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ep32 神谷は地雷の鼻が利く①

 神谷が教室のドアを開けると、クラッカーの破裂音とともに虹色のテープが神谷の頭上にかかった。


「神谷、退院おめでとう!」


 その日は、神谷が教室復帰する日だった。予定より一ヵ月も早く退院した神谷は、クラスメイト達に盛大に迎えられた。


「なんだよ、お前ら。俺がいないからって寂しかったのか?」


「寂しかったっていうか、平和すぎて飽きたって感じ?」


「そうそう、うるさい奴はひとりいないとじゃん?」


 クラスメイトたちから退院祝いにお菓子の詰め合わせをもらうと、神谷は器用に袋を指にひっかけて松葉杖をつきつつ席に着いた。神谷の右足にはまだギプスが巻かれている。しばらくは、部活はおろか運動もできない状態だ。


「やっぱ俺がいないとみんな寂しいってさ。な、篠原?」


 神谷はいつものようにふざけた口調で咲乃に言うと、咲乃は微笑んでうなづいた。


 神谷が席につくのを見計らって、彩美が何かを後ろ手に隠しつつ近づいてきた。


「おはよ、神谷くん」


「あー、はよ」


 カバンの中のものを机の上に出しつつ、お座なりに答える神谷に、彩美は可愛い顔をニコニコさせた。


「神谷くんが今日退院するって聞いたから、お祝いのお菓子を作ってきたの。よかったら食べて?」


「え、マジ? 俺に?」


 神谷は驚いて、彩美をまじまじと見つめる。彩美が何の意図もなく、咲乃以外の男子に手作りお菓子を持ってくるなど、前代未聞の出来事だ。


「何照れてんだよ」


 男子の一人が、ニヤニヤしながら神谷の背中を叩く。神谷は戸惑った様子で、背中を叩いた男子の方を振り向いた。


「照れてねーし。何かのドッキリだろ、これ」


「ドッキリなんて酷い。せっかく持ってきたのに」


 彩美は少しだけ怒ったそぶりで頬を膨らませた。


 神谷の机の上に、丁寧にラッピングされた小さな巾着袋が置かれる。ラメの入った透明の袋には、きれいに形が整ったおいしそうなクッキーが入っていた。


 男子たちがひゅーひゅーと囃し立てるのを、神谷は未だ警戒した様子で、机の上のクッキーを睨んだ。


「この黒いの何だよ。ハムスターのうんこか?」


「チョコチップに決まってんでしょバカ! なんでそんなに警戒すんのよ!」


 神谷が恐々尋ねると、彩美はますます膨れた。


 神谷は疑心暗鬼のまま、恐る恐る袋の中からクッキーを一枚とりかじってみた。


「うめぇな、普通に」


 神谷の戸惑ったような感想を聞いて、彩美はくるりと男子たちの方へ身体を向けた。


「多く作りすぎちゃって、みんなの分も持ってきちゃった」


 てへっと可愛らしく舌先を出す。己の顔面偏差値を自覚し計算された愛らしい顔は、見事周囲の男子たちの心を射抜いた。ここ一番に上がった歓声は、神谷が登校してきた時よりも大きい。


 「クソあざとくてムカつくんですけど」


 女子の方から吐き捨てるような呟き声が聞こえた気がしたが、男子たちの歓声に消され、誰も聞いていない。

 彩美は男子ひとりずつに、お菓子の袋を配った。皆、神谷と同じクッキーの入ったラメ入りの透明な袋を手渡される。

 神谷は、彩美が咲乃に渡した袋を目ざとく見つけて叫んだ。


「待て待て待て! お前の俺のよりでかくねーか!?」


「えー、そうかなぁ? みんな平等に作ってきたはずだけど?」


 彩美は、わけがわからないというような表情を浮かべた。

 しかしどう見比べても、咲乃のクッキーだけが明らかに他のクッキーよりも一回り大きく見えた。しかも味のバリエーションも違う。神谷を含むほかの男子に配られたクッキーはチョコチップのみに対し、咲乃のクッキーは抹茶やイチゴチョコチップのクッキーが入っている。

 山口彩美は、神谷亮の退院祝いを都合の理由にして、咲乃に渡すつもりでお菓子を作ってきたのだ。


「俺の退院祝いじゃねえのかよ!」


 神谷が歯噛みしながら言うと、友人がそっと神谷の肩に手を置いた。


「山口さんにお菓子をもらっただけでも、奇跡と思うべき」


 神谷が後ろを振り向くと、お菓子袋を抱えた男子たちは悟ったような遠い目をしていた。



 松葉杖をついての学校生活に慣れてきた頃、神谷はそろそろ咲乃のファンクラブに餌を投じてやらないとと考えていた。時々、教室の前を別学年の女子や別クラスの女子がちらちら教室の中を覗きながら、意味もなく通り過ぎていくのを見かけることがあったのだ。神谷が入院している間、咲乃に近づく目的で教室の前をうろついていたのだろう。


 今はクラスの女子たちによる完璧な守備(ディフェンス)のおかげで、無事にその女子達は追い返されているが、ファンクラブのフラストレーションが如実に現れている。これでは、第二次ストーカー被害が起こってもおかしくはない。


 昼食をとり終わると、食器を片付け読書を始める当の本人をじっと見つめた。


「お前、中本結子とどうなったの?」


「お前にオブラートという言葉は無いの?」


 咲乃は、目の前で牛乳パックのストローをくわえて純粋な瞳で見つめる神谷を睨んだ。こいつに悪気はないのかと問いたいが、神谷には悪気しかないのだから、こんなことを問うても何の意味もないことは分かっていた。


 神谷が中本について聞いたのは、もちろん意図がある。咲乃の女子関係は誰でも気になるところだ。ファンたちだって気になるネタだろう。


「だって、気になんじゃん。色々あったわけだし?」


 嫌がらせの手紙の件は、咲乃に「片付いた」とだけ伝えられ、いくら神谷が真相を問い詰めても、咲乃が話すことはなかった。

 神谷はのけものにされたことに不満を感じていたし、根に持ってもいた。


「別に何でもないよ。もう、中本さんと話してないし。もともと親しいわけでもなかったしね」


 咲乃はそっけなく言うと、すぐに興味をなくしたように本へ視線を戻した。

 中本結子の方には見向きもしない。咲乃の意識の中では、中本結子とのことは無かった(・・・・)ことになっているのだ。


 神谷は中本結子を盗み見た。結子は友達同士で楽し気に話している。

 以前のように、咲乃に関心があるそぶりはない。同じクラスにいて、お互い意識しないように振る舞うのは難しいだろうに。


「……まー、互いにそれで納得してんならいいけど」


 呆れ半分で小さく呟いたが、咲乃は活字を追ったまま反応しなかった。


 咲乃が無かったことにできたとしても、中本結子の方はどうなのだろうか。完全に今までの感情が無かったことにできるほど、器用な性格はしていないだろう。


 神谷は牛乳のパックをつぶしながら、中本結子の件は使えないと諦めた。中本結子に嫉妬(ヘイト)を向けさせるのも可哀想だ。

 教室の中を見回して、ほかに話題になりそうな女子はいないか探した。


 今のところ、学校で一番仲がよさそうに見える女子は山口彩美くらいか。彼女なら精神的にも強いので、多少ファンクラブからのヘイトが集まっても、むしろ勝ち誇った気持ちになるくらいだ。ダメージは1ミリも受けない。

 しかし、山口彩美が咲乃にアタックし続けて敗戦一方なのは誰もが知る事実なので、咲乃への気をそらすための効果は薄いように思えた。


 咲乃は疑惑を避けるのが上手い。女子には全員に優しいし、それでいて平等だ。多少良く話す程度の女子がいても、気があるようには一切見せない。プレゼントも受け取らないし、受け取るに値する正当な理由がある場合のみにしか受け取らない。誰かを特別扱いするようなことは絶対にない。徹底的に誤解や噂になりそうなことは避ける。咲乃の女子回避能力を舐めてはいけない。


「そこまでして、清廉潔白でいたいかね」


「今度は何の言いがかり?」

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