表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/151

ep36 新しいクラス

 短い春休みが終わり、今日から学校だ。今日は、新年度のクラス分け発表と始業式がある。彩美は、学校から届いたクラス分け表を見て、3年生の新しいクラスを確認した。


「う……うそぉ……」


 新しいクラスに、篠原咲乃の名前がない。彩美は絶望的な声をあげて、がっくりと肩を落とした。


「終わった……。終わったわ、私の学校生活……」


 毎日彼に会えることだけが楽しみで学校に来ているのに、咲乃と離れ離れになってしまうなんて……この1年間、何をモチベーションに学校に来ればいいんだろう。


「おはよう、山口さん」


 廊下の壁に手をついて項垂れていると、後ろから声がかけられた。しかし、失意のどん底にいる彩美は、相手に挨拶を返す気にもなれない。


「はぁ……」


「山口さん、大丈夫?」


 もう篠原くんと話すこともできない。クラスメイトたちと談笑する暖かい笑顔を眺めることも、窓際に座った彼のうっとりするような儚い情景に見惚れることも、授業中の彼の整った横顔を盗み見る楽しみも、近づいた時にほのかに香る、柔軟剤の優しい香りにドキドキすることもないのだ。


 あぁっ! どうして神様は、私の恋を邪魔するの!?


「山口さん、具合が悪いのなら保健室に行ったほうが――」


「しつっこいな、何の用よ!!」


 人が落ち込んでるときにさっきからなんなんだ。怒鳴りながら振り返ると、肩に触れかけていた手が素早く引っ込められた。


「ごめんね、話しかけてしまって」


「し、篠原くんっ!?」


 彩美が驚いて名前を叫ぶと、咲乃は心配そうにしていた顔を緩めてほっとしたように笑った。


「良かった、いつもの山口さんだ。元気が無かったから、体調が悪いんじゃないかと心配で」


「……そう、なの。……ごめんね、篠原くん。心配してくれたのに……」


 咲乃の優しい笑顔に耐え切れず、彩美は思わず視線を逸らした。


 もう私たちは一緒にはいられないの。クラスと言うふたりの仲を隔てる壁。クラス替えという残酷な運命に引き裂かれた二人。さながら心境はロミオとジュリエット。――ああ、篠原くん、どうしてあなたは篠原くんなの?


「ううん。山口さんが大丈夫ならよかった。違うクラスになってしまったけど、これからもよろしくね」


 優しい笑顔で彩美に笑いかけ、「またね」とふわり甘い香りを残して去って行く。咲乃の後姿を見送って、彩美は嬉しさに胸いっぱいにさせてスマホを握りしめた。


 そうよ、私たちの壁なんて、たかが教室が違うだけじゃない。会いたくなったらいつでも会いに行けばいいんだ。例えクラスが変わったって運命で結ばれているふたりの障壁にはなりえないんだから!


「なに気持ち悪い顔で突っ立ってんだよ、山口。早く教室行かねーと予鈴鳴っちまうぞ」


 再び声を掛けられて放心していた意識を取り戻すと、神谷亮が訝しげにじろじろ彩美を見ていた。

 神谷の骨折は春休み前にはもう完治していて、すっかり元気になっていた。


「何よ。この私が変な顔なんて、するわけないでしょ」


 常に誰が見ても可愛く見えるように心掛けている彩美にとって、神谷の不躾な言葉は心外だった。

 彩美がツンとすまして言うと、神谷はどうでも良さそうに、半目になってふーんと鼻を鳴らした。


「そんならさっさと行こうぜ。俺たちクラス一緒じゃん」


「はぁ……? あんたと同じクラス!?」


 改めてスマホを確認すると、3年生のクラスに神谷亮の名前があった。彩美は絶望した。よりによって神谷(こいつ)と同じクラスだなんて。


「終わったわ。私の学校生活……」


「何言ってんの?」


 彩美が白目になって、ふらふらと彷徨う亡者のような足取りで教室へ向かい始めると、神谷は「怖ッ」と慄いていた。




 咲乃が新しいクラスへ入ると、教室内がざわついた。女子達は一瞬呼吸を忘れたように息が止まり、男子たちは好奇心と警戒心を混ぜたような顔をして咲乃を観察している。


 咲乃は、黒板に貼られた名簿を確認した。教室の前方、黒板から三列目。

 名簿に指定された席に着席すると、咲乃は周囲の視線の一切に関心を示さずに読書を始めた。自ら誰かに話しかけようとは思わなかった。咲乃は本来、自分から人間関係を築こうと思うほどに社交的な性格はしていない。2年の頃は、神谷の影響があってクラスメイトの中心にいたが、もとより一人で過ごすことの方が好きだった彼にとって、新しいクラスに溶け込めるかどうかはさほど問題では無かった。必要以上に他人と関わることは煩わしく、本を読んで過ごすことの方が好きだったのだ。


 教室に担任が来るまでの時間、静かに本のページを捲る。中学生とは思えぬほどに美しく静閑な空気に、クラスメイトの誰もが魅入られていた。話しかけたいと熱望する視線もあったが、咲乃の視線は活字を追うばかりで周囲の事は気にも留めていない。


「俺の席どこだー?」


「あ、窓際の席。ラッキー!」


「お前と席近いじゃん」


「俺の席真ん中か。後ろが良かったなー」


 突然騒がしくなったと思ったら、4人の男子生徒が教室に入ってきて、黒板の名簿の前に集まった。自分の席を確認して、喜んだり落胆したりと騒いでいる。


「ゆうま! こっちこっち!」


 窓際の席に座っていた女子が、黒板の前で騒いでいた男子のひとりに声を掛けた。気付いた男子が女子に向かって手を上げる。


「おっ、加奈! 同じクラス?」


「うん! 沙織は?」


「あいつ6組だって」


 知り合いらしく、お互いに同じクラスになって喜んでいる。


 咲乃は本を読みながら、クラス分け表の中に「ゆうま」に該当する名前を頭の隅で思い出していた。

 自分の教室を確認する際に、たまたまその名前が視界に入った。知った名前だと思ったら、成海が小学生の頃の初恋相手だったと思い至る。その名前は確か、新島悠真(にいじまゆうま)だ。


 細く整った眉に茶色く大きい瞳。口角の上がった甘い口元。男子にしては甘く、ベビーフェイスで可愛げのあるきれいな顔をしている。髪は緩くパーマを当てていて、校則に触れない程度に制服を着崩していた。

 やんちゃそうな見た目は、女子からの好感度が高そうだ。一緒に騒いでいる男子の中でも、見た目は特に良い。


 咲乃は悠真の声を耳にいれて、一瞬彼の姿を確認した。あれが成海の初恋の相手かと思うと、少しだけ興味が惹かれた。


「なー、去年有名になったイケメン転校生って誰、どいつ?」


 窓際の席に着くと、悠真がきょろきょろと教室内を見回し始めた。そしてすぐに、やけに透き通った肌と、きれいな顔をした男子生徒を見つけた。咲乃を見つけた途端、悠真は顔を綻ばせた。

 咲乃は悠真が近づいてくるのを感じて本を閉じると、腰をかがめて顔を覗き込んでくる悠真へ視線を向けた。


 長い睫毛の下から覗く黒く揺らめく瞳と、悠真の好奇心に満ち溢れた大きな瞳がぶつかる。悠真は屈託なく笑って、かがめていた身体(からだ)を起こした。愛想よく、握手を求めるように手を差し伸べる。


「お前、篠原だろ? 有名人だから知ってる。俺、新島悠真、よろしくな」


 悠真が自己紹介すると、咲乃はにこりと柔らかく笑って悠真の手を握り返した。


「ん。よろしくね、新島くん」


 予鈴が鳴り、担任が教室に入った。前年度に引き続き、増田が3年2組(このクラス)の担任を務める。


「おーい、席に着けー。朝礼はじめるぞー」


 悠真たちが席に着くと、増田はひとりずつ点呼を始めた。それに混ざり、悠真たちの「あれが噂の転校生かよ」「マジでイケメンだな」「睫毛長っ」「勉強できるんだって」とひそひそ声が聞こえた。

 咲乃は彼らの声を聞き流しながら、成海の“教室復帰”への新たな懸念事項に溜息をついた。

*★*―――――*★*―――――*★*―――――


【新島 悠真】

https://bkumbrella.notion.site/3f6730afa9854e2d8b890c8097ca4aa8?pvs=4


【キャラクタープロフィール一覧】

https://bkumbrella.notion.site/8ddff610739e48bea252ab5787b73578?pvs=4


個人サイト

【Alanhart|THE MAGICAL ACTORS】

https://bkumbrella.notion.site/Alanhart-THE-MAGICAL-ACTORS-1ab9474bb8174c82b1616c0fe91a8233?pvs=4

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ