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ep35 そしていつか来る日のために②

 急いで頭を下げて、その場から逃げ出した。恥ずかしさのあまり、叫びたくなった。


 早くここから逃げ出したい。篠原くんの前から消えてしまいたい。篠原くんの視界から消えるんだ。わたしは、篠原くんとは関係のない人間なんだから。


 目の前が涙で滲んだ。


 地面が大きく揺れる。ガラガラと大きな音を立てて足元が崩れた。


 ――落ちる。




「こら、津田さん。課題の途中で居眠りしちゃダメでしょ?」


 日高先生が、困った顔でわたしを見ていた。


「ご、……ごめんなさい」


 やっべ、机によだれついた。


 急いでティッシュで机を拭く。相談室で課題をやっている途中で眠ってしまったらしい。

 さっきの夢、なんだかすごくリアルな夢だったな。


「篠原、パス!」


 どこからか篠原くんの名前を呼ぶ声がした。相談室の窓から校庭が見える。ジャージ姿の男子生徒たちがサッカーをしている。目を凝らすと、その中に篠原くんの姿があった。


 篠原くんは男子からボールを受け取ると、ガードをうまく振り切ってゴールまで走った。

 篠原くんがゴールに近づくにつれて、校庭中の歓声が高まる。篠原くんがゴールを決めると、一際大きな歓声が上がった。


 チームメイトと篠原くんが互いにハイタッチしている。試合が終わって篠原くんがコートから外れると、待機していた女子たちが一斉に駆け寄った。


 良かった、篠原くん。寂しそうじゃない。


 現実の篠原くんは、みんなに囲まれている中で、とても楽しそうにしている。そんな篠原くんを見て、わたしはホッとした。


「すごいなぁ、篠原くんって」


 ついつい、手に汗握って魅入ってしまった。


「そうねぇ。篠原くん、かっこよかったわね」


 いままで、勉強を教えてくれる時の篠原くんしか知らなかったから、学校での篠原くんを見たのは初めてだ。


 みんなに囲まれて笑っている篠原くんを眺めて思う。篠原くんはやっぱり、別世界の人なんだと。


 中学を卒業したら疎遠になって、友達ではなくなっちゃうんだろうな。でも、わたしはそれでもいい気がする。寂しい気もするけれど、そもそも篠原くんとわたしは違いすぎるし、たまたま(・・・・)わたしが引きこもってたから出会えただけで、そういうものだって納得してまえる。


 だったらせめて、篠原くんに「無駄な時間だった」なんて思わせたくないな。


 わたしは椅子に座りなおして、再び解きかけのプリントに向かった。


 いつまでも、篠原くんのお世話になっていられない。いつかは、わたしも篠原くんから卒業して、ちゃんと自分の人生を生きられるようにならなきゃいけないんだ。


 頭の中で、前に日高先生が言った言葉を思い出す。


 ”なりたい自分”。


 わたしがなりたい自分が何なのかはわからないけど、ならなきゃいけない自分ならわかっている。それは、篠原くんがいなくなっても、わたしひとりでもちゃんと生きていけるくらい、強い人になることだ。そんなの、今の自分と違いすぎて、とてもなれそうな気がしないけど、それでも。


 わたしは、強い自分にならなくちゃ。

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