小林が内容を読み上げると、中川が横からスマホを覗き込んで楽しそうに笑っていた。


「うっわ、なにこれ『今日も加奈ちゃんめっちゃ可愛い』『このキャラ、加奈ちゃんに似てる気がw』『今月こそは加奈ちゃんの隣りになりたい』だって。きっっもッッ。澤田のストーカーかよ!」


 中川がふざけて読み上げる。顔を青ざめさせた澤田加奈と、彼女を守るように囲んで西田に敵意を向ける女子たちの視線に、西田は恥ずかしさのあまり泣きたくなった。


 現実(リアル)では言えないことを、SNSで発散するのは気持ちが良かった。鍵垢にしておけば何を書いても安全だろうと思ていたから、実名をそのまま書いてしまっていた。まさか、こんなんふうに晒されるなんて思ってもいなかった。


 呆然と女子たちに慰められる澤田加奈を眺めていると、西田の頬に強い衝撃をくらった。

 意識が飛びそうになるほどの強い打撃に、整列された机を巻き倒して後ろによろめく。すぐに制服を掴まれ、引きずられるようにして起こされた。


「人のことキメぇ目で見てんじゃねぇよ」


 今までに聞いたことの無いような、日下の腹の底から沸き起こるような怒声。再び頬を殴られ、西田は倒れた。


 腹を蹴られる鈍い痛み。口の中の唾液が喉の奥に絡みついて、激しく咳き込む。

 西田は泣きじゃくりながら何度も謝った。顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。締め切られたドアの外では、廊下や隣のクラスの生徒たちの楽しそうな声が遠くに聞こえる。


 どうして、だれも助けてくれないんだろうと思った。こんなに大きな音を立てているはずなのに。いつもなら、他クラスから遊びに来る生徒もいるはずなのに。


 日下は、短く浅い呼吸を繰り返す西田の胸倉を掴み、拳を振り上げた。


「……何すんだよ、篠原」


 日下が押し殺した声で呻く。咲乃は日下の手首を掴んだまま、視線で時計を指示した。


「そろそろ、チャイムが鳴る」


 日下が時計に目を向けると、咲乃の言う通り時刻は朝礼が始まる頃合いになっていた。今のうちに教室の机や、泣きじゃくっている西田のことを何とかしなくては、担任の増田に見つかってしまう。


 日下は舌打ちをした後、西田から手を離し、咲乃の手を振りほどいた。床に倒れる西田は、小さくすすり泣いたまま床の上に蹲っている。

 咲乃は西田の顔を見て、目立った傷が無いことを確認した。


「過呼吸になってる。誰か袋持ってきて。保健委員、西田くんを保健室へ連れて行ってあげて。中川くんたちは机をきれいに並べ直しておく。澤田さんは大丈夫? 日下くん、きみ、今の状態で授業に出られる?」


 日下は加奈と目が合うと、強く舌打ちして何も言わずに自分の席へ戻った。


「何お前が仕切ってんだ? 偉そうに指図してんじゃねぇよ!」


 村上が詰めよると、咲乃は西田の机を元に戻して、村上に顔を向けた。


「この状況、学校や保護者に知られたい?」


「あ゛?」


 村上が威圧すると、咲乃は冷めた目で彼を睨んだ。


「手を出したのはきみたちだ。最も都合が悪いのは、きみたちなんじゃない?」


 村上は返す言葉に詰まると、近くの机を蹴り倒し自分の席へ戻った。


「はいはーい、みんな見世物は終了。早くしないと先生来ちゃうよ? 机もどして、ほら」


 今まで傍観していた悠真が両手を叩く。悠真が指示を出すと、みんなしぶしぶ荒れた机を直して、自分の席についた。

 咲乃は床に落ちた西田のカバンを拾うと、埃を払って机の横のフックにかける。


 担任が来るまでに教室はきれいに整えられ、そのまま何事もなく朝礼がすすめられた。西田は、体調不良を理由に午前中のうちに早退し、その日一日、今朝の出来事はまるでなかったように元通りになった。

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