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ep29 篠原君とはじめてお出かけする話②

 一通り館内をぐるりと回ると、出入口に戻る。一周1時間程度の小規模な水族館だが、それを1時間半くらいかけてじっくり見て回った。

 出入口付近にはお土産屋さんがあった。入口に、大きなペンギンのぬいぐるみが「いらっしゃいませ」と書かれた旗を持って立っている。この水族館にペンギンなんて居なかったのに。


「篠原くん、お土産見ますよね?」


「何か買うの?」


 えっ、篠原くん、お土産屋さんに寄らないの? そんな、信じられない。お土産屋さんも観てこその水族館だろ。水族館に来たらお土産屋も見たくなるだろ。お土産を買わずして、水族館に行ったと言えるだろうか。答えは否だ。


「篠原くんも、おじさんにお土産買ってあげればいいじゃないですか。多分、喜ぶと思いますよ?」


「お土産を買うと荷物になるし、邪魔にならない?」


 お土産を買うことを無駄だと思っているだと!? お土産は選ぶ時も貰った時も楽しいものなのに、もったいないな。


「思い出の品くらいはいいじゃないですか。ほら、にじいろまんじゅうだって。こっちはエンゼルフィッシュせんべい。クラゲグミもありますよ」


「俺には津田さんが食べたいだけに見えるけど?」


 確かに、お土産を選ぶときって自分が食べたいもの選んじゃうな。あ、このイルカチョコレート、自分用に買おう。



 水族館を出た後は、噴水広場のベンチに座って一休みすることにした。さっそく、買ったばかりのイルカチョコレートの箱を開く。


「津田さん、それ今食べるの?」


「食べますよ、もちろん」


 甘いものを食べようとするたびに、にっこり顔で圧かけてくるのやめてほしい。


「篠原くんも、よければどうぞ」


「俺はいいよ」


 そうですか。


 噴水広場には、家族連れが多く来ていた。やんちゃなこどもたちが、噴水の周りを走り回っている。すごく平和な光景だ。

水の流れる音を聞きながら、穏やかに流れる時間が心地よくて、わたしはぼーと噴水広場を眺めていた。


「津田さん、別室登校って聞いたことある?」


 突然、そう切り出されて、わたしは身を固くした。学校の話をされると、胃が縮むみたいな感じがして居心地が悪くなる。


「……ない、ですね」


 わたしは息がつまるような思いをしながら、何とか首を横に振った。


「増田先生と話していたんだ。スクールカウンセラーの先生が、週に2回いらっしゃるから、その時だけでも相談室に来られないだろうかって」


「……」


「1回でもいいから、俺と一緒に行ってみない?」


「……」


 顔を窺うような、気づかわし気な篠原くんの視線が伝わってくる。自分が今どんな顔をしているのか、わたしには分からなかった。出来ればあまり見てほしくないな。だって、きっと今、酷い顔をしているだろうから。


「……篠原くんは……」


 言葉が、喉のあたりで突っかかる。声が震えた。


「……復学、してほしいんですか……?」


「津田さんが嫌なら、俺は急がなくてもいいと思ってる」


 篠原くんは、穏やかな優しい声で言った。いつもなら安心できたその声に、まさか心を抉られることがあろうとは、思ってもみなかった。


「津田さんには、津田さんのタイミングがあるし――」


「わかりました」


 篠原くんの言葉を遮って、わたしは目も合わせないまま頷いた。


「本当に……? でも、津田さん……」


 篠原くんの声には、心配と動揺が入り混じったような響きがあった。わたしの感情を察して、探るように尋ねる。わたしは、冷ややかに応えた。


「行きますよ。どうせ、もう決まってるんですよね?」


「……津田さん、イヤなら別に――」


「わたしは、行くって言いました。もう決まったことならいいじゃないですか!」


 今更、わたしの顔色を窺う篠原くんに腹が立った。だって、はじめからわたしに決定権なんて与えられてない。


「篠原くんだって、復学してほしいんですよね? また、勝手に先生と話し合って、学校に行かせようって決めてたんですよね?」


 テストの時もそう。わたしに相談したときには、もうなにもかもが決まっていた。そこに、わたしの気持ちが入る余地なんてなかった。既に決まったことに対して、追い詰められる形でお願いされるだけ。


 わたしは篠原くんに嫌われたくないから、友達でいたいから、結局断れない。でも、こんなのってずるい。


「ごめんね、津田さん。そんなつもりじゃなかったんだ。津田さんが嫌だったら、無理に行かなくていいから」


 いくら篠原くんが謝っても、わたしは許すことができなかった。お腹の中にいろんな感情が這い回っていて、苦しくて気持ち悪くて吐き気がする。


「篠原くんは……わかんないんですよ」


 自分に決定権がない人間の気持ちなんか。


 存在するだけでも嫌われて、自分の意思決定も無碍にされて、カーストの最底辺で、存在しない(いない)みたいに生きるしかなかった人間の気持ちなんて。


「いじめられた側の気持なんか……。篠原くんに、分かるはずもないじゃないですか」

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