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ep41 窓際の夜鷹②

「何だ何だ、誰もいないのか? 指名でもいいぞ、誰かいないか?」


 担任は呆れた顔をした。そして、ちらりと期待を込めた視線を篠原に送ると、篠原は素知らぬ顔でにこりと笑顔を返した。


「せんせーい、僕は西田さんが良いと思いまーす」


 まったく進展がないのに見かねて、担任が再度口を開こうとしたときだった。小林が手を上げて西田を指名した。


「西田さんはまじめなので、俺も西田さんが良いと思います」


 他の生徒も倣って手を上げる。すると、順々にクラスの男子たちが面白がって西田を指名し始めた。女子達の笑う声が広がる。


「西田、皆に期待されてるぞ。どうだ、学級委員やってみないか?」


「ええっと……」


 西田は人の前に立つのが苦手だ。ましてや人をまとめることなど出来ない。西田は周囲の強制的な空気に圧倒されて、嫌だとも言えなかった。


「西田、やれよ。みんなが頼んでるんだからさ」


「そうだよ西田」


「やれよ、西田」


 西田、西田と、一つひとつの指名の声が野次に変わる。そこに女子達のくすくす嘲笑する声が合わさった。

 面倒な役割を全て西田に押し付けようとしている。クラス全体の意見が、学級委員は西田がやるべきだと言っている。西田は泣きたくなって、背中を丸めて小さくなった。


「立候補します」


 澄んだ、はっきりとした声が響くと、教室中の野次がぴたりと止まった。西田は俯いていた顔を上げて、驚いて篠原を見た。誰もが驚いた顔で、手を挙げた篠原を見ている。


「西田さんがどうしても学級委員をやりたいと言うのなら、引き下がりますけど」


 篠原が西田に微笑むと、西田は当惑した顔で目を泳がせた。


「そうか。先生としては自主性を重んじたいと思っているんだが、西田も皆に期待されてるしな。どうする、西田」


 西田は生唾を呑みこむと、蚊の鳴くような声で「僕は……別に……」と答えた。


「それじゃあ、学級委員は篠原に決まりだ。あとは副委員長。これは女子にやってもらいたいんだが、誰かいないか」


 篠原が学級委員に立候補した途端、女子達の目がギラリと光った――。



 あの時、篠原がなぜ学級委員に立候補したのかはわからない。学級委員になれば内申書に書いてもらえるから、西田のことは関係がなかいのかもしれない。しかし、それでも西田は助けられた。


 篠原が何を考えているのか。あれはどういうつもりだったのか。西田は何もわからないまま、未だに篠原に聞けずにいる。









 一日の学校が終わり、咲乃はかばんを肩にかけた。これから職員室に寄ってから、成海の家に行く。

 稚奈の勉強を見るようになってからは、彼女の勉強のことも考えなければならない。稚奈曰く、「本気で受かりたい」のだそうだ。偏差値のさほど高くはない高校だから、1、2年生の勉強の基礎が分かっていれば余裕で受かる。受験勉強に関しては、今からでも余裕で取り返せるだろう。あとは、本人のやる気次第だが。


「なぁ、篠原。これから日下たちと遊ぶんだけど、篠原もどう?」


 悠真に遊びに誘われ、咲乃は困った顔をして悠真に謝った。


「ごめん、これから職員室に寄ってすぐに帰らないと。勉強もしないといけないし」


「……そっか。桜花咲だもんな。気分転換したくなったらいつでも言えよ」


「うん。ありがとう」


 咲乃が柔らかく笑うと、悠真は何かを考えるように視線を外した。再び視線を合わせ、口を開いた。


「篠原ってさ――」


「ゆーま、何やってんの? 早く帰ろーよー」


 教室の外から、女子生徒が不満気に声を掛けた。


「悪い、今行くわ」


 悠真が苦笑気味に女子生徒に応えると、咲乃に向き直った。


「やっぱ何でもない。じゃあな、篠原」


「うん、またね」


 女子生徒と共に教室を出て行く新島悠真を見送って、咲乃は職員室へ向かった。悠真のためらうような表情を思い出して、自分に何を言おうとしたんだろうと頭の隅で考えていた。

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